第16話 天の槍

「『月裏』」


 エンムは地面を操作して半球の檻を作り上げる。

 冒険者共は自身の末路も知らずに悠長にその様子を眺めている。


「塵も残さない。言葉も残させない」


 彼女は思った以上に頭に血が上っていた。

 そのため、自身の持つ中で最も殺傷能力の高い巫術を選択する。


 印を次々作り、現時点で持つ全ての符を媒介にして一つの術を形作る。






「『天矛あめのほこ』」


 その瞬間、『月裏』の上空数十kmで金属柱が生み出される。これをただ落とすだけならば『落星メテオ』とそう変わりは無いだろう。


 直径だけで数人分はありそうなサイズの金属柱を、巫術は更に下向きに加速する。

 込められた魔力を湯水のように消費して速度を増す。


 空気抵抗は『界』の応用により極限まで遮断され、雷の巫術によって執拗なまでに加速させられた金属柱


 同時に、『月裏』の頂上を開放する。

 威力を一切減衰せずに衝突させるためだ。


『月裏』は檻であり、処刑場なのだ。


 衝突の寸前に空気抵抗の除去を外すと、眩く発光しながら『月裏』を貫いた。


 瞬間、音速を越えたことによる衝撃が周囲を襲う。

 当たり前のように『月裏』の側面は衝撃を抑えきれずに弾けて、崩れ落ち、それだけでは無く、周囲一体を更地にしてもあまりあるほどの爆風が吹く。



 後には瓦礫と、茶色の大地が残った。


「うっ」


 魔力の欠乏を感じて、エンムは額を抑えながら『浮月』を解除して地面に降り立つ。


「やり過ぎた。……それに『双己』も切らされた」


『双己』とは、入れ替わりを行う巫術だ。

 準備には長い時間と魔力を使用して儀式を行わないといけないのだが、面倒なのはそれだけでなく入れ替わる対象には魔力が似ている者で巫術に適正のある者でないといけないという条件があるのだ。


 それが可能なのは大体一万人に一人。それを用意するだけでも面倒極まりない。


 二日酔いのような頭痛を感じながら帝国軍の後方へと向かう。

 布陣する場所の更に後方から出てきた冒険者たちに対処するために彼女は応援を要請されていたのだ。

 その時は、ここまで魔力を使わされるとは思いもしなかったが。


 指揮権を返して貰う前に少し休憩を入れる事をエンムは考える。


「取り敢えず、戻って魔力を回復しなくては…」



「…そうさせる訳には行かないな」


「誰!?姿を見せなさい」


 岩陰から二人の男と一人の女が現れる。

 声を掛けたのは騎士の姿をした男だった。

 残り二人は軽装である事から冒険者だとエンムは推測した。


「何処に居るかと思ったらまさかこんな所にいるとはな」

「その鎧、まさか聖女の騎士か」


 そしてエンムは騎士のその鎧に見覚えがあった。


 男は口角を僅かに上げてその言葉を肯定する。


 よりにもこんな所で、と心の中で吐き捨てる。

 陽火従陣の失敗と言い、先程の冒険者と言い、更には魔力を失った状態でのこの遭遇。



(『希望』の聖女…ね)


 彼女からすれば『絶望』以外の何物でもない。

 聖女の騎士ならば間違い無くA級相当。加えてもう一人も体捌きからしてかなり上のものだ。


「貴方達、聖女の近くに居なくて良いのかしら」

「まあ、問題無いだろ。本人がそう言ってたんだから」


「?…ふぅん、そう」


 男の軽い口調にエンムは違和感を覚える。


「アンタこそ、配下はどうしたんだ?」

「…さあ、何のこと?」


 冒険者を殺した際に爆風で飛んで行った部下の事が頭を過ぎって答えが遅れる。


 男は周囲を探るが気配は感じない。


 逆にエンムの方には疑心が積み重なる。



(まるで、予め知っていた様な……もしかして、聖女の力は)


 僅かに引っかかる点はあるが、そう考えると陣への対処の仕方が完璧だったのにも納得が行く。


「そこの二人は冒険者かしら?」

「…ん?あぁ、ここに来るまでに少し手伝って貰った」


 剣士らしきもう一人の男は二人の会話を聞くどころか、何故か後方をじっと見つめている。


「所でアンタは巫術師だよな?」

「見れば分かるでしょう」


 自身の格好を見せびらかす様に手を広げる。

 エンムの服装は裾の長くゆったりとした服装で、どう見ても刀や槍を振るうとは思えない。


「ずっと気になってたんだが、巫術って魔術と何が違うんだ?」

「…は?」


 時間稼ぎのつもりで会話を試みていたのだが、今の状況に全く関係のない話題に思わず呆けたような声が漏れてしまった。


「'…んん。そうね……魔術は魔術式によって発動するけれど、巫術は印と符で発動すること…かしら。魔術には詳しく無いから違いと言われるとわからないわ」


「ふぅん、符に書かれているのは魔術式じゃ無いのか?」


「巫術は、元々舞と祝詞を捧げて引き起こしていたのを、舞を印に、祝詞を符へと簡略化した物なの。だから、魔術式とは発祥からして全く違うわ」


「捧げるって神にか?」


「神?そんな物は無いわ。そうではなくて人々に根ざす神秘領域によ」


「なる、ほど?分かった?」


 絶対に分かっていないその態度に言葉を重ねて説明しようとした所で、剣士の男が声を上げる。


「騎士様、合図が上がりました」



 彼の視線の先は、戦場の中心、その遙か上空に打ち上がった帝国兵にあった。


(アレは守護騎士の仕業か)


 明らかに尋常では無い光景に、その原因は直ぐに思い浮かんだ。あのようなことが出来るのは聖女の騎士の中でも精鋭中の精鋭、守護騎士と呼ばれる存在だけだからだ。


 眼の前の騎士がエンムとの会話に応じていたのは、向こうもまた時間を稼いでいたからだと気づいた。しかし、『何を待っていたのか』まではエンムも知ることは出来なかった。


(魔力は、ギリギリといったところかしら)


「まあ、時間稼ぎもこれくらいで十分だろう。流石にこれ以上、魔力を回復されてしまっては聖女サマの指示も果たせなくなるかもしれないからな」



 そう言って、騎士は後ろを見る。


「剣士くん…えっと、名前なんだっけ?」

「レインです」


「レイン、やってみるか?」

「お、俺ですか!?」


 突然会話を振られた剣士の男が戸惑いの声を上げる。


「S級相手に戦うなんてこんなチャンス、めったに無いぜ。もちろん、一人でじゃなく、魔術師の子と一緒にだ」

「…スノウ」

「…」コク


 レインの視線にスノウが頷きを返す。


 レインが剣を抜く。実直そうな見た目とは裏腹に装飾の多い直剣が現れる。



(それは流石に舐めすぎでしょう?)


 魔術が無くても彼女は戦えない訳ではない。

 スキルとして習得しているわけではないが、徒手空拳での戦闘を想定した訓練を欠かしたことはない。

 位階レベルによる補正もあって、並のA級くらいの実力は自負していた。


 レインが腰を落とし、スノウが杖を構える。




「フッッッッ!!」


 レインの姿が視界から消える。

 エンムは視覚ではなく聴覚で、右後ろに回り込んだのを察知し、体を傾けて斬撃を躱す。

 返す刃を、掌底で受け流す。


 レインは流れに逆らわずに、寧ろその流れに乗るように体を半回転させると、後ろ蹴りでエンムの腹部を貫く。


「ぐっ」


 蹴りをまともに喰らったエンムは足で地面を削りながら後ろに下がる。


「レイン」


 そう言って魔術師の女が、魔術式を展開する。

 レインは彼女の正面から右にズレる。



「『雷砲サンダーブラスト』」


 極太の雷の奔流がエンムへと向かう。人間を丸々飲み込んであまりあるほどの幅と熱量。




 それを前に、エンムは口角を上げた。


「『瑞鏡みずかがみ』」


 何処からか水流が現れて彼女の正面で円を形作る。

 雷の奔流がそれに触れると、まるで鏡のように反射する。



「——なっ、避けて!レイン」


 その矛先はスノウよりも近い位置に向かっていた。

 さらにレインの後ろには騎士も並んでいた。


 エンムは初めから騎士を仕留めるつもりで立ち回っていたのだ。


(二人纏めて、死になさいな)




「これは、予想外だな」


 いつの間にかレインよりも前に出ていた騎士が、その全身を盾にしてレインを庇う。


(自暴自棄になったか、それとも……っ!)



 雷の奔流は鎧の表面を溶かすが、その守りを穿つことは出来ない。


 魔術がその効果を発揮し終わると、雷の光によって失われていた色覚が戻る。




「お前っ、その鎧は!」


 剥げた銀の塗装の下からは隠せないほどの金色の輝きが覗いていた。


 帝国軍の内部で共有されていたブラックリストの頂点に名を連ねていた存在。


「『希望』の守護騎士!!」




 ———————————————



『天矛』はほぼほぼ神◯杖です。

 調べてみたら神◯杖はそれほど威力は無いらしいです。


 今回では直径5メートル、高さ140メートルの鉄製の金属柱を重力の百倍の加速度で10km上空から自由(?)落下させていたと仮定すると、大体マッハ10ちょい位で地面に衝突して、その時のエネルギーはギリギリ原爆に負ける位になりました。


 ただ、そのエネルギーは周囲を破壊するよりも貫通力に向かっている上に『月裏』によって着地点周辺が保護されていたと思うので周辺の被害は『落星メテオ』にも負ける程度を想定しています。



 私は空想科学な読本をよく読んでいたので、こんな感じの事を考えるのは割と好きですが皆さんはお好きですか?


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