第23話 聖女の加護


「剣……これが?」

「そう」


 心なしか少し誇らしそうな顔でフィーネが語る。

 仮眠から起き上がった俺が木の枝と岩陰を使って隠蔽したテントから出てくると周りにはガラスの栗のような物体が転がっていた。


 俺は針状の結晶の一つを拾い上げると、その先端が右手の赤銅に僅かに突き刺さる。


 金属であるはず義手を抵抗なく貫いた事に僅かに驚く。

 しかし突き刺さった棘も僅かな圧力を受けて砕ける。


「鋭いが…脆いな」


 前に進化した時とは異なり、扱いに困る物ではないのは良かったが、二回目の進化なのに思った以上に……しょぼいな。


 相手の体内に直接生成なども出来ないようだし、これを応用して本当に剣を作ることが出来たとしても、そもそもフィーネはかなり業物のサーベルを持っているから、この能力の出番はそのサーベルを奪われたときぐらいしかなさそうだ。



 今回の進化は単純に身体能力が上昇した事が一番の収穫だろうな。



 フィーネが手を振ると、結晶の群れは霧の様に魔力へと還る。



「消すのは遠隔でも可能なのか…」

「ん」


「…意外と、地味だな」


 思わずこぼれた感想にフィーネの視線が鋭くなる。


「……進化したことないゴトーに言われたくない」

「…それは……そう」


 その言葉には反論できそうに無かった。




 ◆




 変化があったのはその次の日の事だった。


 俺が補給路を監視していると、遠目にそこを通る者が現れた。

 それも、聖国から帝国へ向けてではなく、帝国から聖国側に向けて走っている。


「服装では分からないな……」


 濃い緑色の布を全身に纏い、頭も顔も隠したその姿からはどちら物とも判断することは出来ない。

 ただ現在の状況から考えるに、補給を失ったであろう聖国の可能性が高いと思った。


 そんな人間が五人…。



「フィーネ、起きろ」



 取り逃がす可能性を無くすために仮眠しているフィーネを起こす。


 彼女が起きる頃にはその集団はすぐ近くまで来ていた。

 移動の速度からしてかなり強い人間だろう。B級か…下手するとA級。


 集団が俺達の真下に来る瞬間を狙って飛び出す。


「…『重軛グラビティ』」

「「「「!!」」」」

「!?ぐっ、ぬう。散開!!!」


 同時に全員に呪術を掛ける。

 魔術による一網打尽を恐れたのか、固まった陣形を崩す。


 生憎こちらに範囲攻撃を出来る者は居ないのでその行動に意味は無い。


 俺は赤魔力で左腕を覆うと、落下の勢いを活かして中心の男に拳を叩き込む。


「…っち」


 流石に呪術を使った事で位置はバレていたようで、バックラーシールドを上に掲げて受け止める。


「っ!?」


 しかし、赤魔力は盾を侵食して強烈な脆性を与えると、豆腐のように拳によって簡単に崩れ落ちる。男は驚きながらも用を失った盾を手放す。


 赤魔力はさらに男の前腕を侵食するが、俺の拳を受けるのはまずいと察して体ごと大きく避ける。男の左腕の皮膚の表面が剥がれ落ちる。


 剣でこちらを牽制しながら男は歯を食いしばると声を上げる。



「気をつけろっ!!触れると不味いぞ」

「……」



 不意打ちで一人も殺せなかったのは痛いな。

 あちらは軽傷でこちらの情報だけを手に入れた事になる。


 しかし、こちらも彼らの正体に思い至る。



 少なくとも帝国軍では無い。

 彼らはスキルの構成上盾と剣を同時に強化する術を持たない。


 そして、あまりにも規律の取れた行動と、その実力。



 銀の騎士か、こいつら。



「『赫怒イラ』」



 元より逃すつもりは無かったが、聖女の力を削ぐためにもここで絶対に仕留める必要が出てきた。俺は自分を大きく見せるように背後の崖に向かって飛び上がる。


 そうすると、彼らの視線が上へと向く。


 そうなるように、視線を誘導する。






「——スゥ」



 俺は彼女がこの隙に一人か二人仕留める事を期待して行動したのだが、彼女は俺の予測を超える。




 彼女の周囲の景色が、彼女から見て、上と、下とに分かたれる。



 彼女のしたことは単純だ。

 サーベルを振るうその瞬間に、刃の先に圧縮した魔力を込めて、


 透明な刃がサーベルの先に出来上がる。


 それを振るう。


 ただ、それを俺にも捉えられない速度で行っただけ。



 そして、おそらくそれだけではない。

 彼女は森の中でそれを行ったのにも関わらず、森の木々が一本も傷ついてはいなかったからだ。



「まだ生き残りがいたのか」


 フィーネへの驚きが出ないように表情を抑えながら、二人の騎士を見下ろす。


 直前で危機を察して身をかがめたようだ。


 流石にA級だけあって勘もそれなりに良いらしい。



 完全に優勢といった所でフィーネがなにかに気づいたような苦々しい顔を向けてくる。

 俺は彼女に視線で問いかける。



「不味いゴトー。もう一人遠くに居る」

「っ!…フィーネはそっちを追え」


「させんっ!!!」



 フィーネを足止めしようとした一人に俺は立ちはだかると、もう一人が挟み込むように立ち位置を変える。


 正面の騎士の振り下ろしに対して、左手で砕くつもりで裏拳を当てるが剣の纏う銀の魔力のせいでこちらの赤魔力の効きが薄い。


 それに中々良い武器を使っているようで、無傷のまま剣は俺の横を通り過ぎる。


 同時に背後から放たれた突きは、正面の攻撃への対処で俺が避けられないタイミングを狙っていた。


「…舐めるなよ」


 心臓を狙った突きに、半回転しながら右肘を背後に回して横に弾く。


「…!」


 俺が同時に二つの攻撃を凌いだ事に驚いている背後の男に対して、右手に握った『黒痺の短剣』を脇腹に刺す。


 止まりそうな程にゆっくりな視界の中で、俺の左耳の横を通過する背後からの突きを誘導して正面の男に向かわせる。



「ア”っ」

「すまっ…ぐお」


 突きを胸元に食らって血を流す仲間に謝る男だが、自身も短剣を喰らった事に今更ながらに気づく。


 短剣を喰らった男が剣を手放して慌てて離れようとするが、それを俺は逃さない。


 地面を踏もうとして足を掬い取るように蹴る。

 足が空を切り、宙に浮いた体を赤魔力が存分に乗った手刀で貫いた。



 胸に剣を生やした男は、ギリィと歯を食いしばる。


「負けん!!我らが歩みを止めない限り!!お前らなんぞに負けることは無い」


 男はニヤリと顔を歪める。


「我らには聖女の加護がある。最後には必ず、勝つ!!」


 彼の瞳からはその事に対する一片の疑いも、感じ取れなかった。


 騎士は胸の剣を抜き取ると、どくどくと真っ赤な血液が溢れてくる。

 間違いなくその傷は肺に達していた。


 血走った目の騎士は、二本の剣を両手で構えて踏み込んでくる。


「おおおオオ”オ”オ”オ”オ”!!!!!」




 ◆




「フィーネ。戻ったか」

「ごめん、逃した」


「……やっぱりか」


 相手が聖女の手下という時点で嫌な予感はしていたが。


 初めから残った一人を通すつもりで聖女は彼らを送ったのだろう。

 前線に補給が行っていないと分かった以上、補給部隊を小出しにするのはやめるだろうし、俺達が銀の騎士を仕留める実力を持つという情報も伝わることになる。


 次にここを通るのは間違いなく俺を殺す実力を殺す者だ。



「ここを出るぞ、フィーネ」

「逃げるの?」


 純粋な疑問をフィーネは投げかけてくる。


「いや、ローチを動かそう」


 いまの実力ならばクイーンローチを追い立ててその移動方向を誘導することも簡単だろう。そして、聖国軍を帝国軍とスタンピードで挟み撃ちにしてやるのだ。


「その前に…」


 俺は懐から血石の髑髏を取り出した。



 そして、隣に転がる男の死体を見下ろすと、頬の傷から流れる血を拭い取った。


「本当に気持ち悪いな……お前ら」


 聖女を盲信する在り方が気味悪くて仕方なかった。







「『捧げよ、さすれば与えられん』」




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 今回の戦果

『聖女の騎士』の『うで』×5





 針状の結晶……相手の体内に直接生成………はっ!尿路結石魔法!!



 とあまりにも邪悪な使い道を思いついてしまったので直接生成は出来ない事にしました。もしも、それを有りにしてしまったら……——




 ”””

 せいじょも

  にょうろけっせきのまえには

   むりょくなんだなぁ

         ——ふぃいね

 ”””


 ……と黄昏れるフィーネとその前でお腹を抑えて蹲る聖女の構図が目に浮かんでしまったので…。

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