第26話 人外VS人外

「…よぉーし。行くっすよお」


『槍鬼』ムラクモは、ヨビウの街の前で静かに呟いた。

 サンコウ砦近くで、帝国軍の総指揮官からエンムの訃報を聞いた彼は聖国軍へと弔いのハラスメント攻撃を行うためにここへやってきた。


 街の前とは行ってもここは、ヨビウの街よりも数キロは手前の地点であり、辛うじて街壁が見えるだけである。


 彼に付き従ったのはムラクモが引っ張って来れるだけの精鋭巫術師達。


 しかし、彼にとってそこは問題ない。


「…ふう」

「ッ」


 一瞬で体中を血管が通るように、魔力が張り巡らされる。

 その絶技は魔力の操作に長けた巫術師達も言葉を失う程に巧く早い。


「『鎗術・伍』」


 一度に全身の筋力、反射、空間把握能力を含む彼の能力が数倍される。


「『鎗術・陸』」


 身体能力に加えて、槍術を支える下半身の能力が倍する。


「『鎗術・漆』」


 加えて聴覚強化。


「……『鎗術・捌』」


 加えて魔力運用能力の最適化。

 これが彼の全力。捌の位階の鎗術を使えるのは帝国軍には彼一人だけだった。



「槍を用意してくれっす」



 スキルを発動する前とは見違える程の威圧を振りまくムラクモに周囲の兵士は及び腰になる。



「?…聞こえてるっすか」


「は!はい。これです」



 緊張で声が裏返った巫術師だったが、彼の手にはムラクモの要望通り、符が貼り付けられた槍を握る。

 その槍は近接戦闘で扱うには少し長すぎる、投擲用の槍だった。貼り付けられているのは『爆炎符』。勿論魔力を通してから爆発するまでに時間の猶予がある。


 これによって長距離からの爆撃を可能とする。


 彼はそれを握り、引き絞るように構えると、瞳を閉じる。


「『音形』」


 誰にも聞こえない音が周囲へと広がる。

 その反射が彼に周囲の空間の形を告げる。


 静かに数十秒が過ぎた頃、街壁の影を掴む。



「…『炎心』」


 認識速度の補正。


「『闇突』」


 瞳を閉じた状態での能力上昇。


「『魔刃』」


 魔力による槍本体の強化。


「『空線』」


 空に槍を加速させる透明なレールが敷かれる。


「『天地無揺』」


 地面での全能力に極大の補正をかける。


「……『一擲』っ。…疾ッ!!!!」



 ダメ押しにスキルで強化した肉体は、衝撃波を周囲に放ち、砲弾の様に槍を発射する。


 音を追い越した弾丸は数秒後に砦に着弾する。


 これで砦には大穴が空いているだろう。



「…うそっす」



 そう思いながら、晴れた土煙の無効には無傷の街壁。

 強化された視力が壁の上、驚いたように身をかがめる聖国の騎士の姿を捉える。



 そして着弾地点には、不敵な笑みを浮かべる聖女の姿。


 読まれていた。



 何らかの方法でこちらの攻撃を防いだ彼女は、興味を失った様に背を向けると壁から降りる。


 まるで二の矢が無いと知っているかのように。



「くそっ」



 あまりの無防備さに、舐められているとムラクモは思った。

 特製の槍は十本は用意している。


 今度は、防御のしようが無いほど、連続で広範囲に打てばいい。

 既に距離は測り終わったから外すことはあるまい。



 心を落ち着けた彼は口に笑みを浮かべると、巫術師に槍を求める。



「次行くっす」



「——テメエに次は無い」



 声と同時に黄金が着した。


「!?」



 上空からの一撃を長槍で受け止めたムラクモは奇妙な手応えに弾かれたように吹っ飛ぶ。

 眼の前の男の全身には黄色の燐光が僅かに残っていた。



 男は瞬時に銀色の光を剣の先に延ばす。



「『代剣インスタントブレイド』」



 数メートルに伸びたそれを無慈悲に振るう。

 精鋭の巫術師達が一太刀で命を落とした。

 崩れ落ちる兵士たちに目を一瞬伏せるコウキだったが、直ぐに油断なくムラクモを睨む。


 既にコウキの腹は決まっていた。

 例えこの戦いそのものが間違いであっても、突き進むと。




「…ふざけてるっスねえ。あんな短時間でここまで辿り着けるわけがない。守護騎士、お前もしかして」

「ああ、魔術で俺自身を飛ばした」


 馬鹿げている。

 爆発系の魔術によって自分を大砲の弾のようにしてここまで飛ばしたのだ。

 もしかすると、土魔術で砲身も作った可能性すらある。



 コウキはいつもとは違う盾、バックラーを構える。

 長剣は手に馴染んだ一品物。特殊なものでは無いが、硬く、鋭く、丈夫。それだけの剣。それを握り締める。



 突発的に出来上がった一対一の状況。

 どちらからしても願ってもない展開。



「上等っスよお…『躰術・肆』」

「ここで仕留めるッ」




 ◆




 頂点同士の戦闘は『躰術』のギアを上げきっていないムラクモが劣勢で始まる。


「おおおオオ!!」

「『波返し』ッ…!」


 コウキの叩きつけるような一撃を滑らかに受け流そうとしたムラクモだが逃しきれなかった衝撃が腕に伝わる。


 本来カウンターである筈の『波返し』が単なる防御で終わる。


 そこで、弾かれた槍から左手を離すと隙を埋めるようにスキルを放つ。



「『打』ァ」



 放たれた裏拳を受け止めるだけでは、仕切り直しだ。

 明らかに接近戦では向かない槍を持ち、スキルの発動が中途半端な今こそが最大で最後の機会だと自覚しているコウキは一つの札を切る。



「『加速する自我』」



 その瞬間、コウキの周囲の時間が止まったように遅くなる。

 彼の意識だけが加速したのだ。


 放たれた拳に対して、コウキは盾の角度を僅かに変えるだけ。

 同時にコウキは上体を沈み込ませる。


 ムラクモの拳はそれだけで盾の上を滑り、コウキの上を通り過ぎる。


 眼の前には隙だらけの脇腹がみえる。

 ムラクモが目を見開く。


 振り下ろした剣を振るう時間は無い。


「『シ」


 ならば


 銀魔力を限界量を越えて盾にぶち込んで、『過武オーバードライブ』させる。



「ィルドバッッシュ』!!!!」

「カ”ウ”ッッ」



 銀色の盾が脇腹に突き刺さる。


 確かな感触と共に吹き飛んだムラクモは地面を足で削りブレーキを掛ける。



「ふ”……ふッ……」


 左の脇腹が盾の形に凹み、ムラクモ呼吸が邪魔される。

 明らかに効いている。


「…ちっ」


 対するコウキも『過武オーバードライブ』の反動で左手が痺れている。

 僅かに握力も低下している。


 更には無駄になった魔力によってダメージを受けた盾が割れて、地面に落ちる。



 震える手を柄に添えて正中線に長剣を構える。



 ムラクモの視線がコウキの後ろ、聖国の援軍へと向かう。


 ムラクモの重心が後ろにき、槍を宙に捨てる。



「逃がすかよ」


 銀光を剣に溜めて追う。



「『引き波』」

「ッ!?」



『鎗術』で習得する高速のバックステップ。

 ムラクモの背中がコウキに触れる。


 ムラクモが愉しそうに笑う。


 コウキの振り下す手首を掴んだ。



「『天地返し』」

「オッ!?」



 コウキの体が空に打ち上がる。



「『魔の直鎗』」


 手の中に魔力の槍を形作る。密度は、ムラクモの作れる限界値まで。


「…『一擲』」


 フォームを整える暇もない。


 ただ、無防備に中を舞う的に向けて全力で投げるだけ。

 当てれば爆発の巫術が発動する。



「お”ら”ア”アアアアアア!!!!」



 コウキはぐるぐる回る視界の中で赤い光が見えた瞬間、剣を盾にする。


 砦を穿つ槍がコウキに直撃し大爆発を起こす。



「コウキ様!!」



 辿り着いた銀の騎士が叫ぶ。


 翼を失った鳥のように真っ直ぐに落ちた黄金の騎士は地面に叩きつけられる。


 騎士は周囲にコウキと戦った筈の帝国兵の姿を探すが、もう影もない。



 銀の騎士は黄金の鎧へと駆け寄る。



「コウキ様、コウキ様!!!」


「…ッ」



 肩を叩きながら大きく呼びかける銀の騎士。

 コウキは返答するように寝返りをうち、仰向けに変える。



「良かった。さあ、聖女様の下に」



 戻りますぞ、そう言おうとした時。



「……そ、クソォッ!!」



 拳を地面に叩きつける。

 人外の領域に踏み込んだ彼にしては弱々しい音が響く。



「投げられた瞬間、逃げられるのが分かった」


「……巫術師を仕留められれば充分だと聖女様はおっしゃっていました」


「あと一手…あと一手だった」



 その焦りをコウキは見抜かれた。


 あの瞬間までは今のコウキと比べてすら、まだ向こうのほうがダメージが深かった。


 しかしムラクモは生き残った。

 もう相手も油断しないだろう。次は万全の準備、万全の状態での戦いとなる。


 きっと、その時ツケを払うことになる。

 一番に犠牲となるのは、彼ら。


「すまない」


 俺の弱さが、仲間おまえたちを殺す。


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