第37話 後援部隊


その頃、聖国軍の後援部隊がヨビウの街へと向かっていた。

彼らを率いるのは『不動の騎士』ハークレス・ウォールだった。


彼は聖女からの救援要請を受けた後、直ぐさま部隊を編成して残った物資を持たせてから砦を出た。



「しかし、大隊長……よろしいのですか?あの場に貴方が居ないことが分かれば王国から兵が攻めてくるかもしれませんよ。それに、今あの砦で権限を持っているのはルョンネル中隊長ですよ、大丈夫でしょうか?」


「王国に関しては、上の方から心配無いとお達しが来ている。まあ、十中八九、聖女様が出ているだろうな」

「聖女様が!?」

「あぁ」


頷きながらハークレスは何かを握り潰した。



「それに砦の方には信頼できる人間を臨時に指揮として置いている。少なくともフェイタル家は口出しできんだろうな」

「もしかして…奥方様ですか?」


「まぁ、そうだな」


ハークレスは何でも無いように返す。

彼自身は平民の出だが、彼の妻は高位の貴族の出身だ。

ハークレスは力でルョンネルを脅すことで彼を御していたが、彼女ならその立場を利用することで、ルョンネルを黙らせることができるだろう。

そして、ついでに彼は地を這う虫を踏みつぶした。


「それにしても、此度の補給路の封鎖、やはりキナ臭いですね……」

「どうして、そう思う?」


今度はハークレスが問いかける。彼としてもこのタイミングで補給路が断たれることに違和感があったがそれを言語化できないでいたので、部下がそれをどう思っているかは気になっていた。


「まず、スタンピードの起きたタイミングです。あまりにも帝国側にとって都合が良すぎる」

「ああ、それはオレも思ってはいた」


「そして、補給路が断たれた、という事です」

「ふ…ん?」


ハークレスは首を傾げる。

同時に彼の前を飛んだ虫を握り潰す。


「確かに、スタンピードはかなり厄介では有ります。さらにそれを構成するのがローチという小型の魔物であるので隠れてやり過ごすというのはほぼ不可能です。しかし、補給部隊が一人残らず死亡、というのは少し不自然です」


補給部隊は『空間収納ストレージ』の容量を確保するために高レベルの者達で構成されることが多い。冒険者で言えば最低限C級の実力が要求される。しかも能力を速く長く走ることに割り切った彼らが逃げ切れない、というにはローチでは不足だと思っていた。


「しかし、上位種の割合が増えればあり得ないことでは無いだろう」


ハークレスは自身が強力であり、その為に他の者と危険に対する感覚の齟齬が生じる事を自覚している。

少なくともスタンピードでも、彼であれば魔物がいようといまいと直線で突っ切る事ができる。

部下とのズレはこれが原因かもしれない、と思ったが今回は違った。


「いえ、ローチの上位種は総じて速度を捨て、クイーンの守護と攻撃に能力を割いているのです。単純な移動速度に関してはローチが最も早いんです」

「…なるほどなあ」



「それと、私が怪しいと思う最後の理由が…」

「……まだあんのか」



「…最後の理由は、このタイミングでローチの群れが移動した事、です」

「?いつ移動したんだ」



ハークレスはとっくにローチの群れを潜り抜けたと思っていた。

彼らが砦を出た頃にはもっと多くのローチの大群がいたからだ。


また、虫を握り潰す。


「……先ほどから大隊長が潰しているのはローチですよね?」

「ああ、そうだが?」


そうだが?では無いだろう、と部下は少し呆れた。


「普通はこんなにローチは居ないものなんですよ」

「……帝国ではこれが普通だと思っていた」


「…少なくとも私が知る限りでは、違います」

「……そうか、また間違えたようだな。すまん」


「…いえ」


ハークレスが素直に頭を下げるのを見て、彼の心中は少し荒れる。

ルョンネルのように部下を使い潰していいとは言わないが、もっと上司らしくして欲しいと彼は思った。


「……ここからは私見ですが、おそらく帝国に蟲を扱うことのできる者が潜んでいるのだと思います」

「ユニークスキルとか、巫術とかか……あり得ない話では無いな。それで?」


「私は巫術だと思っています。……その『蟲使い』達がまず帝国内部の聖国軍と帝国軍を分断し、補給線を断つ。そして、蟲と帝国軍による包囲を作り、聖国軍を討つ。……そういう策だと思っています」

「……ローチの群れの中心はすでにヨビウにあるという事、か」


「はい、なのでこれから益々ローチは増えるでしょう」


プチ。ハークレスはうんざりしながら、またローチを踏み潰した。





「大隊長、そろそろ街道に……!?」


部下がハークレスを振り返った瞬間、彼のすぐ後ろに女が立っていた。


「誰だ、貴様…ぐわっ」

「馬鹿っ、お前やめろ」


彼が剣を女に向けようとした途端にハークレスに頭を押さえつけて下げさせられる。ハークレスの焦ったような態度に彼の中を疑問が埋め尽くす。


「申し訳ありません!!この無礼の責任はオ…私にありま…」

うぬ、聖教会の者か?」



「は、はいっ。正確には聖教会から授権を受けた聖国の騎士を拝命しております」

「国の名はどうでも良い。覚えても直ぐ変わるからの」



頭を下げたままの部下の男はハークレスの謙った態度に目を見開く。

彼は上司の前でさえ態度を改める事をしなかった。

こんな態度を取った事など教皇の前に立った時以来だった。この女はそれ程の人物という事だろうか、と訝しむ。


随分と古めかしい口調だが、見た目は若い女にしか見えない。その赤い髪も顔立ちも随分と綺麗だが、こちらを虫のように見下すその態度からはとても上に立つ者としての風格は感じられない。


教皇の情婦だろうか、などと失礼な事を彼は考える。



「……彼方あちらには何かいるのか?」


何かにピクリと反応した女が、進行方向に対して斜めの方を顎で指す。


「オレ…いや自分は知りませんが…」


ハークレスはただ戸惑ったように返す。どうでもいいが一人称が先ほどと変わっていた。


「そうか……『Sagitta』」


「「「!?」」」


突然、女が杖の先に魔力を込めると、美しいほどに無駄がない動作で槍のように杖を持ち変える。


そして、気付けば彼女の眼前の森は消え、彼女は突きを終えていた。


遅れて風が届くが、もたらされた破壊に比べて周囲への影響が小さいこともまた、彼の恐怖を煽ってくる。


彼女は振り返ると、その行動の理由も意図も説明すること無く一方的に別れを告げた。


「妾は征く」


残した言葉はそれだけ。

瞬きをした瞬間に彼女の姿は消えていた。





「大隊長…」

「オレは、何も知らない」


だから何も話したくは無い。そう言いたげな態度だった。

部下の男は追求するのは諦めるかと思ったが、ハークレスが再び口を開く。


「実際に知らないんだがな」

「…はあ、そうですか」


「ただ、まあ見れば分かる」

「何が、ですか?」


「オレが何人いても敵わないって事だ」

「っ!、そんなに、ですか」


「もしかすると、聖教会の噂も本当かもしれないな」

「?」


「聖教会には聖女様がいるが……実はその数は決まってる」

「ああ、聖女様が亡くなると代わりが現れるっていう話ですね。今代の『希望』の聖女様は七十年前でしたっけ?」


「聖女になると不老になる」

「……彼女が最も長生きした聖女様、という事ですか?でも『隔絶』の聖女様よりも前に聖女様が代替わりしたなんて話は……まさか!?」


「そういう噂があるっていうだけの話だ。実際は聖女様の情報は全てを明かしていない。俺たちが知らない間に何人も聖女が入れ替わっているだろうな」

「なんですか、驚かさないでくださいよ」


ハークレスは肩を竦めて話を打ち切った。



だが彼は上層部の人間から聞いたことがある。

聖女達が代替わりし、彼女達の呼び名の前に百何十代目や二百何代目などと付く中で……たった一人だけ『初代』を冠する聖女がいる事を。


それが彼の聞いた、初代『葬魔』の聖女の噂の内容だった。

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