第22話 「甘えるなよ」
翌日、聖国軍はヨビウの街へ向けて出発した。
結局見つかった冒険者はウェイリル高原での戦いで生き残った者の内半数、約2500人程だった。そして、見つからなかった冒険者の殆どが死体すら見つかっていない。
聖国軍は敵地で調査するほど時間の余裕は無かったため、軍は予定通りに移動を開始することに決定した。
聖国軍の後方を走る馬車の一つには、聖国であれば直接顔を見ることすら許されないほどの貴人達が乗っていた。
一人は『希望』の聖女。その出自は明らかにされて居ないが平民出身であり、しかしながら長年に渡って聖国各地の問題を解決してきた手腕の持ち主である。
もう一人は『悔恨』の聖女。こちらは逆に聖女としてはまだ新米であり、実績も積んでは居ないが、その出身は中位の貴族であり、世間への影響力も相応に持っている。
そして、二人ほどではないが、騎士の中でも最上位の存在であり、『希望』の守護騎士のコウキ。市井の知名度においては二人の足元にも及ばないが、彼を知る騎士たちの中ではその実力から最も頼りにされり存在でもある。
そんな三人が同乗する馬車の中は重い空気に包まれていた。
(だれかっ!誰か助けてくださいまし!!)
心の中で悲鳴を上げる『悔恨』の聖女ルオラ・ルクス。
彼女は理由もわからず険悪な『希望』の聖女と守護騎士の様子に息が詰まる思いだった。二人は鏡合わせのように反対の窓から外を眺めている。
(ミブサカはこれ幸いとばかりに御者に名乗り出ましたし)
二人の目の前でなければ、ミブサカを金貨で買収していたかもしれない。
(普段は金の色しか見えていないミブサカの癖に、意外とこういったときの危機管理能力だけは無駄に高いのがムカつきますわ)
焦りを悟られないように、扇子を取り出して口元を隠す。
「ウルルさまぁ、ウェイリル高原での戦いも流石の差配でしたわ。お陰で騎士たちもほとんど被害を出さずに勝利する事が出来ました」
「…ほとんど、な」ボソ
窓を向いたままコウキが平坦な声で呟く。
おそらく本人は聞こえないように言ったつもりだろうが社交の場において鍛えられた地獄耳と中途半端な読唇術のお陰でその内容をハッキリと理解してしまった。
(なんですの!?何が言いたいんですの!?)
生来の小心が彼女の危機感を煽る。
「そうですね」
『希望』の聖女ウルルは馬車の外に向けていた視線を正面にいるルオラへと向ける。
「私としましても、今回の勝利は最上の物だと思っております」
その言葉を聞いたコウキは肩肘を窓枠に置いて外を眺める姿勢のまま視線だけを馬車の内側へと向けて口を開く。
「ぁ……」
しかし、何も声には出さぬまま外へと視線を戻す。
(……言って!せめて何か言ってちょうだい!それにウルル様も何でわざとコウキ様を刺激するような事を言うの!?)
ウルルはルオラの方を向きながらニコニコと笑っている。いつもどおり、場の華やぐような自然な笑みだ。しかし、場所が悪い。
普段であればその容姿を称賛する言葉が頭の中から湧き出して来るのだが今は恨み言しか浮かばない。
険悪な雰囲気の所へ不用意に首を突っ込むのは良くないとルオラは心得ては居るが、馬車での移動がこれから一週間続くとなるとストレスで死にそうなので、覚悟を決めて踏み込む事にした。
「そ、そう言えばコウキ様はミブサカと同じ国の出身でいらっしゃいますよね?そちらではどんなお仕事を?」
取り敢えず、二人を直接仲良くすることは諦めてそれぞれと仲良くなり、間接的に二人の関係を修復することを考えることにした。
流石に肘をついたまま答えるのは失礼だと思ったのかコウキは腕を下ろす。
ただそれでも視線は外を向いていた。
「壬生坂サンと変わりは無い……ですね。普通の会社員、です。ただ、俺は壬生坂サンと違って銀行に勤められる程、優秀じゃ無かったんで、ベンチャーで働いてました」
遠い目をして呟くコウキ。その瞳は闇を映している。
「べんちゃー?ですか」
「出来たての…商会、みたいな物です」
「……あぁ、なるほど」
(よかった。一応会話自体はしてくれるようね)
そこから、彼の過去の話を広げて行く事で馬車での時間は過ぎていった。
◆
「ルオラ様…お手を」
「あら、ミブサカ…ありがとう」
その日の移動を終えて、馬車が止まると、御者席から回ってきたミブサカが手を差し出してくる。一人安全圏に居た事に対して恨みのこもった視線を向けるがミブサカはその意味が分からないのか、分かっていてわざとかは知らないが、首をかしげる。
(これが、優秀ねぇ……まあ話は上手いけれど)
ウルルの方へ視線を向けると、その背後を守るようにコウキが侍っている。
険悪とは言っても仕事を放棄する程に勝手では無いのか、とルオラは少し安心した。
人間とは誰かとの繋がりの中で自己を定める。
ならば誰との繋がりも持たない彼らは誰でも無い。
それは中立を名乗る教会にとっては都合が良いが、だからこそ不安定で扱いが難しい。
聖女を守るために現れるという守護騎士だが、聖女にとって悩みの種でもあった。
「ザインは居ますか」
「……はい、ここに」
声を上げた聖女ウルルに一人の騎士が応じる。彼は銀の騎士達を率いる存在である。
「銀の騎士を六人。後方に走らせて下さい」
「畏まりました」
「あと…一人は必ず、できるだけ遠い距離を付かず離れず走らせてください。他の五人はその一人を送り届ける様に動いてください」
「はい」
「ハークレス殿には、こちらの文を渡すようにお願いします」
「はっ、必ずお届け致します」
彼がその指示に疑問を返すことは無い。
彼女が銀の騎士の命を無駄にすることなど無いと知っているからだ。
それは彼らが死なないということではない。
最も効果的に、最も意味を持つ瞬間に、骨の髄まで命を使い切るのだ。
そういう絶対の信頼が彼らにはあった。
「……」
コウキはそれに口を挟む事は無い。彼らにそうさせているのが他ならぬ自分の所為だと分かっていたからだ。
「コウキ様、少し一人になります。人は入れないようにして下さい」
「ああ、分かったぜ。聖女サマ」
そう言った聖女ウルルは天幕へと入っていく。コウキは入り口の隣に背を向けようにして立つ。
「『信じる者こそ…」
暫くしてから呪文の声が聞こえてくる。彼女が権能を使用するという事でどういった副作用が起きるのか彼は何度も見てきた。だからこそ、どれだけ彼女が今回の戦いに本気なのかも分かった。
「はぁ……ふんっ!」
コウキは腑抜けた自分に喝を入れるように両手で頬を叩く。
「甘えんなよ。託されたものを、大事なものを見失うなよ、俺」
感情によって曇っていた視界がすこし晴れる。
姿勢を正した彼は、瞳も顔も、ただ正面だけを向いていた。
——————————————————————————————
◆ Tips:聖国貴族 ◆
聖女は大きな力を持ってはいたが、その力をそのまま振るうと下手すると逆に害になることすらあったので調整役として補佐を行っていた人々の子孫。
聖国自体の歴史は数百年程だが単純に名前が変わっただけなので、聖女とそれを支える教会や貴族の歴史はもっと古い。
その成り立ちから王と呼ばれる存在はおらず、領地の規模から『上位』、『中位』、『下位』などと分かれるが、王国と異なり明確な分類は存在しない。
ちなみに聖国貴族の位階を間違えるのは地雷だが『中位』の貴族を『下位』と言うのは特に逆鱗もの。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます