第21話 剣の魔物
「ん、」
小高い丘、その上の木陰で涼んでいたフィーネは、頬を撫でる風を感じて目を細める。
現在、ゴトーとフィーネの二人は、国境付近で補給路を通る聖国騎士を捕まえて補給と情報が戦場へ届かないようにしている。
通常であれば、補給路は目的地へ向けて網の目のように張られて居るので、それを完全に断つ事など不可能に等しいが、ローチによるスタンピードを意図して引き起こすことでそれを可能にしていた。
しかし、それでもいつ来るか分からない騎士を待ち構える必要があるので、現在は二人で交互に補給路を見張っている。
現在はゴトーが仮眠を取っており、フィーネが番をしなければならないのだが、彼女は持ち前の聴力により、視覚を使わずとも、眼下の森の隅々まで把握することが出来ていた。
彼女はテントの中から聞こえる、ゴトーの規則正しい呼吸音から彼が深い眠りに就いている事を確認すると、自身の内側へと意識を向ける。
魔法を持つ魔物は体の中に魔力を扱うための器官があるためか、魔力を魔法でない形で発現することは出来ない。
それは呪術や魔術といった多彩な術を使えないという事だが、代わりに自身の持つ魔法を感覚的に、高速に放つ事が出来る。
十徳ナイフと抜身のナイフの関係に近い。
生きる上では様々な手札のある十徳ナイフの方が便利な場面が多いが、こと戦闘に限っては突き出すだけで殺傷できる抜き身のナイフの方が優れていると言える。
その代わり
人間の術師が前衛を必要とするのはこういった理由だろう。
フィーネは体の中から魔力を汲み出す。
すると、その出口は三つに分かれていた。
一つ目は自身が生まれたときから存在していた声の魔法。
二つ目は進化によって新しく増えたが、いまでも扱いに苦労している催淫の魔法。
三つ目は最も新しく増えた出口だ。
他の魔法が発動しないようにゆっくりとそこに魔力を注ぐ。
「……」
ゆっくりと、目を開ける。
辺りには何の変化も無かった。
森が変わった様子も無い。
前回”あれ”だったためか、過度に恐れすぎて居たかもしれないとフィーネは安心した。
そして、掌から煙のような魔力が漏れているのに気づいた。
「…なに、これ?」
煙と言っても、空に登る様子もなく、霧のように周囲に広がるでもなく、もったりとした粘性を感じさせる拳ほどの魔力の塊が地面に雫のように落ちた。
変化はそこから起きた。
地面に触れた魔力の塊から、植物が生えるように針が伸びる。
「…」
感心したように眺めていると針の成長が止まる。
最終的に栗のような刺々しい形の透明の針状の結晶が地面にできた。
結晶から伸びる針の一つを摘み、軽く横向きの力を加えると、パキリと軽い音を立てて折れる。
彼女の魔力が引き起こしたのは炎を作るでも、大地を操るでもなく、ただ指先で折れる程度の硬度の結晶を作るだけ。
ただそれだけ。
だが、それを見ているフィーネの顔は笑い出しそうなのをこらえるように緩んでいた。
彼女には、その結晶の正体が分かっていた。確信していた。
これは、剣だと。
フィーネは少しニヤける。
隕石を落とす物と比べれば、無いに等しい魔法。
それでも彼女は喜ばずには居られなかった。
これまで、ずっと目指した物だったからだ。
剣とは彼女にとって力の象徴であり、理不尽そのものであり、理不尽を砕く光でもあったからだ。
だから振るい続けた。
そうして、遂に——
「これが、私の形」
——フィーネは剣
◆
ウェイリル高原での戦いを終えた聖国軍は、生存者の確認を行っていた。
「死体も見つからないのは、おかしいな」
帝国軍の居なくなった高原の地下に降り立ち、そこで遺体を探していた騎士だが、それが全く見つからずに途方に暮れていた。
「開戦時の爆発は確かに大きかったが、それでも一つ一つの威力はそれほどでもない物の筈だし、地面自体が盾になっていたから爆発そのもので死亡した冒険者はおもったよりも少ないと思っていたんだけどな」
入り組んだ地下の通路と、上から垂れ下がる縄梯子を見比べた騎士はウンウンと唸る。
「思ったより多くの冒険者が脱出しては居るが合流できずに居るのか?」
そっちの方が納得できる気がする。
地下にも帝国兵が居たとするなら死体が無いのはおかしいし、そもそもここでは爆発の中心なのだ。そんな所で帝国兵が待ち構える事が出来るはずも無い。
地下空間は広く、一晩ではその全容すら掴みきれていない。
下手すると、高原全体に張り巡らされている可能性もある。
「取り敢えず上に出るか」
◆
「あれから生存者は?」
「中隊長…。いくつかの冒険者パーティが見つかったようです」
地上に出た騎士は部下の一人に尋ねる。
部下は生存を確認した冒険者たちを記録していた。
「中にはここから二、三刻はある距離の出口から戻って来た冒険者も居ます。おそらく地下空間を彷徨っている冒険者も居るでしょう」
中隊長と呼ばれた騎士は部下から受け取った記録に目を通す。
「ふむ……C級『紅蓮の槍』、D級『緑の探索者』、C『守人の盾』に…D級…E級…C級…D級……なんか、上位の冒険者が異様に少ない気がするが」
「聖女様の騎士から、帝国軍の後方で大規模な戦闘が行われた形跡があったようです。もしかすると高位の冒険者たちが反撃のために地下を利用したのではないかと……」
言われた中隊長は森の中に突然現れた荒野の光景を思い出した。
「ああ、あれか。守護騎士様がやったとばかり思っていたが……生き残るのは難しいだろうなあ」
重々しく呟く。おそらく死体も残っていないだろう。
「あと……、明日には高原を発って北へ向かうそうです」
「…そのまま西へは行かないという事か…」
すこし納得は行かなかったが、これまでは『希望』の聖女の導きによって彼らは知っているところでも知らないところでも危機を脱することが出来た。
今回も何らかの考えがあるのだろうと無理やり自分を納得させた。
◆
「う〜ん」
「どうしたよ。また結婚したいとかの話だろ?」
徴兵された二人の兵士が手に持ったパンを両手で割いて食べている。
「いやあ、少し飯がへったなあ、と思って」
「ん?そうかあ」
軍から支給される食事は、パンと肉とスープ、そして時々酒が振る舞われる。
人によっては自分の『
彼らはスキルはあっても、それを埋める食料を買うことが出来ない程度には貧乏だっため食料は軍に頼り切っていた。
「肉もパンも出るし、多すぎるくらいだと思うけどな」
「そうだけどよう」
反論した男はベーコンをパンで包んで口に放り込む。
「んぐ……それより聞いたか。これから北に向かうって話」
「みたいだなあ」
「おいおい、まさか知らないのか?」
「なにを?」
「北は美人が多いんだよ」
「はあ?なんだあ、それは」
「村の……じいちゃんが言ってたぜ」
「…じいちゃん村から出た事無いって聞いてたけど?」
「…」
「…」
二人は木製のコップから水を飲む。
「…まあ、北には街があるらしいし、美人も居るだろ。それにここは敵国だ。あんなことやこんな事を……」
「えー……」
仄暗い欲望を語る男に友人は幻滅したような声を漏らす。
「はあ、お前だって持て余してるくせに潔癖ぶるなよ」
「いや…俺、マインちゃんと結婚するし…」
戦争に参加してから度々聞くそのセリフに男は遂に決意を固めた。
「…」
「何だよ。いきなり黙って」
「……怒るなよ」
「ハハ、脅しか?またいつもみたいに、大した事無い話なんだろ?早く言えよう」
幼馴染の男はヘラヘラした顔で茶化す。
男は苦虫を噛み潰したような顔で語りだす。
「俺さ。マインとヤったことあるんだ」
「……は?。」
「だから。ヤったことあるんだ」
「おまっ、ふざけんな!」
首元を掴まれて男は前後に揺らされるが男の話はそこで終わりではない。
「……俺だけじゃなくて、村の男全員とヤってる」
「馬鹿なこと言うなよ。全員となんて…」
「じいちゃんともやってる」
「……」
「あ、全員じゃなかった。お前以外の全員だ」
「そ…んな」
最後にトドメを刺された幼馴染の男はその場に崩れ落ちた。
「…だから、マインは辞めておけと言ったんだ」
「…だって、可愛くていつも笑顔で話しかけてくれたら……好きになっちゃうだろお」
幼馴染は掌で顔を覆って涙を流す。
男がその隣りに座る。
「……まあ、何だ。お前のそういうところを好きになってくれる人も、きっと居るだろ…だから元気出せよ」
「…抜け駆けしたくせに何味方ヅラしてんだよぉ……」
「なっ」
「うぅ……どうせ俺なんて……『シュモクシャーク』だよう」
以前に、『アイツってすれ違いざまに胸チラ見するよね』という女子共の噂から広まったあだ名を持ち出してさらに落ち込む幼馴染。
ウジウジと、陰気な空気を振りまく幼馴染に男はため息をこぼす。
「うう”んっ……知ってるか?北の女ってのは、太陽の光を浴びないから肌が白いんだぜ」
「…」
ピクリと反応する幼馴染。蹲った姿勢は変わらないが心なしか聞き耳を立てているように見える。
「それに北の寒さに耐えるために脂肪が多いんだ。これがどういう意味か、分かるか?ムッチムチってことだ」
「ムチ…むち」
「それに帝国人って事は黒髪だろ。さぞ、美人なんだろうなあ」
「むち…むち」
幼馴染は立ち上がった。
「俺、北に行く」
北の街に人が居ない事を知るまであと…7日。
———————————————
(作者の中で)大好評に尽き二回目の登場を果たした二人組。
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