第15話 月裏

「『火爆ファイアエクスプロード』」


 俺の眼前で発動した魔術とエンムの巫術がぶつかり相殺する。

 その時に発生した熱で氷が少し溶ける。


「ふん」


 力を込めて足首を曲げると、氷が割れて足元が自由になる。喰らった巫術のせいで悴んで動きが鈍いな。


 魔術式を形作っていた赤銅色の流体が急激に収縮して、右腕へと戻る。



『投影器官』は『赤銅の義腕』と『擬似人格』を組み合わせた、対魔術師の切り札の一つだ。


 その効果は、魔術を模倣する事。


 魔力を通す義腕をアーティファクトの操作に最適化した人格で使い魔術式を描く事で、発動用の魔力を流すだけで魔術を起動できる様になるのだ。


 さらに描く魔術式は記憶から持って来ることが出来るので、一度でも見た事があれば魔力が足りる限りどんな魔術でも発動できる。



「っ……アーティファクトか」

「さあな」


 これには流石に驚いた様で、エンムは目を見開いていたが、直ぐに目を細める。

 既に皮算用でもしているのだろうか。この効果は一つのアーティファクトによるものでは無いというのに。


『擬似人格』の構築に必要な誓約の首飾りは『闇納ストレージ』の中だから、まあ…無理だろうな。



 手札を切った事で、眼前の危機は凌いだが状況は好転していない。

 依然として、俺達の左右は青い炎によって遮られている。


 まずは鬱陶しい炎の囲いを無効化する。


 思考によって再び『投影器官』に魔術式を入力する。


 ぐにゃりと形を変えた義腕が記憶した魔術式を精巧に再現する。その大きさは先程と同程度、第三圏の魔術。


「『津波ダイダルウェイブ』」


 魔術式から溢れ出る莫大な水流が地面を抉りながら周囲を押し流す。その勢いは青い炎の壁を打ち消しても止まらず、エンムを超えて見える範囲に広がっていった。


「『闇納ストレージ』」


 魔術の発動直後に地面にしゃがみ込み、影から試験管とアーティファクトのナイフを取り出す。


 試験管は青い液体で満たされていた。

 これは以前にレトナークで殺した呪術師が持っていた物と同じ物だ。


 簡単に言えば回復薬だ。

 しかし白魔術程の効果も無く、即効性も無い。パーティに一人は居る神官が居らず、どうしても回復したい時にしか役に立たないので供給も少ないが手に入れておいて良かった。


 俺はそれをフィーネの眼前に投げると直ぐにエンムへ向かって走り出す。


 それを見たエンムは、素早く印を結ぶと巫術を構成する。


「…『狐火』『臣火』」


 その術はさっきと同じ物だった。

 先程は地面に青い炎を走らせていたが、今度は術数個の青い炎が衛星の様にエンムの周りを回る。


『臣火』と言うのは炎の動きを操作する巫術だと当たりをつけ、俺は三度右腕を魔術式に変える。


 今度は小さい魔術式が幾つも描かれる。

 魔術式の淵同士を繋げる事で同時に複数個描くいているのだ。


 複数の魔術式の作り方は数時間ほど前に仕留めたB級の魔術師を参考にしている。

 彼の場合は『土壁アースウォール』だったが、俺が構築したのは第一圏の『水矢ウォーターボルト』だ。


「『水矢ウォーターボルト』!」


 二十はある魔術式の群れから光を屈折する透明な矢が飛び出す。

 殆ど攻撃力のない魔術だが、それでも『狐火』にぶつかると水が蒸発する音と共に相殺した。


 良い加減その炎はもう、俺に通じないと気づけよ。


「っ、離れなさい」


 エンムは指を鳴らして複数の爆発の巫術を俺の正面を囲うように発動させる。

 魔術での相殺してもほとんど意味のない位置。しかし回避は可能なタイミング。おそらく向こうもそれを狙っているのだろう。



 だが…俺はこれまで幾度も戦い抜いて気づいたのだ。


「コロシアイは臆した方から死ぬんだ」


 俺は歯を食いしばって爆発へと自分から踏み込む。


赫怒イラ』によって思考速度があがったことで時間が遅く流れている影響で、肌を焼く苦痛がより長く感じる。


「ぐ、ぅ、ぁあああああ!!」


 叫び声を上げながら爆炎をかき分けるように進む。



 時間にすれば数瞬だが、体感では数分で巫術の弾幕を潜り抜ける。

 その瞬間にエンムと目が合う。



 俺の鼻先には符が突きつけられていた。


「っ」


 その指先に魔力が渦巻く。


「『封…っ!」


 ダンッ、という音と共に符を短剣が貫く。

 エンムが首を回すとフィーネが『縛森』によって出来た樹木に寄りかかっていた。


 サーベルを拾う隙は無いだろうと、回復薬と共に落としておいた短剣だった。



 俺はニヤリと笑い拳を構える。

 左手は赤魔力と銀の魔力で煌めいていた。


 掌を開いて指を伸ばし貫手を作る。

 対するエンムが人差し指と中指を胸の前に立てて印を作る。


「疾ッ!!」


「『かい』!!」


 指先がエンムに当たる寸前の空中で止まる。

 球状の半透明な膜を作る防御の巫術。


 しかし、咄嗟に作ったものだったためか、赤魔力により侵食されて撓み、風船を割るように弾ける。


「ふッ」


 それすらも織り込み済みだったのか、破壊された際の衝撃を利用して、エンムが重心を後ろに傾けて飛び退く。





「…!!」


 が、その勢いは途中で止まる。なぜなら


「——逃がす訳が無いだろう?」


 赤銅の義手を鞭に変えて足を引っ張っているからだ。

 油断と不意打ちに頼った運任せの好機だ、多分これを逃がせばもう影すら踏むことは叶わない。


 ならば、このチャンスに全てを乗せる。


 もう一度、左手を引き絞る。まるで、張り詰めた弓のように。


 込められるだけの魔力を赤魔力へと変換する。

 圧縮するほどの余裕は無い。陽炎のように周囲の景色が揺らぐ。


 筋肉が軋む感覚とともに、溜めた力を開放して貫手を放つ。



 エンムは手刀に対して胸元を守るように左手で叩き落とそうとする。


「ゔ」


 そんな左手の影響を逆に弾いて、最短距離で心臓へ手刀が伸びる。


「ごフっ」


 その身体を貫く。

 粘り気のある血液を掌で感じる。

 明らかに心臓を貫いた感触。




 俺は左手を抜き取ると、最後の反撃を避けるために一歩下がる。


「——は?」


 そこで初めて気づいた。


「お前、誰だ」


 俺は目の前で血を吐くに問いかける。


「ていこく、万、歳…」


 地面に前のめりに男が倒れる。



 俺は周辺を見渡す。

 何処に消えた。これまでとは打って変わって周囲に撒き散らすように振りまいていた魔力が露も感じられない。


「ここで、これを使わされるなんて…」


 エンムは自身を拘束する木の枝を引きちぎって地面に降り立つ。

 そこは確か、エンムが自身の部下を拘束した所だ。つまり


「入れ替わり、か」


「そうよ。お陰でしばらく使えない」


 その言葉の真偽は分からないがエンムは酷く不快そうな表情を浮かべていた。

 どうやらあちらも切り札を晒したらしい。



「『浮月』」


 とん、とエンムが地面を軽く蹴るとその体が空に浮かび上がる。まるで重力など感じていないかのようだ。風を使って飛行を行う魔術があるとは聞いたことがあるが、巫術の方は風ではなく自身にかかる重力に干渉している分静かだった。


 どうやら、空から一方的に嬲るつもりらしい。


 そうはさせない。


「『火槍ファイアージャベリン』」


 一呼吸で5つの魔術を起動する。

 二メートル程の炎の槍が空を飛ぶエンムへ向かって射出される。


「『臣水』」


 それらの炎を地面から伸びた水が覆い尽くして消火する。『津波ダイダルウェイブ』で生み出した水を利用された。

 俺の炎をエンムが打ち消す、さっきとは逆の構図だ。


 今度は『火爆ファイアーエクスプロード 』起動しようとしたところで、地面が揺れて周囲が暗くなる。


「『月裏げつり』」


 数十メートルはある高さの土の壁が四方から伸びる。

 それらは頭上で繋がり、俺達を半球状の空間に閉じ込める。


 どういうつもりだ。撤退したのか?


「『光明ライト』」


 俺は光を灯す魔術で周囲を照らす。

 近くでサーベルを手にしたフィーネが空を見上げていた。


「フィーネ、大丈夫か」

「…ゴトー、だめ、かも」


「…どういう意味だ」


 フィーネがそれに答える直前に、上から光が差す。


 半球の頂上が開いていた。


「ん?」


 そして、その先に光が見えた。

 太陽はあの高さには無かった筈……!!


「まずいッ!『ス ——



 半球を超音速の槍が貫いた。

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