第20話 『死戦』

「聖国軍がウェイリル高原を抜けたと報告があった」


 帝国軍の高官が二人の男に告げる。


「ふぅん、エンムの姉さんは」


 槍を背負っている、髪の逆立った男は、答えがうすうす分かっていたが上司に問いかける。


「戦死だ。少なくとも連絡は取れていない」


「…そうか」


 白髪の翁は腕を組んだまま静かに呟いた。その瞳は、六十を越えて七十という人生の佳境に入っていると思えないほどに鋭い。


「へー、陽火従陣ってヤツは?どうなったんすか」


 それは、ウェイリル高原に施された大規模な巫術の陣の事だ。

 これが発動した際に被害を受けないようにするために、彼らは戦場から離れたところで控えていたのだ。


「発動前に潰された」


「……じゃあ『死軛』は」


『死軛』は彼女が自身に施していた道連れの呪術だった。

 彼女がそういった術を持つことを彼らは知らされていた。


「発動は、おそらくしたが……守護騎士も聖女も生きている」


「そっかぁ。……無駄死にじゃないすかぁ、そんなの」


 槍を背負った男はしゃがみこんで涙ぐむ。

 どうやら、同じ帝国人として彼はエンムに対して仲間意識を感じていたようだった。


「…ならば、サンコウ砦で待つか?」


 老年の男は腰に差した刀を示しながら提案する。姿勢が変わったことで同じく腰に吊るされていた小型の散弾銃が刀の鞘に触れて金属質な音を響かせる。


 ウェイリル高原を越えて、帝都へ最短で向かうとなると、必ずサンコウ砦に突き当たる。彼はそこで迎え撃つことになるだろうと予測していた。実際彼らが今居るのもその砦に近い街だったからだ。



「いや」


 しかし、翁の提案を高官は首を振って却下した。


「聖国軍はウェイリル高原を抜けた後、北方へと向かっている」


「北方というと、ヨビウの街っすか。何で態々そっちに」


 この世界では、大規模な破壊をもたらす魔術のせいで籠城というのはあまり賢い手では無い。ヨビウは城ではなく街だが、それでも快進撃を続ける聖国が守りに入るのは少し消極的だろう。



「陣地を築くのが目的か、援軍を待っているのか。私としては後者が近いと予測している。既に、ヨビウの街には避難を促しているので人的な被害はほぼ無いだろうが、街を荒らされるのは少し……不愉快ではあるがな」


 高官の男はヨビウの街を仕事でだが訪れた事があった。

 大して特徴の無い町並みだが、あの光景を二度と見ることが出来ないと考えると、大した思い入れのない彼でも怒りが湧いてくる。当の街の住人であれば尚更だろうと思った。


 高官の独白を聞き届けた翁は立ち上がる。


「そうか……自分はヨビウへと向かおう」


「待て、『刀仙』を無駄死にさせる訳には行かない」


「……そのような大層な名で呼ばれようとも自分は一兵卒、それも老兵だ。これよりも軽い命は無いだろう」


 あくまでも、一人の兵士を名乗る『刀仙』。


「では……ゼタよ、一兵卒を名乗るならば私の指示に従ってもらう。兵士とは指揮官の言うことを聞くものだからな」

「ぬ……。……あの坊やがここまで口が回るようになったな」


 自分の言葉を逆手に取られた『刀仙』は返す言葉が無く、拗ねたように小言を返す。


「伯父殿と違って、私は戦士の才能は無かったものでな」


 高官はニヤリと笑う。


「……自分は兵を率いるつもりは無いぞ」

「……はぁ。もちろん、兵は私が率いる。『刀仙』には、私の指示で動いてもらう」


『刀仙』ゼタの言うことを分かって居たかのように高官は応える。

 ゼタは若い頃に指揮を行って失敗して以来、兵を率いることに対してトラウマを持っていたのだ。高官もその事は織り込み済みのようで、帝国軍の総指揮官を務める彼が直接動かす事を決めていた。


「『槍鬼』も、同じく………ムラクモは何処に行った?」


 高官は『槍鬼』の称号を持つ青年、ムラクモの姿を探すが、先程まで泣きながら蹲っていた場所から姿を消していた。


「さっき『弔い合戦っす。聖国軍にハラスメント攻撃して来るっす』とか言って、出ていったな」

「はあ……子供か。まだ話は終わっていないというのに」


 そう言った瞬間、会議室のドアを叩く音がする。


「誰だ」


『総指揮官殿に呼ばれて来ました』


 ドアの向こうから聞こえる声は、先程までこの部屋に居た『槍鬼』ムラクモよりも更に若い、というよりも幼さを感じさせる声だった。


「ああ…そうだった、入ってくれ」

『はい』


 その人物はドアを開けて静かに入ってくる。

『刀仙』ゼタはその姿を見て目を見開く。それはどう見ても成人したばかりにしか見えない少年だったからだ。いや、彼が驚いたのはそれだけではない。彼が少年にしか見えないにも関わらず、その立ち居振る舞いからはA程度の力を感じさせるからだ。


「丁度良かった……いや丁度悪かったか。……ムラクモには後で紹介するか」

「はぁ」


 高官の独り言に、少年はなんと答えたら良いかわからず曖昧な返事をする。


「まあ良い、こちらに来てくれ」


「はい」


 少年は高官の横にならぶ。


「彼は今回の戦争で帝国側に参加してくれた稀有な冒険者だ。元々は王国で活動していたそうだ。……『刀仙』『槍鬼』と同じく私の直下で動いてもらう」


 高官は少年に自己紹介を促す。


 白髪の少年は軽く頭を下げる。

 そして、上品で親しみを感じさせる柔らかな笑みを浮かべると言った。


「どうも」







S冒険者のリードです」



——それが、『死戦』と呼ばれる冒険者の名だった。




 ◆




「たはーーっ!めっちゃ緊張した」

「……」こくり


 顔合わせに出ていたリードが大きく息を吐いたのを見て、彼と同じパーティのマルクスは労うようにゆっくり頷いた。


「やっぱり、帝国は戦争が多いだけあるぜ。見て分かる位に師匠より強い人も居たなあ」

「…!」


 リードは二本の刀と二挺の散弾銃を両腰に下げた老人の姿を思い出す。

 間違いなくあれは命を懸けた幾千の戦の中で一つの技術を磨いた男の姿だった。


 マルクスは『師匠より強い』という部分に驚きを受けた。

 彼もまたリードと同じ師匠に師事しているが、死の危険を感じない時は無いと言うほどに厳しい訓練を施されていたために、それよりも怖い人間が存在しているという事実に恐怖を覚えた。


「でも、何で冒険者の多い聖国側じゃなくて、帝国側での参加何だろうな?」


彼らは師匠から卒業試験と称して一つの課題を出されていた。

それは、『今回の戦争に参加して生き残ること』だった。


彼らにとって師匠は、『最後に生き残るのは、強者でも無く、賢者でも無く、最後まで生き残ったものだ』という意味の分からない信条を掲げる変人だった。

二人はその言葉を『生存能力が一番大事』と解釈している。


しかしリードからすると今回の戦争は聖国軍の方が有利であり、『戦争に参加して生き残る』ためには聖国軍へと参加するほうが良さそうだと考えていた。

先程、総指揮官とその部下達との顔合わせを行って、その考えは少し揺らいだがそれでも聖国軍のほうが僅差で上だと今も思っている。


「……出禁」


マルクスが口を開いた。

リードはその単語から師匠が過去に言った事を思い出した。


「ああ!そう言えば師匠、聖国の貴族に嫌われてるって言ってたな」


ちなみに、嫌われたきっかけは彼らの師匠に因縁を付けた貴族が髪の毛を毟られたからである。その貴族が高位の者であったために、師匠は聖国の貴族からは目を付けられているのだ。


「また師匠のせいで死に掛ける何てごめんだからな!」


そうやって虚空に向かって愚痴を吐く。


今更どうにもならないだろうと意図を込めて、マルクスは首を振る。


リードは椅子に座り込むと、お茶の注がれたコップを手に取る。


「ズズズ…。確かに今更だったな。でも、総指揮官の指示で動くなら、作戦は俺らが考える意味は無いし、相手が誰になるかも分かん無いだろ?」


「……聖女」


「聖女がいるのは知ってる。確か『希望』の聖女だったよな。レトナークで見たのを覚えてる。……あの時はローチのスタンピードが起きて、地龍が現れて…」



そこで彼の頭の中に隻腕の少年の姿が浮かぶ。妹の命の恩人で、それでいて片腕なのに当時の自分よりも強かった、一人の仲間の姿だ。



「……そう言えばゴトー、元気にしてるかな」


リードは懐かしそうに呟いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る