第32話 西門II『反骨の烽』


「!?」


 レインの纏う雰囲気が変わる。

『剣を持つだけの冒険者』から『剣を操るつわもの』へと意識が切り替わり、防御にも攻撃にも移れる中庸な構えから、剣を天に向ける攻撃的な上段の構えへと移る。


「マルクス」

「……」


 リードがその場から退がりマルクスへと近づく。

 マルクスはリードへ向かって手を伸ばす。


「フッ」

「……ッおっと」「……」


 その行動に嫌な予感を感じたレインは、剣を振り下ろし二人の間を分かつ。


(緑髪の呪術師の狙いは強化か。おそらく接触によって発動するユニークスキル)


 呪術にも白魔術と同じで強化を行うものが存在することをレインは知っている。しかし、それらは接触を必要としないと彼は知り合いの呪術師から聞いていた。

 つまり接触を必要としているのは彼が呪術以外による強化、おそらくユニークスキルによる強化を行おうとしたからだ。


 この時点でレインはリードとマルクスを近づけないように立ち回ることを決めた。




 ◆




 それからレインとリードの間で幾度もの剣戟が交わされる。

 レインはリードの装備から彼のクラスが剣闘士系統であることを推測していた。

 剣と盾両方に補正がかかるクラスの中で、剣への補正が大きいのが剣闘士だがリードの戦い方は不思議と防御に偏っているように見える。


 剣より盾での防御が多いという訳ではない、むしろ剣を振るう回数の方が明らかに多い。

 しかし、それらの行動が防御に繋がっていることが多いのだ。


 レインが剣を振る空間を邪魔するように先んじて剣を差し込んだり、常に切先を目線へと向けることで距離を縮めにくくしたりと、いやらしい動きが多い。



 さらにいやらしいのは、


「…『速度強化ラピッド』」


 マルクスによる白魔術だ。

 呪術師だと思っていたマルクスが、相手の能力を下げる呪術と、味方の能力を上げる白魔術の両方を使うことができる術師だった。



 このままでは押し通されると思ったレインは、門の上からこちらを見つめているスノウへと視線を送ると、二人から距離を取る。



 一瞬どういうつもりだとリードは疑問に思ったが、レインが剣に魔力を通しているのを感じ取り、悪寒が走る。


「……ッマズイ!!」

「…『楽易ケアレス』」



 リードの叫びに反応したマルクスが、レインの行動を止めようと呪術による集中阻害を与えるが、単に魔力を込めるだけの行動をレインが失敗する筈がない。


 リードが剣を振りかぶりながら疾走する。


「チィッ、それを止め…」

「『雷砲サンダーブラスト』」



 レインの邪魔をさせまいとリードに向かって砦から電撃が一直線にリードを貫こうとする。



「ッぐ、ぅ」


 盾を構えたリードだが、防ぎきれなかった電撃が彼の四肢を焼く。



「『召剣・雌伏の剣ハイダー』」


 それは全体が白い十字の剣だった。艶の無い金属質な表面が太陽の光を薄く反射している。



「なんだ……それ」


 リードはその剣の放つおぞましい気配に顔を青くする。

 剣はその刀身から重苦しい魔力が溢れ出している。まるで魔力が剣そのものを象ったような感覚を漠然と覚える。


 電撃でひりついた痛みを訴える左手を押さえながら問いかけるリードに、レインは端的に答える。


「これは……奥の手だよ」

「!?」


 同時に放たれた斬撃。


 心臓を握られるような気配を覚えたリードが飛び退きながら盾を翳すが、レインの斬撃はリードの持つバックラーをバターの様に切り裂いた。


 レインの前に盾の破片が落ちる。

 運が悪ければリードの腕ごと切り落とされていた。


「はは」


 リードは強がるように空笑いする。




 ◆




「魔術師様、北門に襲撃が」

「北に?」


 3人の戦いを見下ろすスノウの下に一人の兵士が報告を行う。

 スノウとレインが背負っていたのはこの西門から敵を通さないこと。


 目的は敵を街の内部に入れないことだ。

 ここを万全に守り切ったとしても他の門をから通してしまっては意味がない。


 スノウは兵士に続きを促す。


「それが……あれを見てください」

「…あれは、どう見てもおかしいわね」


 北門を球状に霧が覆っている。

 この時間帯、この天気で霧が起きるのは明らかに不自然だ。

 必然的に何者かの仕業だと分かる。



「レイン!!」

「……」


 リードの攻撃を捌きながら、時折こちらに視線をやっていたレインはコクリと頷く。

 先ほどからスノウは立ち位置の目まぐるしく変わる戦闘に手を出しあぐねていた。それに見た所レイン一人でもあの二人を押さえ切れている。



「私が向かうわ」

「かしこまりました」



「『風速ヘイスト』」


 スノウが杖を振るって魔術を唱えると、彼女の体が風を纏う。


 そのまま街壁の上を駆ける。

 その速度は同レベルの前衛クラスにも引けを取らない。


 数分もしない内に北門へと辿り着くだろう。




 ◆




(……おかしい)


 リードは戦いの中である疑問が浮かんでいた。


 それはレインの強さに、ではなく。

 彼の持つ剣の正体、でもない。



(……何で、俺はこんなに傷が少ないんだ?)



 明らかに技量も、武器の質でも勝る相手であるにも関わらず、リードの傷は『雷砲サンダーブラスト』による火傷と、打撃によって出来た痣だけだ。


 彼の体に切り傷が全く存在しない。


 それは彼の防御が上手いというだけでは説明が付かなかった。


 まるで、



「……まさ、か」

「今頃気づいたんだ?」



 リードの呟きを拾ったレインは当たり前のように答える。



「マルクス!こいつ、俺のユニークスキルを知ってる!」



 レインは彼のスキルの正体について詳らかに語る事はしない。

 もしかすると、彼の知っている効果が全てではない可能性もあるからだ。


 そして、聖女からレインが聞いた彼のユニークスキルの効果は『傷付く程強くなる』というもの。


 背負ったダメージが大きい程に、リードの攻撃は強く、速く、巧くなり、その防御もより固くなる。

 そして、その強化には


 つまり、巧く嵌ればリードは守護騎士と聖女すら打倒できる能力を持っているのだ。



 そしてその攻略法は単純。




 それが聖女からの指示だった。


 もちろん、それをするまでに相手が自傷しても、強化されてしまうので暇を与えず攻撃し続ける必要がある。

 しかし、レインには盾ごと相手を斬ることのできる剣とそれを扱う技量がある。



「くっ…」

「それはさせないよ」


 リードは剣を逆手に持ち、振り下ろそうとするが、レインが強引に割り込んで自傷を阻止する。


 同時にリードの体が宙に投げられる。



(っ、剣が…)


 同時にリードの手から剣が奪われていた。

 彼が持つのは左手のバックラーのみとなった。



「……空間収納ストレージ



 マルクスが亜空間から取り出した剣を、投げる。

 リードがクルクルと飛んで来る剣に向かって手を伸ばす。


 レインはもちろん、背後からリードの首へ向けて致命の一撃を振るう。

 リードからはレインの動きが見えていない。


「…リード!」


 珍しくマルクスが声を荒げる。

 同時にリードの首筋を悪寒が撫でる。


(狙いは首か)


 リードは飛んできた剣の、背後を振り返らずにレインの剣を下から打ち上げた。


「!?」


 その勢いで空中を回転して、斜めから踵落とし。

 レインはその攻撃を左手で受けて、叩き落とされる。



 起き上がった彼の前にリードが降り立つ。


「これで、同じくらいか?」


 左手に握った剣で右腕を刺すと、呼応するように彼の体から白いオーラが蒸気のように立ち昇る。

 右腕を血が伝って滴り落ちる。



 レインの持つレベルのアドバンテージが埋められた。




 ————————————————————



 ◆ Tips:ユニークスキル『反骨の烽』 ◆

 白髪の少年、リードの持つユニークスキルの一つ。

 その効果は『消耗する程、強くなる』。

 体にダメージを受けるほど、力、速度、技術、防御など全ての能力が上昇する。

 内臓が溢れるくらいの傷を負えば、ステータス的にはコウキと同等になる。

 そこまで行くと、出血だけでユニークスキルの効果で強化されるようになるので益々手が付けられないが、死も免れない。


 薄々分かるかもしれないが、リードがS級になれたのはこのスキルのお陰なので素の能力値で見るとA級中位くらい。



攻撃適性:★★★☆☆

防御適性:★★★★☆

援護適性:☆☆☆☆☆

生存適性:★★★★☆


レベル差を覆せる位に強化されるので、攻撃適性は◯。

叩けば叩くほど物理的に固くなる上に、技量的にも堅牢になるので防御適性は◎。

援護には向かない所か、運用にはむしろ援護を必要とするので援護適性は×。

特別採点基準は生存適性。死にかけると身体能力が上がるので、逃亡に徹するとかなり手強いので◎。

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