第31話 西門I
しばらく主人公以外の視点が続きます
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「始まったな」
重い振動と微かに聞こえる爆音の中でレインは呟いた。
彼らが守るのは西の街門。
不穏なのは、帝国以外の存在がこの戦争に介入してくる可能性だ。
結局聖女に詳細を聞く事が出来なかったが、街の周辺を守る騎士や冒険者達が言うにはローチなどの虫の魔物の発見が増えているらしい。
そこから推理するなら、どのような結論が出るだろう。
「この周囲でスタンピードが起こる、とかだろうか?…なあ、スノウ。どう思う?」
「私は違うと思う」
「それは…なんでか聞いても?」
「勘よ」
レインが口をへの字に曲げる。
「私もスタンピードである可能性は高い、そう思ってるわ。けど、それなら何で態々帝国軍に打って出るの?」
スノウは自身の指輪を親指で撫でながら続ける。
「…食料が足りないからじゃないか」
「そう、食料。そもそも補給が足りていないのも普通に考えておかしいのよ。誰かの作為的な動きを感じる。真綿で締め上げるようにゆっくりと、それでいて確実に私たちを殺そうとする気持ちの悪い殺意よ」
「それは…あまりにも壮大だな。補給を断つくらいの戦力があるなら素直に帝国軍に味方した方が得じゃないか」
「そうかしら?聖国軍の内部の人間がただ情報を流すだけでも十分驚異だと思うけれど」
ただ聖国軍においては意思決定の殆どを聖女に依存しているため、たとえ中枢の人間が裏切ったとしても情報を抜き取る事はできても、不利な戦略を取らせることまでは出来ない。
第一『希望』の権能は裏切りという行為には恐ろしく相性が悪い。
「裏切り者がいると言いたいのか?…あまり、そういう事は考えたくないな」
「能天気」
彼の性根は端的に言えばこの一言に尽きる。
人の善意を信じるといえば聞こえは良いが、明らかに騙そうとしている者に対しても『もしかしたら何か事情があるのかも』などと意味の分からない事情を自分で妄想して結果、また騙されそうになる。
流石にそのままでは問題があるので、お金の出入りがある話に対しては必ずパーティの仲間に予め相談するように躾けたのは彼女にとってもかなりの好手だったと言えた。
「はは」
「はぁ…」
人の心根にあるものを善と信じるレインと悪と断じるスノウ。
二人でバランスが取れているとも言えるが、彼女にとってはいらぬ心配を掛けさせられる分、マイナスだった。
レインは前から来る敵の話ばかりをしているが、スノウとしては後ろの敵が気に掛かる。
軍に潜むスパイがどう、という話では無く、そもそも聖女達が自分達を捨て駒にしようとしている可能性だ。
例えば周囲を魔物に囲まれているとして、その状況で聖国軍が一点突破した場合、この街にいる兵士たちはレインとスノウも含めて置いていかれることになる。
その殿の役割を押し付けられたのではないかという疑念が消えない。
「まあ、でも。少なくともこの門を通ろうとする者を斬れば良いだろう?」
「…そうね、あなたはそれだけ知っておけば良いわ」
レインは腰に佩びた剣の装飾を指でなぞる。まるでそれを抜くのが待ち遠しいというように。
「…敵襲!!!」
「「!!」」
監視塔の一つから声が上がる。
同時に森の中から氷の弾丸が飛んでくる。
「気を付けろ!術師がいるぞ!」
自身に向かってきた弾丸を切り落としたレインは、周囲に警戒を呼びかける。
「スノウ、頼む」
「……」
レインの合図にスノウは無言で応える。すでに魔術の構築のために集中を始めていた。
「まだ打って出るな!!!」
現在この門の防衛を任されているレインは兵を動かす権限を持っていた。それを最大限に使うことで、スノウの魔術による巻き添えを減らそうとする。
敵が森に潜んだままでは、一方的に攻撃され続けることになる。
まずはそのアドバンテージを削ぐ。
スノウが手を空に掲げる。
巨大な魔術式が空を塗り潰す。そして、ただ一言。
「『
「っ、退けーーー!!」
命令を無視して門から飛び出して迎撃しようとしていた騎士達は空の術式を見て急いで門へ戻る。
射程圏のど真ん中の帝国兵達は落ちる星を『爆炎』や『氷弾』の巫術によって破壊しようとするが、それによって星が砕けるよりも、着弾の方が早い。
「—————!」
帝国兵の悲鳴が爆音で掻き消される。
レインとスノウはしゃがみ込んで、衝撃が収まるのを待つ。
爆風で飛び散った石礫が高速で一人の騎士の側頭部に当たり気絶して門の下に落ちた。
「ちっ、『
目の前に隕石が落ちたにも関わらず迂闊な騎士に対して、スノウは呆れて舌打ちをしながら下にある彼の体の前に壁を作り保護する。
「大分、見晴らしは良くなったな。代わりに帝国兵がどの程度隠れていたかは今はもう分からないけど」
「あら…あのままチクチク遠間から攻撃された方が良かった?」
先ほど能天気と言われた仕返しをしようとしたレインだったが、正論のカウンターが飛んできたので視線を逸らす。
「よし、それじゃあ今から撃ち漏らしを仕留めてくる。最低限の人数だけ残して門を出る」
「わかりました」
そのままレインは騎士に命令して迎撃部隊を用意させる。
先ほど命令に逆らっていた騎士達も流石にこのままでは死にかねないと感じ、素直に応じる。
そして、レインが先んじて壁から降りた瞬間、茂みから影が飛び出す。
「……来た、か」
正中線に向かって下される剣を、レインは剣の切先で優しく押して軌道から逃れる。
「それじゃあ俺には届かない」
返す刃で、相手の盾に一撃を入れて距離を取る。
10メートルほど地面を削った後で、その影は止まる。
「……帝国軍にも冒険者がいるのは、知らなかったよ」
「俺も出来ることなら、そっちが良かったけどな」
二人の距離が空いたところで、レインは下手人を観察する。
白髪に14、5歳程の少年といったところか。
刃を交えた感じではそれほど手強いようには見えない。
右手に剣、左手にバックラーの典型的な剣闘士クラスのスタイル。
それだけなら問題は無かっただろう。
しかし、そこで彼の持つスキル『ユニークスキル鑑定』に反応があった。
(『反骨の烽』に『生存本能』の二つ。……二つか、なるほど)
レインは『生存本能』は名前からして、防御系であると当たりをつける。この場においては守りや回復に関する能力を警戒する必要は無いと切り捨てる。
(あと一つが聖女様の言った通りのものだろう。今の所は事前知識通り)
しかし、その余裕はもう一人の少年、マルクスが現れたところで崩れた。
「!?」
マルクスを視界に入れたレインは湧き出た驚きを押し殺す。
(もう一人も!?)
白髪の少年、リードだけでなくマルクスに対しても『ユニークスキル鑑定』が反応を示した。
スキルの名前は『反天の燈』。名前からは効果が想像できないユニークスキルにレインは戸惑うが、見た所、杖を持つマルクスは神官か黒魔術師のどちらか。
ならば、下手に間合いを取るよりも近くで圧力をかけ続ける方がレインの意思で戦場をコントロールできる。
左手を空けて、右手だけで剣を持つ。
そうして半身になる事で相手から狙える面積が減り、防御が簡単になる。
代わりに力は入れづらくなるが、相手が血を流す生き物であれば殺せはする。
「シッ」
レインは鋭い踏み込みでリードとの距離を食い潰す。
踏み込みの勢いを乗せた突きは、バックラーの丸みで滑らされ、小さく構えた片手剣で脇の下からカウンターを狙ってくるが、伸ばした手を素早く引いて鍔で押し返す。
「はは、早えな」
「それなりに冒険者やってるから」
速度もレインの方が上だが、それよりも技術の差が大きい。リードの狙いはレインには殆ど読み切られるだろう。
「…俺だって結構長いぜ」
「見れば分かるさ」
リードは鍔迫り合いをしながら右に左にと体を振り、レインを振り払うように後ろに飛び退く。
「逃げるのか?」
「まだまだ、これからだろ」
レインの挑発にリードは素直に乗る。
丁度その時、マルクスの準備が整った。
「……『
「んっ……これは、呪術か」
レインは身近に呪術を行使する冒険者がいたため、その正体にすぐに気付いた。
全身にずぶ濡れの布を乗せられたような負荷が掛かる。重みに従って剣が僅かに下がる。
「……十分だな」
「どう言う意味だ?」
「ハンデには丁度良いって意味さ」
レインは好戦的な笑みを浮かべた。
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