第28話 ヨビウの戦い
「帝国軍を発見!」
聖国騎士の一人が、外壁の物見から大声で知らせる。
帝国軍までの距離は十数キロ。数刻もしない内にヨビウの街に辿り着くだろう。
「戦闘配置に付け」
なぜか聖国軍の冒険者の割合が減ったことで、皮肉にも聖国軍の連携が洗練され、瞬く間に外壁は堅牢な要塞へと姿を変える。
後方には、先日守護騎士を飛ばした砲台が数を増えて並んでいる。
使い捨てではなかったようだ。
もちろんそれらの側には鉄の砲弾と火薬代わりの魔術師が配置されている。
「聖女サマ。どうする、一撃入れるか?」
コウキが聖女に問い掛けたのは『
「そうですね、剣を構えて左翼の方…逆です。もう少し右、はい。そちらの方にお願いします」
聖女はコウキの立ち位置を鎧の端を掴んで調整する。
コウキは上段に剣を構えたまま器械のように彼女の誘導に従ってその方向を右に左にと小刻みに動かされる。
微調整が終わった聖女はコウキに向かって頷くと、後方に戻って行く。
後には剣を振り上げた状態で黄金の騎士が残される。
しかし遥か前方の帝国軍が到達するのは数刻は先。
「俺、もしかしてこのままなのか?」
コウキは騎士が呼び戻しに来るまでの間、途方に暮れた。
◆
騎士の一人に呼び戻され聖女の執務室へ招かれたコウキはそこで見覚えのある顔を見かける。
「レインにスノウ。お前さんらも集められたのか」
「はい。先程聖女の騎士様から呼び出しがありまして」
聖女の護衛として雇われている二人の冒険者だった。聖女の事だから二人の存在には何かしらの意味があると確信してはいたが、開戦前にこうやって呼び出されたということはその布石が活きる時が来たという事だろう。
レインは僅かな緊張を帯びながらも瞳は覚悟を宿し、理想的な心のバランスを保っている事が伺える。
一方のスノウには猜疑心が混じっているように見える。
その理由はコウキには分からないが、これまで殆ど指示が無かったにも関わらず、それがここで覆される理由について思考を巡らせているのだとコウキは予想した。
実際は聖国軍で見かける冒険者の数が急激に減った事に対して、彼らの関与を疑っているからであるのだが。
いずれにしろ聖女の召集に応じない訳には行かないスノウとしては胃が痛い事だった。
執務室の中心には地図の乗ったテーブルに、兵士を表す複数の駒が用意されていた。
「青が俺たち、赤が帝国軍といったところだな」
街を守るように円状に青い駒が配置され、それを南から追い立てるように赤い駒が隊列を組んでいる。
「…この黒い駒は、何だ?」
見ると、青と赤の両方をさらに外側から囲む様に黒の駒がまばらに置かれている。
何も知らなければ余った駒を地図の外側に転がしただけだろうと納得するだろう。
しかし、コウキは聖女の権能を知っている。
艶のないクイーンの駒があまりにも不気味に映った。
その時、靴の音を響かせて執務室に聖女が帰って来た。
「遅れて申し訳ありません。少し指示を出していました」
「いんや、俺も来たばかりだ」
「俺たちもそれ程待ってはいません」
杖を持ち、戦闘用に編まれた法衣に身を包んだ聖女が頭を下げる。
そして持ち上がった彼女の顔色はこれまでで最も血色が良く万全に見えた。
「これから丁度一刻後に帝国が南方へと布陣し、私とコウキ様はそこで迎撃する事となります」
コウキは彼女の言葉に頷く。初めから彼が予想していた通りだ。聖女が見える所で軍を指揮しないと全体の指揮は大幅に下がる。
そして聖女が出るならばコウキはそれを守る必要がある。
「その間、お二人にはそれとは別でしてもらいたいことがございます」
聖女の細い指が地図の上を滑り、外壁の一点を指す。
「この門を通ろうとする者達を何が何でも止めてください」
まるで、誰が通るか具体的に知っているかのような確信を持って聖女が命令する。
「……帝国軍が回り込んで攻めてくる、という事ですね」
レインの言葉に聖女は笑みを浮かべる。
「ええ、それもあります」
「それは帝国軍以外が介入してくるという事……」
質問を重ねようとしたレインは笑みを浮かべる聖女の瞳が不穏な光を帯びたのが目に入り、言葉尻が小さくなる。
それに答えるつもりも、答える必要も無いという事だ。
『何者でも、門を通る者は止めろ』と言われたのだ。門を通る者が誰か聞くことが成功を左右する事はない。
彼は好奇心を引っ込めて頭を横に振る。
「いえ、何でもありません」
「そうですか」
これで終わりかとレインは思ったが、そこで聖女は思い出したように口を開く。
「あぁ、あと、戦闘時について、幾つか注意していただきたいことがあります」
◆
一刻後。
既に帝国軍は目前まで迫り、聖国軍との衝突を迎えようとしていた。
聖国軍の最前には神官の最上、聖女ウルルが立ち、その傍らを騎士の最上である守護騎士コウキが固める。
「コウキ様。作戦の通りにお願いします」
「ああ、分かってるさ、聖女サン」
コウキは聖女よりも一歩前に出て、剣を振り上げようとして、止まる。
「なぁ、聖女サン。アンタ、したい事はあるか?」
「何ですか、突然に…」
「答えてくれ。何なら好きな事でも良い」
聖女が笑顔のまま、疑問を返そうとしてコウキの言葉に掻き消される。
「…それは、聖教会、聖神の御手を全世界に広げる事、それだけです」
「もし、その目標がウルルの願いなら俺はそれを命を賭けて叶える」
初めて、彼女の顔から作り笑いが消える。
「…そんなこと、コウキ様が考える必要は有りません」
「アハハッ。…ウルル、それは失言だぜ。教会に貢献するっていう崇高な目標を『そんなこと』呼ばわりなんてなあ」
「それは、自身の命を天秤に掛けるような事を言うコウキ様が悪いです」
拗ねたような口調で彼女は言った。
コウキは
覚悟を持って初めて、彼女の覚悟を見る事が出来た。
親愛を持って初めて、彼女の親愛を知る事が出来た。
コウキが彼らと彼女を守りたいと思っているように彼らも彼女もコウキを守りたいと思っていたのだ。
「これが終わったら、休みを貰おう。これだけ忙しかったんだ。お偉いさんも文句は言わんだろ。久しぶりに温泉に行くのも良いな」
「…そうですね。私は温泉卵、というものを食べてみたいです」
「良いな、ソレ」
コウキは憑き物が落ちたように爽やかに笑うと、大剣の柄を両手で握る。
ゆっくりと真上に持ち上がった黄金の刃は、眩ゆい銀光を纏う。
これまでで最も明るく。
限界まで大きくなった光が、一瞬で収縮する。
「『
巨大な刃が帝国軍に迫る。
真面に当たれば、それだけで帝国軍が半壊しそうな程の威力。
「——『神閃』」
しかし、それは現れた巨大な刀によって相殺される。
横凪の一閃が地面を抉りながら、『
帝国軍から歓声が上がり彼らの士気が大きく増す。『コチラには強力な味方がいる』、それが命を賭けるこの場においてどれだけ心を熱くするか、彼らは実感していた。
「前進!!!!!」
そして、聖国軍と帝国軍が衝突する
——その
——直前。
「ギチY」「チュギ」「ギィギ」「ギュギュ」「グツツ」「ギUチギュチ」「チュグ」「ギュZチュ」「Gュ」「チャグィ」「ギ」「ギギギ」「ギュギュ」「ギュチュグ」「チュチュ」「ギGゴゴ」「ギチュュガA」「ギィチィ」「ギィゴ」「ギュチュGギュチュ」
地面の割れ目から、黒が噴き出した。
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