第27話 一度目の衝突前夜

 ムラクモ達を撃退した翌日。



「補給が、尽きました」


 聖国軍の幹部の多くが恐れていた事態が起きた。


「遂に、ですか」

「やはり一度後退してでも…」

「計算ではあと1日は持つ筈だと…」


 口々に高齢の将官達が消極的な声を上げる中、一人の女が手を上げる。


「どうかされましたか?ルオラ様」


 ことの成り行きを見守っていた希望の聖女、ウルルがもう一人の聖女の名を呼ぶ。


「私の守護騎士が、全軍の一食分は賄える程度の糧食を空間収納ストレージ内に保管しておりました。これを放出すれば少しは持つと思われますわ」



 ルオラの提案に会議室が沸き立つ。

 個人で軍を賄える程のストレージに対して驚きの声や、彼女の準備の良さを賞賛するような言葉がかけられる。


 ウルルは手を上げて、彼らの熱気を制する。


 全体が静まって一拍したところで、改めて口を開いた。



「そうですか……それは、朗報です。消費された分の返礼は戦後に必ず致しますので宜しくお願いします」

「はい、もちろんですわ」



「それと」


 むしろ彼女にとってはこちらが本題であった。今回の戦争は聖女が二人も出ている訳だが、それでも不十分であった。

 だからこそわざわざ数人の銀の騎士の命を賭して、後方へと一つの文を出した。


「三日後に、追加の糧食と、ハークレス・ウォール氏率いる援軍が合流する予定です。それまでこの街で耐えきる事ができれば、今回の戦争において私達の勝利は間違い無いでしょう」


 これが彼女が予見の力によって得た結論だった。

 三日耐え切れば勝てる。

 戦争においては攻めるよりも守る方が簡単である。


 聖女の言葉に将官達は更に湧き立った。



「明後日が山場です。恐らく帝国軍による猛烈な反撃が行われます。相手は戦争巧者であり野蛮な民、魔物をけしかけて来ても不思議ではありません。そのつもりで覚悟をしておいてください」



 最後にこの部屋の人間に気を引き締めるように言葉を残した。

 彼女が座る頃には勝利への確信と適度な緊張感を持った軍人だけが残った。


 幹部の精神の調律を終えた希望の聖女が会議の終わりを宣言した。







 聖女達が会議をしている頃、ヨビウの街の外を哨戒していた兵士達は違和感に気付いた。



「なんかさあ、ちょっと前にゴブリンが出てから魔物が少なくないか?」


「街が近いからだと思ってたけど?」



 人口の多い都市の近くでは魔物の駆除が盛んに行われる為、この反論は的を射ている。



「でも、鹿とか猪とか、普通の動物も居ないのは流石におかしいだろ」



 槍を持った兵士は目の前に転がる動物の骨を石突で小突く。

 今日見かけた生き物の痕跡はこの骨だけだった。


 そして、遂に違和感の正体に思い至った。



「そうだよ、鳥だ!。鳥の鳴き声が聞こえないんだ」

「……確かに、一匹もいないな、本当に」



 不思議と感じていた森の暗さの原因がそれだった。彼らはこの森に詳しくは無いが、鳥を見かける事さえ出来ないこの森が何らかの異常を起こしていることは分かった。



「何が…起こってるんだ」



 視界の端に黒い点が一瞬走った。



 とあるゴブリンが街へ辿り着く前日の事だった。




 ◆




「守護騎士の霊技ユニークスキルがわかったっス」

「それよりも前に申し開きがあるんじゃ無いか?ムラクモ」


「……無いっス!!オレは総指揮官殿の指示で威力偵察していただけっス!!」

「ぶっ殺すぞキサマ!お前が巫術部隊丸ごと引っ張って行ったせいで、本隊の巫術師が足りないんだぞ!!死んで償え!!石に躓いて死んじまえっ!!!」


 堂々と泥を被せて来るムラクモの態度に堪忍袋の緒が切れた指揮官はめちゃくちゃに怒鳴りつけるが、基本的に戦力しか重視しないムラクモにそこまで響く様子は無い。


「あの…もうそろそろ話してもいいっスか?」

「あぁ……あぁ……はぁ、続きを話せ」


 メンタルモンスターに指揮官の男は心の中で白旗を上げると、ムラクモの話を促す。


「聖女の守護騎士が複数の霊技ユニークスキルを持っているのはやっぱり確かみたいっす。オレと戦っていた時に少なくとも二つ、もしかすると三つ使ってたっス」

「厄介だ」


 『刀仙』が呟く。ユニークスキルはそれ自体が初見殺しだったり、タネがわからないと絶対に避けられない物ばかりだ。そして、単なる初見殺しと違うのは、知っていても十分以上に効果がある強力な物ばかりであることだ。


 ムラクモが指を立てる。



「一つ目は、体を守る霊技ユニークスキル。オレが遭遇した時は、それで体を守った状態で爆発で自分をぶっ飛ばして飛んできたっす」

「並の巫術は効かないと考えて良いだろうな、それも含めて戦術を練る必要があるか。……もう一つは?」


「目の前で使われたっスけど、速くなった?というか急に動きが良くなって反撃をうけたっス」

「…ゼタ、どう見る」



 ムラクモの発言から考えると、速いと錯覚するような動きをしたという事だろう。

 ゼタは自身の経験から答えを推測した。



「自分は立ち合いの時に、時折時間が遅くなったような錯覚に陥る時がある。おそらくはそれを自分で引き起こす霊技ユニークスキルだろう」

「精神を加速させる術か、不意を打つのは難しいだろうな」



 指揮官は難しそうに唸る。



「大丈夫っス!!次は多分負けないっス」

「実力はどの程度だ?」


「オレと同じくらいっスね。ゼタ爺よりは間違いなく下っス」

「ならば守護騎士には『刀仙』をぶつけるか」


「オレがやるって言ったっス」

「それでいいか?『刀仙』」

「ああ」

「オレがやるっス!」


「リード殿は、後方に控えて敵の主力が突っ込んで来た時に押さえ込んで欲しい」


「え…えぇ、はい」


 これまで、ムラクモのモンスターっぷりに驚いて一言も喋らなかったリードだが、ここで初めて水を向けられ、戸惑いながらも頷く。

 実際、一撃で葬るほどの実力差がある相手で無ければ引き分けに持ち込める自信があった。



「よし、それでは出発する」



隊列を組んだ帝国軍がヨビウの街へと前進を開始した。


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