第36話 ヨビウ中央広場
「ん〜〜…」
俺は掌の上の指輪を弄びながら唸る。
これはスノウの死体から剥ぎ取った指輪だ。
スノウはこれに魔術を保存して、自分で発動したり、仲間に渡して発動させたりしていた。
上手く使えればかなり便利なアーティファクトだと思っていたが、そもそもアーティファクトですら無い可能性が出てきた。
今持っている指輪は大きめのトパーズが中央に嵌った派手なデザインの物なのだが、まずその派手な見た目がアーティファクトっぽく無い。
もちろん理由はそれだけでは無い。
スノウは指輪だけでなく、ブレスレットやネックレスなどからも魔術を発動していた。
つまり同じ効果を持つアーティファクトを20個以上持っていた事になる。
それにもかかわらず俺が存在さえ知らないというのは不自然だった。
何より、このデザインに見覚えがある。
つまりこれはアーティファクトでも何でもなく、店で購入した普通のアクセサリーなのだ。
そうなると理由は一つしか思いつかない。
「ユニークスキルか」
特別なスキルによって、何の変哲も無い宝石を魔術の保存ケースへと変えている、という推測だ。
術の保存と考えると巫術における符と似ている。
——『
思考に没頭しながら指輪の一つに触れると、頭に魔術の名前が浮かぶ。
なるほど、こうやって込められた魔術を教えてくれるのか。
魔術の有無の判断方法が分かったところで改めて鹵獲品を精査すると、いくつかの指輪とブレスレットが未使用のまま残っていた。
その内訳は『
『
とは言え魔力の消費なしに魔術が使えるのは嬉しいので、使える分のいくつかを左手に嵌めておく。
◆
「……分かった。一つだけなら、いい」
ボロボロになった服を着替え、サーベルの鞘を挿すベルトを付け替えていたフィーネがうんざりした顔で折れた。
フィーネは剣筋が鈍るので装飾品を身につける事を嫌がったが、しつこい説得によって利き腕で無い左の手に一つだけ指輪を嵌めることを了承した。
勿論嵌めてもらうのは、魔術の籠った指輪だ。
俺は指輪を投げ渡した。彼女はそれを日の光に透かして目を細める。
台座に嵌った石は、一見するとエメラルドの様だが、光の具合によっては赤っぽく見えたりもした。
「……これは、何?」
直ぐに顔を顰めるフィーネ。
恐らく指輪に込められた魔術の情報が流れ込んで来たのだろう。
「スノウ……フィーネが殺した人間の仲間が持っていた物だ。魔術の名前を口に出せば指輪が勝手に魔術を発動してくれる。アーティファクトみたいな物と思っておけばいい」
「そう…」
彼女は何となく理解したようで、指に指輪を抜き差ししながら収まりのいい指を探す。
……その指はちょっと…まあ、いいか。
「……ふぅん」
左手を閉じたら開いたりして確認すると、再び瓦礫に戻り何かを探しだした。
「さっきから何を探してるんだ?」
「ん、さっきの…剣士の剣。あれ見て」
彼女の指差す先には切り開かれた森。
まるで緑色の雪が積もる中を除雪車が走り抜けていったかのように地面ごと綺麗にくり抜かれている。
「あれが一撃でできるアーティファクト」
「…俺も探す」
フィーネが進化した事で可能となった遠距離同時斬撃によりレインはみじん切りになってしまい、彼の持っていた剣がどこに落ちたか分からなくなっていた。
しばらく探して門の瓦礫の中から、それらしき物を見つけた。
しかし、使う事ができなかった。
フィーネがレインからアーティファクトについて聞いた話から推測すると、俺達が使用条件を満たして無いのだと思われる。
レインの剣、
この世界で人類に敵対する存在と言えば魔物だろう。
魔物に対して作られた剣が魔物に使われたら本末転倒だろう。
そういった予定外の存在が剣を手に入れても使えないようにするセーフティが働いたのだと思われる。
俺は使用条件があるアーティファクトの存在を知っているので、驚きは少なかった。
例えば女性しか身に付けられない防具だとか、光が出ているところでしか使えないランタンなど不可思議な条件から本末転倒な条件まで存在する。
この時点で
◆
俺とフィーネは門を超えて街の中へと踏み入った。目標はもちろん中心部だ。
聖国の戦力を削ぎながら、聖国の兵を呑んで俺の力とする。
そして力を貯めてから帝国と聖国の衝突する戦場へ介入する。
もちろん俺は集中的に聖国を攻撃する、特殊な力を持つ聖女の存在は今後障害となる。それに俺は既に見つかっている。
知られているというのはそれだけで脅威だ。一方的に攻撃を仕掛けるアドバンテージを失うことは貧弱なゴブリンにとっては致命的ですらある。
ちなみに今の俺達は身元証明のために残りの傀儡を引き連れている。傀儡は冒険者や聖国の兵士などの混合した50人ほどの集団だ。
もちろん聖国兵の警戒を解かせた後に襲い掛かる予定だ。
後ろの彼らの目は少し虚ろに見えるがきっと戦争で参ってしまっているのだろう。そういう時もある。
街の景色の中に、時折焚き火の跡が目に付くようになる。殆どの建物が崩れて使えるようには見えなかったので、中から燃料だけを持ってきて暖を取り夜営をしたのだろうと思われる。
テントらしきものが広げられた形跡も見つかった。
大通りを向かっていくと、金属同士が激しく衝突する音が耳に入る。
フィーネを見ると怪訝な表情を浮かべていた。
俺が目で問いかけると、彼女は気にするなとばかりに首を振ってから頷いた。ここを曲がれば人間がいるのは確かのようだ。
曲がり角をでた瞬間、そこに居た人間と視線が合う。
黒髪黒目、そして軍服を身に纏う男達が大勢そこには居た。
「居たぞ!!聖国の冒険者だ!!」
広場からこちらを指差すのは、帝国の兵士。
彼らはそこに据えられている巨大な大砲を破壊していた。
「馬鹿どもが」
砲身が地面に固定されとても使い物にならない、張りぼての大砲の破壊に必死になっている彼らを前に吐き捨てる。
俺たちもこいつらも、この
帝国兵たちは刀や槍を手に向かってくる。
そこで初めて気づいたが彼らは皆、腕の所に赤色のバンダナを巻いていた。敵地に踏みこんでくるぐらいだからエリート部隊などの証なのだろう。きっと周囲に見せびらかして、悦に入ったことだろう。
…だが、そんな彼らの人生もここで終わりだ。
「殺せ」
「「「「「うおおおおおおおおお!!」」」」」
俺を上官だと勘違いさせられている傀儡達は俺の言葉に勇んで走り出す。
そして武器を片手に帝国兵たちと衝突する。
この場はもう敵と味方の見分けがつかない乱戦の様相を呈していた。
俺は戦場を外から回り込んで、背後に固まった狙撃兵に飛びかかる。
「『一矢』っ!」
銃口を掌で押さえて銃弾を受け止めた後に、軽く力を込めて銃身を折り曲げる。
「っひ」
義腕から伸ばした短剣で喉を裂くと、彼らはパクパクと何かを叫ぶように口を動かしてから倒れる。
だが、この世界の人間はしぶといのでこの状態でも数分くらいは保つ。
止めに首の骨を踏み砕いてから次へ向かう。
一方のフィーネは乱戦の中を飛び回りながら、的確に脚の筋肉を切っている。普通に殺すよりもそっちの方が難しそうに見えるのだが何らかの意図があるのか…いや、俺が呑むために殺さずに残しているのか。
俺は彼女が足を奪った帝国兵達から優先に仕留めることにした。
彼らは膝立ちにになりながら武器を振り回していたが、その動きには技も力もなくただ生にしがみ付く執念だけしか残って居なかった。
止めを刺そうとしたところで、男の目が据わる。
「帝国、万歳!!!!」
彼の腹部が光る。
「「「———!!!」」」
爆発音と悲鳴が同時に響く。
間近にいた冒険者達は即死のようだった。
かなり広範囲の爆発。それに使われた符は数枚どころでは無い。
おそらくそのつもりで用意され、彼らのそのつもりで懐に入れてこの場にやって来た。
怒りに口元が勝手に歪む。
俺たちは未だ、聖女の掌の上にいる。
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二虎競食の計、最近知りました!
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