第19話 一方、後方では…

 此処は聖国と帝国の国境前の砦の一つ、聖国軍の後方拠点とも言える場所だ。

 砦には、万が一帝国軍が侵攻して来た際の防衛部隊と、前線へ補給を届けるための兵站部隊が配備されていた。


 聖国軍の補給は『空間収納ストレージ』を利用した補給兵による少人数での輸送が主だ。

 補給兵というと、戦闘に秀でていないと思われがちだが、それは正しくない。


空間収納ストレージ』の容量を増やすために戦闘をこなしレベルを上げる必要があるからだ。

 それぞれの容量が馬車二つ分と言うのが補給部隊の最低ラインであり、レベルで言うと20から25、つまりはC級上位に当たる。


 補給部隊の平均レベルは前線部隊よりも上である。


 そんな精鋭達がある問題に直面していた。



「ルョンネル中隊長!南の第一補給路にローチが現れて街道が使えなくなりました!」


「ローチ如きでそんな事があるかっ!!踏み潰して進めば良いだろう。……それとも、お前、逃亡するつもりか、ん?逃亡兵はどうなるか知らん訳ではあるまいな?ん?」


「な、………了解しました。明日出立致します。最新の指令書と、追加の補給の確認をお願いいたします」


「うむ、指令書はコレだな。全く困った事だな、無能な部下のせいで"昨日"出発したはずの者が移動に1日余計にかけて到着する事になるとはな」


 ルョンネル中隊長が部下に手渡したのは昨日渡された指令書だった。

 部下の騎士はルョンネルの意図を察する。


 一切の責任を負うつもりは無いのだと。


「っ………承りました」


 奥歯を噛み締め、拳を握るが、それを振り上げる事はできず、ただ従順に頷いた。



 多分彼が本気なら、この上官が剣を持っているとしても素手で殺せる。


 しかし相手は上官である上にあのフェイタル家の人物だ。もし、手を上げた事が発覚すれば彼も、彼の家族も無事では済まない。


 だから彼は怒りを飲み込んで執務室を出て行った。



 部下が部屋から出たのを確認すると、ルョンネルはどっかりと椅子に座り込む。


 既に似たような報告が二件来ていた。



「まっったく、コレだから平民出身の成り上がり者は根性が足らんと言われるのだ」


 それを吹聴していたのは主にルョンネル自身である。


 煙を口の中で燻らせて、葉巻を手の中で弄んでいると、ドタドタと荒々しい足音が近づいて来る。


「今日は忙しいな」


 葉巻をそのまま灰皿に置くと、居住まいを直す。


「入りたまえ」

「大変です!中央の補給路にローチが現れて補給路が絶たれましたあ!!」


「……ォーチ」

「えと、はい?」


「…ローチローチ、またロォーチ」


 ワナワナと肩を震わせたルョンネルが椅子を立ち上がる。


「それでおめおめ逃げて来たのか。恥を知れっっ!!さっさとっ!補給にっ!行けとっ!言っとるだろうが」

「すみませんっ、すみませんっ」


 憂さを晴らすように剣を鞘のまま振るって報告に来た騎士に叩きつける。


「さっさと、行け!!」

「はいぃ」




 ◆




「役立たず共が!!!」


 ルョンネルは机を叩く。


「何で私の下には無能な部下しか集まって来んのだ」


 ルョンネルは決して自分を顧みる事はしない。

 何故ならばルョンネルが正しい事は本人の中では決定事項だからだ。


「しかしどいつもコイツも、言われてやるなら、言われる前からやれんのか」


 彼らが実行しようとしている訳はルョンネルが彼らを暗に脅したからである。


 ルョンネルの実家、フェイタル家の家訓には『押せるなら、押し通せ』というものがある。

 それに従ってこれまで、部下に無理を押し通していた。


 自身は正しい行動を行い、正しくない結果が出た。ならば自分以外の何かが正しくなかったのだ、と考える。

 つまりルョンネルから見れば愚かで軟弱な部下を叱咤し、教育を授けている構図なのだ。


 執務室の入り口に背を向けて外を眺めていると、ドアをノックする音が聞こえる。


 またローチだろうと思ったルョンネル入り口に目も向けずに、ぞんざいに応じる。


「入りたまえ」


 ドアを開けて巨漢の男が入ってくる。


「ローチの大群が現れ、南部三つの補給路すべてと、中央二つの補給路が使用不可能となった」


「だからローチなど踏み潰して進めとあ…れ……ほど」


 先ほどと同じくルョンネルは怒鳴り声を上げながら叱りつけようとしたが、途中で聞き覚えのある声に、冴え渡る直感が警鐘を鳴らし振り向いた。



そこに立つのは『不動の騎士』とも呼ばれる実力者であり、同時に優れた指揮官と名高いハークレス・ウォールだった。


「あれ程、何だ?」

「だ、大隊長!申し訳ありません。先程出ていった部下かと…」


 彼は現在、この砦の防衛大隊長を努めていた。つまりは、この砦に居る人間の中で最も偉いのだ。


「あぁ、そうか、それなら仕方ない」

「えへへ、誠に申し訳ありません」


「ハハハハ」

「へへへへへへ」


 穏やかな雰囲気が執務室を包む。


「……所で、どうやら補給小隊が大変なようだと小耳に挟んでな。調べてみたら、補給路の半分以上が潰れているらしい……。それなのに、中隊長殿からは『問題なし』の報告しか上がって来ないな」

「……ゴク」


 そして、いきなり核心を突くハークレス。

 先程との空気の違いにルョンネルは高山病になってしまいそうだった。


 ハークレスは一歩、ルョンネルに詰め寄る。

 ただでさえ2メートルを超える大男の彼が、比較的小柄なルョンネルから見ると巨人と錯覚するほどの圧迫感がある。


「これは…どういう事だ?」

「……」パクパク



「なあ?、オイ」

「ハ、はい」


 町中のチンピラのように肩を組んでくる。

 思わず声が上擦る。

 丸太のような右腕が彼の体を抑えて逃さない。

 例えるなら、ライオンが首に噛みついて居る状態。つまり致命傷だ。


 緊張から来る汗と涙で目が見えなくなりそうになった時。



 突然、ハークレスは笑いだした。


「ハハハ、冗談だ冗談」

「え…えへへ…ゴハッ!ゴハッ!…へ、へへ」


 彼に釣られるようにして笑い出したルョンネルだが、ハークレスに笑いながら背中を叩かれ、衝撃で肺の中の空気が吐き出される。


 それでも無理やり笑顔を作って機嫌を取ろうとする。健気である。


「いやあ、済まない。中隊長殿が素直な反応を返してくれるものだから、ついな」

「へへへ、流石『不動の騎士』様ですな。凄まじい殺気を感じてしまいました」


『長いものには誰よりも先に巻かれに行け』の家訓に従って大隊長を持ち上げる。


「オレもまだまだ現役のつもりだからな。訓練にもなるべく参加するようにしている」

「流石ですな。私は切った張ったは得意では無いもので、眺めるばかりです」


「それも良いだろう。指揮官の本分は戦う事では無いからな。兵士を目とし、足とし、命として、作戦を実行する事だからな」

「私も激しく同意です。まさしく大隊長のおっしゃる通りでございます」


「ハハハ!中隊長殿ならそう言ってくれると思っていた!……そろそろ部下が煩くなる頃だから戻ろう」

「えへへへ、そうですか。お暇があればいつでもいらっしゃってください。私、心から歓迎いたします」


 堂々とした動作で扉の前に向かう。

 それを安堵の表情で見送るルョンネル。


 心の中では数々の観衆が『帰れ』コールを合唱している様子が繰り広げられている。



「……あぁ、そうだ。これも冗談なのだが」

「へへ、何でしょう。大隊長の冗談を聞いてしまっては笑いすぎて夜も眠れなくなりそうです」


 上手く笑えるかなと思いながら、脊髄の反射で言葉を返す。








「——もし、補給部隊が一人でも帰ってこなかったらお前を殺す」

「へう!?」


 能面のような表情で淡々と告げる大隊長にルョンネルの呼吸が止まる。


「聞こえなかったか?お前を、殺すと言ったんだ。分かるな?分かったら返事ぐらいしろよ」

「ハイ、コロサレマス」


緊張のあまり自分でも何を言っているかわからなかったがコクコクと壊れた人形の様に首を振る。


「ハハハ。オレのジョークはあまり受けなかった様だな。残念だ。………次の報告を楽しみにしている」


「は…い…オマカセクダサイ」




 彼は不眠症になった。




 ◆




 街道沿いの森を走る兵士を捕まえたゴトーはその首を掻き切った。


「やはり、ローチのお陰で補給線が推測しやすいな」


 その足元には『空間収納ストレージ』の所持者が死んだことでバラ撒かれた補給食と指令書らしき紙が散らばっていた。






 ———————————————


 ルョンネル、愚かしくてかわいー。

 そんなんだから大隊長のオモチャになるんだぞ٩(๑`^´๑)۶




今回の戦果

補給兵の『あし』

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