第34話 西門Ⅳ『雌伏と雄飛』
「フッ!」
「…」
レインとフィーネ、二人の剣が擦れて火花を起こす。
フィーネはレインの持つ白色の剣『
彼の剣と打ち合えば彼女の持つ業物のサーベルであっても欠けるなんてことは、フィーネならば彼の剣を見れば分かるし、聴けば分かる。
レインは堅実的で体格を生かした高圧的な戦い方だ。
その有り様は鍛えられた一本の剣のように真っ直ぐだ。
対するフィーネは自身の軽さを生かした、柔らかい動きで対応する。
切先が予測不可能な曲線を描きながら、防御をすり抜けようとする様は水のように自由自在だ。
滑らかな動きから、時折鞭のように苛烈な一撃が飛び出す。
レインには彼女が立ち位置、振り方、姿勢、それら全てにおいて最適解を選び取っているように見えた。
達人にとって攻撃と防御は表裏一体であると、レインは聞いたことがある。
彼の目の前には立つ事で攻撃し、剣を振る事でこちらの攻撃を封じるフィーネの姿があった。
複数の斬撃を放つという意味不明な技も、彼女にとっては確かな術理の上に成り立っているのだろう。
きっとレインの見えない位階までフィーネの剣技は至っている。
二人が剣を構える。
奇しくも剣を天に向けるレインと、地を這うように下へ構えるフィーネと正反対の構図が出来上がる。
「この剣、
フィーネはレインの攻撃に注意を向けながら、彼の言葉を聞き流す。
「この剣は強大な敵に一矢報いるために、古代の人間が作り出したアーティファクトだと、前の持ち主は言っていた」
「…」
「その性質は斬った物の魔力を貯める事、それだけなんだ。硬さも鋭さも副産物に過ぎない」
「…」
フィーネは剣を低く構える。
「貯める事ができるなら、引き出す事だってできる。当たり前の話だ」
レインは
カチリ、と中で何かが繋がる。
剣に刻まれた術式を莫大な魔力が巡り、低く唸るような音が響く。
剣の発する唸るような音は段々と高くなって行き、最後には耳鳴りのような脳に響く音になる。
フィーネは音の正体が分かったと同時に、横に向かって地面を蹴る。
剣の先端から何かが渦巻く。
「征け、『
レインの眼前の空間が、掻き混ぜられるように歪んだ。
その光景をゴトーが見たならば、『ミキサーの中に入ったみたいだ』と感想を浮かべるだろう。
天と地が目まぐるしく入れ替わり、透明な鎌鼬が空間の中を滅茶苦茶に引き裂く。レインの眼前にある森が二つに分かたれる。
その先にいるローチの女王は冷や汗をかいた事だろう。自身の横をとおる竜巻のような何かに巻き混まれたならば体の半分が残るかさえ怪しいのだから。
べちゃり、と竜巻の通り過ぎた跡の上に何かが落ちる。
『それ』はよく見れば人の形をしている。
『それ』は金色の髪が生えている。
『それ』は、まだ生きている。
「……まさか、アレを喰らってまだ生きているとは」
レインの中を純粋な驚きが満たす。
アレの中を生き残るためには、空間の刃の全てを見切らなければならない。万を超す刃の全てを、だ。
フィーネはおそらく空間が攪拌された余波を受けたのだろう。
それだけでもボロボロになる、というのが
フィーネは右手をサーベルへと伸ばすが、10メートル以上離れたそれには届く筈も無い。
フィーネの目前にレインが立つ。
彼女を見逃せば、犠牲は計り知れないだろう。
道具の力に頼り、純粋な剣士として戦うことが出来なかったのは少し残念だが、そうでなければ負ける可能性の方が高かった。
「これは、戦争だ。悪く思わないでくれ」
「——悲劇の英雄でも気取ってるつもりか?」
「ゴトー、か」
レインは声を掛けた者の正体を振り返らずに言い当てる。
それは、門の瓦礫の上に立っていた。
灰髪の無愛想な、隻腕の少年。
『赤腕』のゴトー。
レインは彼に聞かねばならない事があった。
「なんで、聖国を裏切ったんだ。……いや、違う。なんで人間を裏切った?何が目的だ」
ゴトー達の動きは聖国に対しても、帝国に対しても敵対的だ。聖国を裏切るだけならばあの二人の冒険者を攻撃するのは矛盾していた。
しかし、かといって王国の者とも思えない。
人間そのものに対する害意を感じた。
「なんで……か。これを見れば分かるだろう?」
ゴトーが指輪を外すとその肌が緑色に染まり、醜い容貌が露わになる。
「復讐だ。俺の仲間を殺した人間に対する、復讐」
「ゴブ、リン」
レインは強力な魔物を想像していただけに、その事実を飲み込めずに惚けたように呟く。
ゴトーはニヤリと笑う。
「驚いたか、レイン、俺はゴブリンだ」
「——
「——専門の駆除業者が居るゴブリン」
「——巣を見つけたら冒険者を派遣して一匹残らず殺し尽くすゴブリン」
「——意地汚くて醜くて
「——そんなゴブリンの中でお前らが殺し損ねた生き残りが……俺だ」
「ごっ」
レインはゴトーに対する反論を咄嗟に頭で紡ぐ。
「ゴブリンは人間の女性を襲うと、聞いた」
「だから、殺すと?ゴブリンよりも人間の男の方が女を犯しているだろう?その理屈なら真っ先に人間の男が駆逐されるな?」
「それは屁理屈だ。……そもそもゴブリンが人間を攻撃してくる魔物だから、人間も身を守る為に反撃するしか無いんだ」
「確かに人間に敵対的なゴブリンも居るが……少なくとも、今日俺は何もしていないのに人間に滅ぼされたゴブリンの巣を見つけたが、それは存在することが人間に対する攻撃だという事か?」
「それは……確かに、人間が間違っているかもしれない。だが、人間にだってゴブリンに好意的な者もいるかもしれない。無差別に攻撃する意味は……無いんじゃないか?」
「居ると思うか?ゴブリンを殺すと喜んで金を払う奴らの中に?例えそういう者が居たとして、理不尽にゴブリンを殺す者がいるのと同じく、理不尽に人間を殺す者がいる事を責めるのはおかしいだろ?」
「でもっ、それでも!ゴトー、君の行為は何も生まない」
何て当たり前のことをコイツは言うのだろう、とゴトーは思った。
「それはそうだろう。俺が人間を滅ぼしても何も生まない、始まらない。だが、人間とゴブリンの因縁を終わらせる事はできる」
「——終わらせて、やっと、前に進む事ができる。俺は未だ、あの血溜まりの中に立ち尽くしたままだ。分かるか?禊なんだ。そうして初めて俺が俺である事を許せる、許される」
ゴトーは思わず中身が溢れそうになり、口を閉じる。もうレインとの間に交わす言葉は無い。
「復讐なんて、きっと君の仲間も望んで居な………い」
ゴトーはレインの言葉を遮るように足元に転がった異物を蹴り飛ばす。
レインの眼前に転がった異物がレインを睨み付けている。
——街の内側から現れたゴトー。
——レイン達は門を守っていた。
——いつまでも北門から戻って来ないスノウ。
「は?え?……は?」
「悪い、よく聞こえなかった。……それで、復讐が、何だって?」
ゴトーは態とらしく肩をすくめながら惚けたように問い返す。レインは先程自身が放った言葉すら頭から抜け落ちていた。
「…ご」
彼の思考を怒りが支配する。
「ゴオトォオオオオオオオオ!!!!!」
「おいおい、やめろって。『復讐なんて、きっと君の仲間も望んで無い』、だろ?」
半笑いでゴトーはレインを煽る。
「黙れぇええ!!!お前をッ!!殺してやるッ!!!」
「……最初からそうしろ」
剣を振り上げるレインに対してゴトーも拳を構えて赤魔力を纏う。
「っ!!!、なん」
レインが一歩踏み出した時に何かが足に刺さる。見下ろすと地面から生えた棘が足を貫通していた。
その棘、結晶はフィーネの指先から一本道に繋がっていた。
「私が、殺る」
フィーネの手首から青い液体が滴っている。
回復薬を試験管ごと握り潰して治療したのだ。
しかし、落としたサーベルを取りに行く時間は無かった。
代わりに、手元に結晶の剣を生成する。
体力は最低限。しかし、気力は十二分。血を流したせいで、脳内麻薬で頭が冴え渡り、なんでも出来るような気さえする。
手が重い。
体が重い。
空気さえも、重い。
だからこそ、右腕はこれまでに無いほど繊細に、混じり気の無い孤を描く。
「——す…ぅ」
七つの剣閃が螺旋を描く。
それはまるでレインが放った『
迫る螺旋の刃を前に、レインは終わりを悟った。
レインの顔が歪む。泣いているようにも笑っているようにも見える表情を浮かべる。
「ごめん…スノ——」
そうして罪悪感も、憎悪も、光に呑まれて消えた。
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今回の戦果
レインの『うで』
スノウの『こころ』
◆◆ステータス情報◆◆
レイン Lv55
クラス
剣王
保有スキル
剣術Lv10
└継剣術Lv9
強力Lv8
強固Lv7
靱心Lv5
瞬敏Lv10
└瞬光Lv2
ユニークスキル鑑定
スノウ Lv50
クラス
魔導王
保有スキル
黒魔術Lv11
強力Lv2
強固Lv1
瞬敏Lv1
靭魔Lv10
└業魔Lv1
靱心Lv7
空間収納
保有ユニークスキル
憑魔蟲
そして、さらっと流される主人公の戦闘シーン。
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