第33話 西門Ⅲ『止水の理』


 西門の前ではリードとレインの剣戟が未だ続く。

 しかし、先ほどまでとは異なり今はリード達が優勢である。


 身体能力面での追いつかれたことも中々辛いが、それよりもレインを追い詰めるのはリードの急速な技量の成長だった。


 剣捌きから無駄が削られることで、速度が一段と早くなっている。

 必要最低限の力だけでレインの攻撃を受け流すようになり、真面に受けることがなくなった


(聖女様の言っていた通り、なっている)


 センス、とも言い換えれるそれは戦いの要所ともいうべき点を見極めるのに必要な能力だ。経験によってセンスはゆっくりと育てられるが、才能があるものはこれが初めから備わっている。

 そしてレインには目の前の少年のセンスが急激に育ったように感じられた。


 リードの攻略法が『致命傷だけを与えること』であるのに納得がいった。この技量で守りに徹されると、その防御をこじ開けるのは難しいだろう。



 幸いにもレインの手元には、防御ごと切り捨てることのできる切れ味の剣があるため、リードを抑えることができている。


 逆にリードは下手に踏み込むと、致命の一撃が迫るために間合いの内側に身を置けずにいる。



 マルクスは積めるだけの強化をリードに、弱体化をレインに与えた事後は戦闘に介入出来ずにいた。

 下手にリードを回復させると彼の弱体化する事になるのでそれも出来ない。


 彼の強化しょうもうを丁度良いところに留めておくのが彼の役割だった。

 そして、時折飛んでくる弓矢を杖で落としたり、魔術を避けたりしている。避けられないなら白魔術によって防御する所だが、距離があるため、避けるのは難しくない。



 そうして、三人の戦いが硬直に陥った頃。








「——スゥ」


 剣の魔物が現れた。


 それは、金の髪を揺らし、血のように赤い瞳で彼らを見下ろしながら、右手に握ったサーベルを明らかに剣の間合いの外にいる彼らに向けて振る。



 まず初めにリードの腕が飛んだ。


 次に最も遠い位置にいるマルクスの両脚が膝上で断たれた。


 最後にレインが構えた剣で止まる。

 雌伏の剣ハイダーには傷一つ付いていない。



 これでレインを仕留めるつもりだったフィーネは舌を打つ。


 同時にサーベルから伸びた結晶が霧散して付着していた血液が地面に落ちる。



 リード達の脳内は身体の痛みよりも、驚きに満たされていた。

 そして、レインも同じように思っていた。


 レインは震えた唇から声を漏らす。


「そうか、フィーネさん、貴方が裏切り者か」


 ——そして、彼女のパートナーだった無愛想な少年も恐らくそうなのだと気付いた。


「フィーネ、なのか!?」


 リード達は答えの分かりきった問いをせずにはいられなかった。



「——スゥ」


 疑問の答えは剣閃で帰って来た。


 三本の光が三者それぞれに向かって走る。



「っ、マルクス!」

「…ぅ…ぐ」


 リードは底上げされた身体能力に任せて、マルクスの服を掴み上げて、剣閃の先からその身を避けさせる。


 フィーネの予測を上回るリードの速度に、彼女は未知の能力が働いていることに気づく。


「…」



 リードの更に上がり続けるならば仕留めるのは不可能だと考えたフィーネは先に自分の仕事を片付けることにした。



 彼女は三度サーベルを振るう。

 手元から伸びる斬撃は今度は二本、遠くから見れば巨大なVの字をなぞる剣閃が街壁に走る。


 一瞬の空白の後、門が崩れ落ちる。



「落ちるぞ!!身を守れええええ!!!」



 騎士の一人が叫び声を上げるが、その他の悲鳴と轟音に掻き消される。



「っ、なんて力だ」


 レインが吐き捨てる。彼の眼前には崩れ落ちた門の先の街の景色がはっきりと見えていた。



 これで、彼女がゴトーから与えられた仕事は終わりではある。


 が、しかし彼女の前には3人の人間が立っている。


 レインと、リードマルクス



 マルクスは瀕死、リードは血を流しているが元気に見える。

 レインはこの中で最も怪我が少ない。



 そこで、ふとマルクスリードの組み合わせが記憶に引っ掛かる。



「…」

「フィーネ。俺だ、リードだ。覚えてる、よな?」



 ——そういえば、ゴトーと出会った後に住んでいた家に居た気がする。

 一度そう考えてしまうと、益々見覚えがある気がしてくる。


 実際なのだが記憶があまりにも曖昧過ぎて、彼女は確信が持てなかった。彼らが成長しているために記憶よりも背丈が変わっているのも原因の一つだろう。



 ゴトーもフィーネも人間を殺すことを目的としている。

 しかしゴトーがやめろというならばフィーネは数人くらいは取り逃しても構わない。

 そしてゴトーと共に住んでいたということは、彼らは仲間だったという事だろうか。


 ……そうやって、いろいろ考えた上で。




「まあ、いい」



 結局、斬撃をばら撒く事にした。



 これまでで最大、五本の剣閃が広がる。


 それを一目見た瞬間、リードは撤退を決めた。



「ぬ、ぐおおおおおぉぉぉぉ!!」


 森に入りながら一つ目を避け、木の幹が凹むほどの勢いで三角跳びして二つ目を避ける。

 岩を背にして滑り込んで頭上すれすれを三つ目が通過し、岩に突き立てた剣の柄を蹴って四つ目を避けようとして脇腹を浅く斬り、最後の五つ目をマルクスの杖を犠牲に躱す。



「!やべっ、とぉ」

「…っはぁ…はぁ」


 カーブして帰ってきた一本目の斬撃をリードの肩の上のマルクスが短剣で受ける。刀身は真っ二つとなったがその代わり彼らは無事で済んだ。



 脇腹に一撃喰らった事で更に強化されたリードはそのまま、森の深部へと逃げて行く。

 既にフィーネでも追い付くのは難しい距離だ。



 フィーネは彼ら二人を仕留めるのを諦める事にした。


 残るはレインだけとなった。



「ゴトーも、なんだな」

「…さあ」


 フィーネは意味は無いと知りながらも彼の問いに対して惚ける。

 レインもそれを追及することはしない。


 おそらく、この図を描いたのはゴトーだ。

 これまでのフィーネとゴトーを見ていればレインでも分かる。

 彼女は多くをゴトーに委ねている。行く場所も戦う相手も、善悪さえも。



「少し…楽しみでもあったんだ。君と刃を交えるのが」



 彼女が『剣断ち』と呼ばれるようになってからは、剣士として手合わせを願う気持ちもあった。


 しかし、レインが興味を持ち、パーティへとスカウトしたのは彼女が『剣断ち』となるよりも、もっと前の事だった。


 初めて見た時から気になっていた。


 レインには彼女が特別な存在である事が分かっていた。

 なぜならば彼のスキルが教えてくれるのだ。



(ユニークスキル、『止水の理』)



 そう、彼女もまた特別な力ユニークスキルを持つ者だと。




 ————————————————————


 フィーネはユニークスキル持ちでした。

 後付けの設定では無いですよ、本当です、嘘じゃ無いです。

 嘘だったら肘の先を舐めても良いです。

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