第38話 Hide and Seek


「くっ…そ…ぉ」


 下半身を失った槍使い、ムラクモが悔しげに漏らす。

 コウキの『絶剣アブソリュート』を片腕で凌いだムラクモだったが、残った黒槍のみではコウキ達から逃げることは敵わなかった。



「…はぁ…はぁ…はぁっ」


 対するコウキも、武技の連発により魔力を消耗していた。

 ムラクモに勝てる事を確信したコウキは早く仕留めようと焦り、大技を連発してしまった。


 結局ムラクモの下半身を奪い、既に彼の命は風前の灯火となっているが、コウキの方もその際に盾を持つ左腕を奪われていた。


「……はぁ…ふぅ。これで、おわりだ、槍使い」

「……むら、くも」



「それがお前の名前か。……来世は俺の敵にならない事を願うぜ、ムラクモ」

「……へっ」


 ムラクモは少し口角を上げた。そこに、嫌味な感情は見られない。

 ただ純粋にコウキの武を称賛する気持ちだけが感じられた。



「……かっ…は」



 胸元に向かって剣の刃を突き下ろす。

 苦しげに剣の刃を握るムラクモだったが、やがてその手から力が失われ、瞳から光が消えた。


「後味悪ぃな、まったく」



 敵として立っている間は憎い気持ちと嫌悪しか抱いていなかったのに、終わってみれば、彼の強さ、積み上げた技に対する尊敬と、人を殺した罪悪感だけしか残っていない。


「ロクなもんじゃないな。戦争なんて」


 そう思えるのは大事な者がまだ残っているからだろう。

 コウキの仲間である銀の騎士も、彼の後ろにいる聖女もまだ、生き残っているからこそそう思えるのだろう。もしも彼が守りたいと思っている者が一人残らず帝国軍に殺されたならば、きっと彼は復讐に取り憑かれていたに違いない。


 だからこそ、これで戦争は終わらせなければならない。

 もう奪いたくも、奪われたくも無い。



 講和の時には自身も出席して過度な搾取をやめるように働きかけよう。

 そうすれば、きっと憎しみは小さくなる筈だろう。


 コウキはそんな事を考えていた。


 だが、彼は今すぐこの戦争をやめようと提案する気は無かった。

 それは彼が大事な者を奪われたく無いからだ。


 誰しも大事な者も物も奪われたく無く、だからこそ戦争が起きるのだという事には終ぞ思い至らなかった。



「コウキ様!」

「ああ、すまん……ウルル。腕を取られた」


「無茶をしないでも勝てると、私は言いましたのに……」

「……すまん」


 はあ、と聖女が溜息を吐いてから集中する。

 彼女自身の魔力によって神へと繋がりを作ると、そこから受け取ったエネルギーを加工して、放出する。


「……『神癒ディバインキュア』」



 第五天の治癒白魔術だ。ここまでの位階になると欠損を治す事が可能となる。


 因みに第六天には、『蘇生リバイバル』と呼ばれる復活の白魔術が存在するが、死んでから時間の経っていない死体はこれで息を吹き返す。しかし、死んでから『蘇生リバイバル』を受け付ける時間が数分しか無い事や、欠損の大きい死体、例えば脳を損傷したものなどは治癒できないといった条件がある。

 そのために聖国において無条件の蘇生の力を持つ人間は存在しない。


 白魔術によってコウキの腕が生えていた部分を光が包み込み、ふよふよと柔らかく形を変える。コウキは傷口にくすぐったい心地がしたが、動かないように我慢する。

 聖女がそのまま集中を続けると、光が段々と細長く変形し、肘らしき曲線ができ、コウキの見覚えのある形に近づいて行く。

 そして変形が終わり、光が消えると、そこには傷一つ無い彼の腕が残されていた。


 もちろん吹き飛んだ腕の部分の鎧は戻っておらず、肌が外気に晒される。感覚の戻った腕をコウキは不思議そうな顔をしながら握ったり閉じたりしている。


「腕が無くなるのは久しぶりだな」

「コウキ様は腕くらいなら大丈夫、なんて思っていませんか?」

「……」


 聖女は笑顔のまま、平坦な声色で尋ねる。

 図星を突かれたコウキは、無言を貫くしか無かった。

 実際彼が守護騎士となってからは実力を付けるまで、何度も腕も足も無くなっていたのでそこら辺に関しては危機意識が薄くなっていた。


「ところで…ユニークスキルの方は」

「あぁ……全部残ってる。『堅牢』は使ったが、もう戻ってるし、『疾走』も『貫徹』も『再顕』も使える」



 彼のユニークスキルは全部で四つあった。

 ムラクモが引き出したと思っていた奥の手はその半分に過ぎなかったのだ。そして、彼はムラクモとの戦いにおいてユニークスキルをほぼ使わずに終えた。

 それは、彼がムラクモを舐めていた訳では無く、彼のユニークスキルが無制限に使える訳では無いからだ。


 そのため彼は最も条件の軽い『堅牢たる自守』だけを普段の戦闘では使うようにしていた。他のスキルに関しては今回の戦闘の間は最大で一度しか使えないと考えて良いだろう。



「良かったです。それでは戻りましょう」

「……良いのか?俺たちが居なくなったら、聖国軍は不利になると思うが…」



「今じゃないと、手を付けられなくなりますから。それに、こちらには代わりに銀の騎士を全て置きます」

「ユニークスキルを温存させた事と言い……それだけの相手、という事か……」


 深刻そうに呟いたコウキを、聖女は笑顔のまま見つめていた。

 そして彼女は意味ありげにクスリと笑った。


「では、戻りましょうか……街に」




 ◆




 帝国軍の特攻部隊を相手に俺たちは手を焼いていた。


「帝国!!万歳!!」「帝国!!万歳!!」「帝国!!万歳!!」「帝国!!万歳!!」「帝国!!万歳!!」「帝国!!万歳!!」「帝国!!万歳!!」「帝国!!万歳!!」


 焼けているのは向こうだが、こちらも少なくない犠牲を払わされている。

 元々聖国軍の本陣を狙っていただろうに、聖国とも帝国とも関係ない第三者を相手に命を削るのが酷く哀れだった。


 フィーネは既に足への攻撃から首への攻撃へとシフトしている。

 俺も一撃で仕留めることで自爆する隙を残さないように気を付けながら帝国兵達を相手にする。


 時折爆発によって飛んできた鉄片が頬を掠めて出血するが、怪我はその程度だ。それよりも、傀儡の消耗が激しいのが問題だった。


 先に魔術を撃っておくべきだったか…。

 乱戦となった今の状況では下手に魔術を撃つ方が傀儡を消耗する。


 ……あ。

 向こうが自爆を望むなら、望み通り自爆させてやれば良い。


「『憤怒ラース』」

「が、アアアアアアアア!!!!」


「よし行け」


「おい、やめ、へぶっ…ごは…ガッ…ばかっ…やめ、ブッ…」


 俺は帝国兵の一人にラースを掛けるとそいつを別の帝国兵に向かって投げる。

 暴力に取り憑かれた帝国兵は味方を抑えつけて上から何度も壊れた玩具のように殴りつける。


 俺は次々と『憤怒ラース』を掛けては帝国兵に投げつける。


 そして、彼らは仲間を殺した後、帝国兵に向かった場合はそのままにして、傀儡に向かってきた場合は『憤怒ラース』を解除する。そうすると、解除した瞬間彼らは罪悪感で硬直するのでその隙を傀儡達が刺す。


 こうする事で相手の兵士を使って相手の兵士を削る効率的な殲滅ができる。





 数分でこちらは50人中半分、帝国兵は100人近くいた中でもう10人程まで減り、数の上でも逆転してしまった。


 屈強な帝国兵達は、こちらが抗うことの出来ない呪術を使う事に気付き顔が青くなっている。

 それでも仲間の死を無駄にしない為か、気丈に声を上げながら傀儡たちに対して刀を振るっている。

 まあ、帝国兵の殆どがその仲間によって殺された者なのは言うまでもない。



 そうして終わりが見えて来た頃、笛のように甲高い音が広場に響く。何かがこっちに飛んで来ている。


「『伏せろ』!!!『土壁アースウォール』」


 傀儡たちに命令すると同時に、防護のための魔術を自分と傀儡達を対象に発動する。


 俺たちの近くの建物に砲弾が当たり崩れ落ちる。傀儡たちは俺の魔術によって助かるが帝国兵は瓦礫に飲まれて行方が分からなくなる。


 それからも砲弾が連続で飛んで来る。

 流石に砲弾の直撃は『土壁アースウォール』一枚ではどうにもならず、その後ろにいる傀儡たちもろとも破壊される。


「ちっ、『土壁アースウォール』」


 更に壁を一枚増やす。

 これで耐えられるかと思いながら辺りを見回した所で彼らの目的に気付いた。


 辺りが更地となり、俺とフィーネ以外に立つ者は居ない。

 隠れる場所が無い。いざとなったら建物の影に隠れて逃げることも考えていたのに。


 ここは一度撤退するしか無い。





「逃げ——」

「逃がさない」



 俺が撤退を口に出そうとした時、その存在が降り立った。


 ——輝く金の鎧。

 ——俺の背丈よりも大きな盾。

 ——業物の剣。

 ——身に纏う魔力。

 その全てが、己は強き者だと主張する。



「お前が、俺の……俺達の、敵だな」


 守護騎士が俺を見つけた。







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みぃつけタ

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