第25話 皮一枚、紙一枚の敗着


 『聖女の騎士』の統括であるザインは、聖女から命令された『敵の傀儡の排除』を銀の騎士たちに共有する。

 彼らは傀儡を帝国との衝突の中や、夜の暗闇の中で密かに処理することを決定した。



「ザイン、街の周辺の偵察に回した騎士から魔物の群れを見つけたと報告が上がった」


 彼の同僚である銀の騎士の一人が告げる。ザインは銀の騎士の統括という立場であるにも関わらずその銀の騎士の言葉遣いに敬意は見られない。

『聖女の騎士』を率いるのはザインではあるが彼らは聖女という頂点の下で平等である。つまりザインはあくまで聖女の指示を伝え、騎士たちの報告を集約するという役割を持っただけの銀の騎士である。

 つまりザインが倒れれば統括役は次の者へと移る。

 そして誰がそうなっても彼らはそれに対し隔意を覚えることはない。

 隊にして個、個にして隊を体現していた。


「群れの内訳は?」

「『熱探ヒートサーチ』で確認できた限りでは数十程のゴブリンの群れ。『鉱探マインサーチ』から推定した洞窟の大きさからしても、その辺りが限界のようだ」



「そうか、ゴブリン」


 ザインは一瞬聖女に指示を仰ぐか思考する。

 ただ、先程の聖女の様子を思い出す。

 表情を取り繕う余裕もないほどに疲弊していた。


 おそらく現在は仮眠を取っている事だろう。そして、ザインは。



 

 


「下位の冒険者を率いて潰しておけ。後々邪魔にならなければ問題ない」




 ◆




 彼らは静かに暮らしていた。

 人間達に見つからないように洞窟の入り口を土で盛り硬め、林に隠した。


 今まで見つからなかったのは帝国のスキルに生物を探索するスキルが少なかったため、更に探査や調査といったスキルを持ちうる学士クラスは帝都に殆どが集まるため。そして、彼らの隠密技術が優れていたためだ。


 しかし連綿と続いた彼らの生活は今日、潰える。



「よし、ゴブリンを燻しだせ」



 完璧に隠蔽した洞窟の入り口の前で不穏な言葉が聞こえた。

 洞窟に隠れたゴブリンたちは密かに怯える。


 ぱちぱちと何かを燃やす音と共に、洞窟の中に異常な速度で煙が流れ込む。

 風を操作する魔術を使用していた。


 急激に煙に満たされた洞窟内に、ゴブリンたちは逃亡を決断した。


 煙が入って来た穴とは別の出口から飛び出す。こちらなら未だ見つかっていないだろう。


 これでやっとこの苦しみから解放される、そう安心しながら彼らは、眼の前に現れた巨大な剣を最期に意識を閉ざした。




「シニたくない」


 林の影からその様子を覗くゴブリンは、仲間の死体を前に、ただそれだけを思った。

 そのゴブリンは幸運にも、狩りへと出ていたために死を免れた。



「これで全てか」

「俺が確認した限りは、全部だ、です」



 森の中では目立つような白のバンダナをした冒険者に、巨大な剣を持った騎士は確認する。



「やはり、聖女様に報告を上げるまでも無かったな」



 騎士が小さく呟いた声をゴブリンは聞き取った。



「『生体感知』」



 自分で確認された冒険者は少し不安になり、念のためとスキルを発動する。

 スキルによって自身を中心に周囲の生命体が漠然と把握出来るようになる。


 真隣にある巨大な反応が騎士のもの、森全体にまばらに感じられる反応が森の木々や虫のもの、そして背後から明らかにそれよりも大きな反応が帰って来た。



「っあ、そこ!!」



 冒険者が反応が帰ってきた先を指差す。


 ゴブリンへと、二人の意識が集中する。

 騎士の視線がゆらりと向かう。


「ッヒ!」


 引きつったような声を上げながら、ゴブリンは背を向けて駆け出す。


「タスけて」


 味方などもう誰も居ないと、分かっていた。視界が滲んでくる。


 前後も上下も分からないほどの混乱の中で駆け出したゴブリンは、5歩を踏み出した瞬間にバランスを崩す。


 足が目の前を舞う。


「ヤダ、ダレか」


 地面をつかもうと伸ばした手が空を切る。その先には何もなく崖の淵を掴んだ。


「ア」


 重心の高くなった体は下へと引っ張られる。


 もう一撃と飛んできた斬撃が、落ちていく背中を掠める。


「ちっ、外したか」


 騎士苛立ったような声に背中を押される。


 眼下には岩が目立つ荒い流れの川が流れている。

 落ちれば万に一つも生きる可能性は無い。そう分かっていても。


「シニたくない」


 ただそう思いながら、水面へとその体を叩きつけた。




 ◆




 丁度その頃、隻腕のゴブリンは大量のローチを引き連れてウェイリル高原に辿り着いた。


 数日の間、赤魔力を展開していた影響でゴトーの体に疲労が伸し掛かる。


 ただ、それでも動けるのは展開していた魔力が薄かった事、またそれ以上に彼の魔力面での成長が大きかった。


「ヂュチ…」


 今も彼に取り付き皮膚を齧ろうとしたローチの顎が赤魔力で破壊される。


 強化された皮膚の硬さと赤魔力によってローチではクイーンでさえもその防御を突破することは出来ない。



「……あった」



 ゴトーは高原をキョロキョロと見回し、ある岩を見つけた。

 そこにはは彼が高原を離れる際に傀儡に残していた指示の返答が刻んである。


 聖国軍の進路を残すように命令しておいたのだ。


 その方角は、北。



「ヨビウの街か」



 ゴトーが戦争へと参加する前に予測していた進路とは大きく異なるものだった。

 彼らはそのまま帝都へまっすぐ向かうものと思っていたからだ。



「補給路を封鎖したのだから、不自然ではない、か」



 そう溢しながらも少し引っかかった。


 ゴトーが補給路を絶ち、聖女が進路を変える。


 聖女の能力を考えれば、起こった事実は自然である。



「…足りないな」



 あと少しで何かが分かる。その予感だけが残った。

 とは言え現状できる事は少ない。



「さっさと行け」

「ギュギュバア……ギチギヂ」



 クイーンローチの尻を蹴り上げると、少し怒るような感じを出しながら進路を変える。


 まるで『はいはい、これで良いんでしょ』と言う感じだ。


 どうやら、これまでの行動からゴトーが自身を殺すつもりが無いのは勘付いていたみたいだ。


 進路を外れたら少し蹴り、大きく外れたら強く蹴り、外れなければ何もしないようにした結果だろう。


 学習するだけの能力があった事がゴトーには驚きである。



「あぁ、そうだ」


ゴトーは傀儡からの報告が刻まれた面に新たに文字を指先で刻む。


内容はフィーネに向けてこれからのゴトーの動きと、合流地点について記してある。



 フィーネはゴトーと異なりローチの群れの中で耐え続ける手段を持たない。


 クイーンを殺すだけならば自身の間合いに入る全てのローチを殺しながら、クイーンを仕留めるだけだが、クイーンを生かしながらそれをするとなると流石に体力が持たなかった。

 その為現在はゴトーがローチの群れを誘導し、フィーネはそれに遠くから追随する形をとっている。


 手紙代わりの岩をその場に残してゴトーはクイーンローチの背中を追う。

 

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