第17話 豚の騎士
「まあ、今気づいても遅いけどな」
銀のメッキが剥がれたことで顕になった鎧は目の前の騎士の身分を保証する。
金の鎧を付ける者ならば、その存在は守護騎士である。
なぜならば守護騎士で無いものは金の鎧を付ける事は出来ないからだ。
聖教の技術力によって魔術を含む諸々を盛り込んだ結果開発された鎧は、不思議な事に人格が宿り、聖女の認める存在以外の装着を拒むようになったらしい。
そして、現在金の鎧を装着したことが確認されているのは『希望』の守護騎士のみ。
『聖女』の切り札が目の前に立っていた。
「ッ『浮……あア”ア”ア”アッッ!!」
エンムが印を結ぼうとした瞬間に右腕が飛ぶ。
眼の前の騎士が振り上げた剣は微かに銀光を放っていた。
(武技、いつの間に…)
剣を抜く瞬間すら見えなかった。危険を感じて身を翻したことで命は拾ったがそれだけだった。
エンムは最期を悟った。
「俺も仲間を守りたいんだ。アンタには死んでもらう」
「フフッ、愚かね」
「…どういう意味だ」
「お前程の力があれば、戦争を止めることは出来たはず」
「それは違うな、戦わなければ帝国に奪われるんだ。土地も財産も……命も!」
守護騎士、コウキの語気が強くなる。
「いいえ、初めから降伏すれば私達は命を奪わない」
「それでも貧しくなれば命は失われる」
「元々裕福だった人間の多くは貧しくなるでしょうね。しかし、帝国に併合されればそこは帝国よ。帝国の人間を餓死させることは本意では無いわ」
「…アンタ、言葉遊びがしたいのか?」
「違う。……なぜお前が今、戦争に駆り出されているのか、教えてあげましょう」
エンムの口は弧を描く。
「——聖国の肥え太ったブタども、さらに肥えさせるためよ」
「……違う」
「大変ねぇ、守護騎士も。それほどの力を持ちながらブタの
「もう口を閉じな」
左腕が飛ぶ。今度は覚悟していたためか悲鳴は先程よりも小さい。
どくどくと切断面から血が溢れ出る。
「は…あ…っ…。ハハッ、図星だったようね、ブタの守護騎士」
明らかに息をしていることすら不思議な程の血を流し、膝を震わせながら、エンムは倒れない。
その様子にコウキは鬼気迫るものを感じる。
「その知性の欠けた眼球でよく見ていなさい……お前はこれから!誰かも分からない人間のゴミのために帝国の人々を殺し!奪い!犯すのよ!」
「黙れええええええええ!!!!」
激情に駆られたコウキは剣を振り上げる。
「あ”」
しかし、コウキが剣を振り下ろすよりも先にエンムの胸元から剣の刃が飛び出す。
目から光の消えたエンムがその場に崩れ落ちる。
後ろに立っていたのは、コウキでもレインでもましてやスノウでもない。
コウキの同僚とも言える、銀の鎧を纏う聖女の騎士の一人だ。
中年に見える年頃の彼は剣を鞘に収めると、恭しく切り出す。
「コウキ様……少々手こずっていたようでしたので、差し出がましいようですが手を出させて頂きました」
「ネイトス…」
明らかに不自然なタイミングに別の意図がありそうだが、彼がここでそれを告げることは無い。
「「「「!!」」」」
コウキがそれに対して何かを咎めようとした時、死体の中で魔力が脈動する。
ドクンという幻聴が聞こえそうなほどの脈動に、彼らは武器を構える。
「何が」
そして、収束した魔力は予め定められた現象を引き起こす。
ガラスのように透明な杭がエンムの死体の胸元から飛び出す。
それは血に濡れていて、禍々しい気配を漂わせていた。
その意図をコウキが察した時、既に結果は引き起こされていた。
「カッはッ…」
ネイトスの胸元からも同じものが飛び出していた。
それは、まるで呪いのように、自身を殺した者を殺し返す巫術だった。
役割を終えた巫術は霧散し、ネイトスの体はバタリと背中から地面に倒れる。
「ネイトス!!」
「コウキ…さ…ま」
「喋らなくて良い!直ぐに、聖女サマのところまで連れて行く!」
「いいえ、これは白…魔術では…なおせ、ないのです。だからこそ…わたしが…てをくだす…必要が…あった」
ネイトスは唇を震わせながら彼の希望が叶わない事を告げる。
「良い…もう喋らなくていい!!……くそっ」
コウキはネイトスの体を肩に担ぐと走り出す。
「済まない、二人共。俺は先に戻るからな」
「っええ、はい…」
レインの返答を聞く前にコウキは走り出した。
できるだけ体に負担をかけないように、かつ限界まで速く。
「あの女が…言ったことも、間違いでは…ない…のです」
「無理をするな、喋らなくてい……」
「…いいえ…言わせて…ください」
ネイトスが呼吸をすると、肺に穴が空いているのか、異音が交じった。
「聖国は…貴族によって…支えられて…いました」
「それは…浮世離れした聖女を…支えるためであり、民にとって…は…彼女たちの代弁者…であり、聖女に…とっては民の代弁者…であったからです」
「しかし…いつしか…その関係…は、逆転してしまった」
「代弁者でしか…無かった貴族が…自身の欲の…ために…聖女の力を…使いだした……ッ」
「…」
何かが地面に落ちる音がした。
それはネイトスの足だったものだ。
先程まで歩いていたとは思えないほどにその肉は腐ってグズグズになっていた。
「本来は…聖女の力とは…自由な…物です。それを…彼女たち自ら…縛り付け、自ら望まぬ…道へと…歩みつつある」
「コウキ様…貴方ならば…聖女様…を…解放することが…できます」
「そのために…私達の…命を…使ってください」
「そのためならば…おしくはない…娘のように…思う…聖女様と…息子の…ように思う…貴方の…ためならば」
「…ネイトス」
「…ッそれが、…それこそがッ…私達の信念です」
コウキはもう立ち止まっていた。
ネイトスの体を木の幹に寄りかからせるように下ろす。
すでに手も足も腐り落ちていた。
コウキはやっと手遅れであることを悟った。もう蘇生の白魔術でも間に合わない。
「済まない、ネイトス」
「…ヒュ…あやまらないで…ください……ヒュー…わたしは…はじめて……かぞくのために……いのちを、かける…ことが…できた……それが……ほこらしい」
「……ッありがとう、ネイトス」
「……あぁ、ちちうえ……これで…ぼくも…りっぱな…きし……に…」
ネイトスは虚ろな瞳で何かを呟くと、自重を支えることすらできなくなった体は地面に倒れて肉塊に成り果てた。
「〜〜〜〜〜ッネイトス!!」
「済まない。……済まないッ」
コウキは地面に蹲る。
彼が悔やんだのは死すらも圧倒する力を持たないことか、それともこれまで周りに流されて来た意思の弱さだろうか。
◆
「あ〜〜、重いッ」
『
背中で瓦礫を押し上げて反対側へと倒す。倒れた衝撃で瓦礫が欠片に割れる。
『月裏』とやらの残骸からやっとのことで脱出すると、空には月が登っていた。
耳を澄ましても音は全く聞こえない。戦闘はもう終わったらしい。
どちらが勝ったんだろうか。
「勝ったのは聖国の方みたい」
俺より先に脱出していたらしいフィーネが俺の疑問を読み取って答える。
「さっき帝国兵が逃げてるのが見えた」
「そうか。……少しは手伝ってくれても良かったんじゃないか?」
さっきも俺が瓦礫をどけようともがいている様子を涼しい顔で眺めていたからな。
その前に上半身だけ出た段階の時はサーベルの手入れをしていた。
さらにその前に瓦礫の隙間から外を見たときには木の枝に寝っ転がっていた。
いつ手伝うんだろうかと思っていたら、結局最期まで指一本分も何もしなかった。
「疲れるから」
……そうか。
———————————————
ネイトス氏は子供の頃、父親が自分を守って死んだ過去があったとか無かったとか。
※作中に登場したブタはフィクションなブタですので実在の豚さんとは一切関係ありません。また本作は豚さん全体を揶揄することを意図する、又は許容する作品ではないことをご了承ください。
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