第30話 聖女と守護騎士
既に戦場はその大部分をローチの群れが覆っていた。
コウキは帝国兵を千切っては投げ千切っては投げを繰り返す。時折思い出したようにローチを手で払い除けたりもしていた。
流石にローチを完全に堰き止める事は出来ないが、帝国兵が彼の後ろへと抜けることは無い。
騎士の本分とされる堅守において、守護騎士である彼は他の追随を許さない。
「『フォートレスシールド』ォオ!!」
集団で編まれた巨大な炎弾の巫術に対して、武技をぶつけて防ぎ切る。
そして今度はこちらからと言うように、聖国軍の魔術師達が次々に魔術を紡ぐ。
大抵は威力に優れる『
火系に対して水系の魔術が衝突してしまうと狙いがズレるだけでなく威力が大きく減衰してしまう。そのため魔術の飛び交う戦場では属性を一、二種類に絞る事が好手とされている。
聖国軍の張る魔術の弾幕により、帝国軍の白兵は攻めあぐねる。
更に『希望』の聖女による『
このままやれば聖国軍が勝つ、そうコウキが確信した瞬間、視界に現れた点が急速に大きくなる。
「っぬお!」
それが向かってくる槍の切先だと気づくと同時に身体を仰け反らせて避ける。
元よりその犯人はその一撃で仕留めるつもりでは無い。
彼にとっては単なる宣戦布告であった。
「やっぱり来やがったか。槍使い」
前とは違い近接用に短めに作られた黒と白の二本の短槍。それを背中で交差して構えながら一人の帝国兵が進み出た。
「今日こそみんなの仇を取ってやるっすよ!!」
「隙あり…へぐっ」
そう言いながら背後から斬りかかろうとした聖国騎士の脳天を、ムラクモは石突で叩き割った。コウキでもその槍の穂先の動きは霞んで見えた。
「コウキ様…」
銀の騎士の一人が不安げにコウキへと声を掛ける。
加勢の問いかけだ。前回とは異なり今回のムラクモは万全の装備と、当たり前のように『鎗術・捌』まで発動させた、準備万端の状態。
「…いや」
「わたしが居れば問題ありません。あなた達は術師を相手してください」
コウキの否定に重ねて、ウルルが銀の騎士達に指示を出す。
もう一人の聖女にとって障害となる巫術師を排除すると共に、コウキに万全の力を発揮して貰うためだ。
龍とは異なり相手が人間である以上、人数は枷となる。
「はっ。承りました」
それを察した騎士達もあっさりと彼女の命を承諾し、聖国軍の加勢に回る。
この戦場のどこかに存在しているだろうローチのクイーンを探させるなんてことはしない。
そうすれば何処かの誰かがこれ幸いと銀の騎士を喰らうだろうことは想像が付くからだ。
「…『
『
流石に神官として熟練したウルルでも、自身の限界スレスレの力の行使に額から汗が噴き出る。
だがこれで身体能力の差は縮まった。
更にコウキのユニークスキルの力が乗れば。
「勝てる」
「『
「その程度で俺を抜けると思うなよ!!」
二本の槍を巧みに使い、点での突きと線での切り払いを、盾と剣で遮るコウキ。
装備が万全になったのはムラクモだけでは無い。
前回は重さの関係でバックラーだったが今回は身を隠せるほど大きな長方形の盾、タワーシールドとも呼ばれるそれを携え得ている。
武技によって強化しながら、双槍での連撃を防ぎ、時には局面を滑らせて疲弊させていく。
「っち」
何より、防御に秀でた騎士と回復能力を持つ神官という組み合わせがこれ以上ないほどに凶悪だ。
ムラクモは一度コウキから距離を取ると、地面に突き立てられた槍を引き抜く。
「『空線』」
魔力のレールを作り出し、槍を加速させる発射台とする
「シィッ!」
ムラクモが真横に投げた槍はコウキを避けて大きく回り込み、聖女へと向かう。
「!っそっちが狙いかよ」
先に回復能力を削ぐために聖女を狙う。
「『
聖女も見ているだけではなく、光の盾を作り出して迎え撃つ。
投げられたのはただの槍であったならば、それで十分防げただろう。
しかし、槍は『
「なっ」
ムラクモはニィと頬を上げる。
彼が投げたのはただの槍ではなく、『爆炎』の符が巻き付けられた槍だった。
煙が晴れる。
その先には、大きく張った二つ目の『
「…はは」
今回と前回では大きく違う。
目の前に立つ騎士は前回、ムラクモを仕留めようと焦っていた。その攻撃の技術は確かに熟練の兵士のそれだった。身体能力はそれ以上だった。
しかし、自分には敵わない。そういう傲りがあった。
ムラクモが最も警戒しないと行けなかったのは、目の前に立つ騎士では無い。
二人揃った聖女と守護騎士だったのだ。
正面から近づけば騎士が固く止める。
遠距離は聖女の守りが攻撃を閉ざす。
ならば、強引に引き離すしかない。
「…『空線』、『一擲』」
表情が抜け落ちたムラクモは、再び同じ軌道の魔力のレールを作り、手元にある白槍を投げながら掴む。
加速する槍に乗せてムラクモごと、聖女の元へ運ぶ。
「やっぱ術師は直接殺す方がいいっすねえぇ!!」
黒の槍を構えながら聖女へとムラクモが迫る。
「『アストロガード』ォ!」
黄金の騎士が二人の間に高速で割り込む。
更には
「『シールドバッシュ』」
「〜〜〜〜っ、」
加速した鉄塊がムラクモを轢き殺そうとする。
それをギリギリで地面を蹴る事で上に躱す。
人外の筋力による跳躍は戦場を見下ろす事が出来る程高くまで昇る。
咄嗟の行動だったため、思考の空白が一瞬生じた。
眼球だけで見下ろせば、騎士が深く腰を下げ、剣を横に構えている。
——眩く銀に輝く。
「い、『一擲』!」
ムラクモはコウキの脳天に向けて槍を投げ撃つ。
これで魔力の充填を辞めさせようとする。
「『
「っ、聖女ぉおおおお!!!」
『希望』の聖女がコウキに向けて手を翳していた。
ご丁寧にも光の盾は二重に重なっている。黒槍は半ばまで刺さったところで速度を失う。
「『
ムラクモの視界が銀に塗り潰される。
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いよいよ決戦といった感じです。
私としては書くのが楽しみな部分なのですが、同時に悩ましい部分でもあります。
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