第18話 Ver1.1.5→Ver1.2.0: Add victory in second battle.

 改めて残骸を見つめる。

 空から落ちた『槍』が、あれほどの速度の物体が落ちたのだ。

 その衝撃波だけで死んでいてもおかしくない。


 俺達が無事だったのは運に恵まれたからだろう。

 俺は直前に千人以上の人間を呑んでいたお陰で、体が丈夫になっていたからだろうし、フィーネは衝撃波を音の魔法で相殺していたのだろう。


 もしかすると、以前に地龍の隕石を喰らった経験が生かされたのかも知れない。

 …あれに感謝する気にはならないが。



 落下地点から歩き、やっと緑の地面にたどり着いた時にその死体に気づいた。


「……もしかして、エンムか?」


 その体は壊死したように腐っていて、その肉塊が少し高級な袴のような服を纏っている事から推測しただけだ。


 この場に居た女性の巫術師という点で思い当たったのが彼女だけだったために辛うじて分かった。



「『捧げよ、さすれば与えられん』」


 肉塊が、小さい肉塊に変わる。


 掌の上に乗る灰色の肉塊は人間だったとは思えないほどに軽い。


「んぐ……美味い」


 それを胃へと放り込む。


『こころ』


「!?」


 術士だったため、『こころ』が手に入ることは予測できていたが、その効果は俺が予想していた以上の物だった。


 おそらく、これまでに呑んだ『こころ』を集めてもまだ及ばない程の力だ。

 つまり魔力が倍になったに等しい。というか倍以上になった。


 殆どを赤魔力に変換していた事で枯渇寸前だった魔力はエンムとの戦いを始める前程度には回復した。


 とは言え身体はボロボロだ。腕輪を付けている事で徐々に回復はするだろうが、後で回復薬を飲む必要があるだろう。


 取り敢えず今日は野宿だな。


「『闇納ストレージ』」


 俺達は森の中で大きめのテントと寝袋を放り出すと、フィーネがもそもそとその中へ入っていく。


 俺は周辺に糸を張り、警報器の代わりに周囲に閃光をバラ撒くアーティファクトを先に取り付ける。

 贅沢な使い方だな。


 俺は、回復薬を飲んでテントに入ると、フィーネは先に寝ていた。


「……」


 静かに寝袋を広げて、俺は眠りに就いた




 ◆




「……あかるい」


 妙な明るさを感じて瞼を開けると、明らかに低い天井。

 いや、テントだったか。


「……あさ?」


 フィーネがサーベル片手に寝袋から抜け出てきた。勿論サーベルは鞘に収まった状態だ。



「ん?」


 そんな彼女の様子に違和感を抱く。


「フィーネ、こっちを見ろ」

「っ…な、なに」


 彼女の肩に手を置いてこちらを振り向かせると、瞳を覗き込む。


「……何で目を閉じるんだ、こっちを見ろと言っているだろう」

「…ならきちんと理由を言って」


 瞼を開いたフィーネの目は少し苛立っている様だった。


「……やっぱり。色が少し違うな。進化したんじゃ無いか?それに、改めて見ると少し身長も違う様な感じもする」

「違和感は…あるかも」




 ◆




 どうやら先程はまだ寝ぼけていた様だった。


「違和感ってレベルじゃ無いな、コレは」


 テントから出て立ち上がった事で分かったが、身長が数センチは伸びていた。

 お陰でいつもより首が痛い。


 そして容姿も成長している。


 以前までは十五歳前後ぐらいだったのが20歳前には見える。


 そう、一度でも会った人間ならば気づけそうな程に違うのだ。


「これは……聖国軍には戻れそうに無いな」


 昨日までは『地下を彷徨ってたらいつの間にか戦いが終わってた』で押し通す予定だったのだが、1日で五歳も老けるやつがいたら人間じゃ無いと流石にバレる。


「ゴトーだけ戻るのは」


「それは無しだ。逆に動きづらくなる」


 連絡を取るにしても一方的に指示を出すにしても、周囲の目を気にする必要がある。

 そして、俺は常にフィーネの位置に気を配る事になる。万一俺の予測しないタイミングで想定外の敵と戦う事になっても俺はそれに気づく事も出来ない。


 なら、どうするか。寧ろ俺も一緒に死んだ事にするのが良い気がして来たな。


「引っ掻き回すか。聖国軍を」




 ◆




 一人の男がいつになく真剣な表情で天幕へと向かっていく。

 道行く兵士たちはそのプレッシャーを受けて顔を青くしながら道を譲る。


 男は荒々しく天幕の入り口を開く。中には『希望』の聖女、ウルルが座っていた。


 そして一呼吸置くと静かに切り出した。


「聖女サン。ネイトスが死んだ」


「…ええ。知っています」


 聖女の返答からは抑揚を感じなかった。


「……知って、んじゃ無いのか?」


 コウキは暗に、戦闘に入る前から聖女がそうなる未来を見ていたのでは無いのかと、言っているのだ。


「知っていましたよ。そんな事は」


 当たり前の様に聖女は答えた。

 その顔には後ろめたさも罪悪感も無かった。


「!……誤魔化さないんだな」


「嘘は後々に響きますから」


「それも、未来で見たのか?」


「そこまで便利な能力ではありませんよ」


 ウルルは口元を右手で隠してくすりと笑う。

 そのいつも通りの様な態度がコウキの神経を逆撫でする。


「巫山戯るなよ!仲間が死んだんだぞ!!身体がドロドロになって最後は人かどうかも分からない状態で死んだ。それを!それなのに…」


「彼はその事を嫌と言っていましたか?苦しいと、逃げたいと、一言でも言っていましたか?」


「…言ってない」


「彼は望んで私の指示を受けました。そして彼は見事それを成し遂げました。……そこに何か問題が有りますか?」


 ウルルは首を傾けて不思議そうに問いかける。まるで問題が有ると思う事こそ可笑しいと言うように。


「〜〜〜〜ッ!!くそ」


 反論の言葉が思い浮かばなかったコウキは身を翻す。




「…ネイトスはアンタの事、娘みたいに思ってるって言ってたんだぜ。……それを利用するようなマネ、して欲しくなかったんだ、俺は」


 最後にそう吐き捨てて、天幕から出ていった。



『ああ〜〜〜〜、たくッ』


 コウキの苛立った声が中まで聞こえて来た。


「ふふ、元気ですね、コウキ様は」


 彼女が笑ったのは、仲間の死に怒る彼を微笑ましいと思ったからだ。




 ◆




 ネイトスと呼ばれた騎士が死ぬ未来は見えていた。寧ろそうなるよう仕向けた。


 そうで無い未来ではコウキは死んでいたからだ。未来で彼女が見るのは金の鎧にこびり付いた肉の塊だった。


 分かったのは、相手の術者が道連れを行う巫術を持っている事。それが避けられない事。


 だからこそ別の誰かにその死を押し付ける必要があった。


 本当ならあの場に居た冒険者にそれを押し付けられれば良かったが、僅かに実力が及ばなかった。


 ネイトスはその時のための保険だった。


 死ぬだろうことは分かっていた。


 だがそうならない事を心の奥では望んでいた。10年近く自身を支えて来た騎士なのだから、悲しいと思う気持ちはある。


 しかし、彼は騎士として護るべき者を護り、死んだのだ。


「ならばせめて、悲劇の戦士としてではなく、誇り高き一人の英雄として祝福をもって弔いとしましょう」


 彼女はネイトスの亡くなった場所に刺さる一本の剣に祈りを捧げる。


「私の騎士がそちらに参ります。どうか安らかな眠りを」



 静かに目を閉じる。神の代行者とまで呼ばれる彼女も、今は一人の信者に過ぎなかった。


『…ネイトスはアンタの事、娘みたいに思ってるって言ってたんだぜ』


「ふふふっ。祖母と孫以上に歳が離れてるというのに、娘とは……随分と若く見られたものですね」


 コウキの言葉を思い出して破顔する。

 その笑顔は少し幼く見えた。



 彼女は『希望』の聖女。

 未来の闇を祓い、人々に希望をもたらす者。


 そんな彼女もまた自身の予知が外れ、より良い未来が訪れる事を願っていた。


 ———————————————




 今回の戦果

 エンムの『こころ』



 ◆◆ステータス情報◆◆

 ステータス

 エンム 位階:漆拾陸

 戦型クラス:巫

 スキル

 巫術・壱

  ・・・

 巫術・弐

  ・・・

 巫術・参

 ├爆炎

 ├爆雷

  ・・・

 巫術・肆

 ├誘雷

 ├狐火

 ├蛇雷

 ├兎凍

  ・・・

 巫術・伍

 ├瑞鏡

 ├臣火

 ├縛森

 ├臣水

  ・・・

 巫術・陸

 ├浮月

 ├月裏

 └天矛

 巫術・漆

 ├双己

 └死軛

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