第14話 巫

 20人程からなるその集団は軍人にしては豪華な装束に身を包んでいた。この場にいる事から戦える人間なのは間違いない。


「エンム様、どうされますか?」


 エンムと呼ばれた女は腰まである黒髪を揺らしてその場にいる冒険者達を無関心に眺めると、俺のところでその視線が止まった。



 その視線が敵意を帯びる。


「っ、『赫怒イラ』」-


 女が現れた時点で魔力を回していた俺は最短で現在の最強の呪術を発動させる。



「ふうん。呪術ね」


 巫術師と思われる女は印を結ぶ事すらせず指を鳴らすと、同時に複数の爆発が四方八方にばら撒かれる。

 滅茶苦茶なことを。



 『赫怒イラ』の効果で色が抜け落ちて行く視界の中で、最も爆発の薄い箇所を素早く探し当て、向上した身体能力でその隙間へと体を潜り込ませる。



「見た目通りすばしっこいこと」



 足で地面を削りながら速度を落とす。

 周りに目をやるとやはり連れて来た冒険者の殆どは焼け死んでいる。


 フィーネはその中に居ない。上手く姿を隠したか。



「「「『爆雷』」」」


 彼女に付き従う集団が爆発の巫術に続けて雷の巫術を打ち込んでくる。


「ちィッ」


 足下に転がっていた剣を蹴り上げて避雷針代わりにして追撃を避けると、赤熱する剣を握る。


 ジュッ、と言う肉が焼けるような音に構わず、剣を横薙ぎで投げ放つ。



「か、『か」


 標的となった男は何らかの巫術を発動させようとしたが間に合わずに、熱と回転によって上下に二つに分かれる。


 そのまま後ろの二、三人も腕や腹を引き裂かれる。


 後ろの奴らは致命傷一歩手前といった感じだろうか……っ!


「『蛇雷へびいかづち』」



 ぬるりと腕に何かが巻き付いた感触がする。

 それが何かに気付く前に強烈な熱さを感じ、同時に電流が身体に流れる。


「がアッあ"あ"あ"あ"ア"ア"!!!」

「これは避雷針じゃ防げないでしょう?」


 一瞬目を離した隙を突かれた。

 名前通り蛇のように雷を操る巫術のようだ。


 女は油断する事なく印を作り、更なる巫術を構築する。



「『狐火』」


 ポッ、と小さな音と共に指先ほどの大きさの青い炎が掌の前に浮かび上がる。


 女がそっと狐火を掌で押し出すと、ゆっくり俺へ向かって飛んでくる。


 一見すると大した事ない術だが、この状況で出して来た時点で当たるとまずい。



「ぐッ」


 避けようと踠くが、蛇のように絡み付いた雷が俺を固く拘束している。



「スゥ」


 林の影から現れたフィーネが、巻き付いた雷をサーベルで断ち切る。


 エンムが目を見開く。

 流石に雷を剣で切れるとは思わなかったらしい。

 フィーネのサーベルは俺達の収入の殆どを注ぎ込んでいる特別製の剣だからな。きっと絶縁体なんだろう。



 俺は転がって青い炎を避ける。


「助かった」

「ん」


 俺の居たところを通過した炎は背後の地面に当たって小さな音を立て消える。


 多分、生物に当たると効果を発揮する類のものだろう。



 あれがハッタリだとしたら伏兵を無駄に晒した分損だな。



 ここが引き際か。



 幸い、千人を超える人数を呑んだお陰かダメージはそれ程無い。



 フィーネに撤退の合図を送る。

 彼女は視線で了解を返す。


 ただ、そのまま逃げるだけでは追撃されるだけだ。


 足止めはどうするか。

 そうだな、久しぶりにアレを使うか。


 魔力を回し、そこに怒りの感情を乗せる。


 ただし『赫怒イラ』ほど強力では無い。

 俺にとっては親しみ深い呪術だ。


「『憤怒ラース』」



 俺はそれを、エンムの帝国兵に掛けた。


「ウォアおおおお!!!!」

「クソガァああああ!!!」

「イェええええええええい!!」


 問答無用に怒りに飲まれた物達が互いに殴り合う。呪術によって怒りだけでなく力もリミッターを外して強化しているので、手加減無しに振るった拳からは血が流れている。

 もちろんその対象にはエンムも入っていた。


「お前はいつもいつもオオオオ!!!」


 副官らしき男が彼女に向かって拳を振るう。

 もしかすると普段から彼女に対して怒りでも感じていたのだろうか。



「はぁ、情けない」


 彼女はため息と共にそれをいなす。

 駒のように空中で回転した男は蚊のようにはたき落とされて気を失う。



 しかし、それでも周囲には暴走状態の帝国兵達が暴れている。



 俺達はそれを尻目に逃走を開始する。


 向かう先は地下の入り口だ。暗く入り組んだ場所ならば、気位の高そうに見えるエンムは入りたがらないだろうと考えたからだ。




 エンムは胸元から符を取り出し、人差し指と中指の間に挟みながら魔力を練る。

 練りこまれた魔力が流れ、符の文字が輝く。




「……『縛森ばくしん』」



 大きなエネルギーがエンムを中心に俺たちを越えて地面を波及する。


「ちぃっ」


 地下への入り口の手前の地面から樹木が筍のように突き上がり行く手を阻む。

 簡単に逃すつもりもないと言うことか。



 だが、俺達もこの程度で足を止めてやらない。


 走りながら赤魔力を臨界近くまで収束して左腕全体に纏う。

 拳を引き絞り、最も邪魔となっている木の正面で滑らかに駆け足からステップへ移行して、タイミングを合わせて拳を放つ。


「はあっっ!!!!!!」



 感触が明らかに重く、ただの木では無かった。まるで岩でも叩いている様な…。


 それでも赤魔力による脆弱化の作用は効いたみたいで、拳を中心にヒビが全体に広がると、ゆっくりと倒れる。


 倒れる時間すら惜しかった俺は倒れる木の幹に乗り押し込む。


 早く、早く。



「ゴトー!」



 何だ、と振り返る瞬間、視界に青色の炎が飛び込んできて、慌てて身を逸らす。



「逃げられるとでも思った?」


 女の周囲では、さっきまで無かった木々が仲間の帝国兵達に巻き付いて拘束している。


「さっきの巫術は仲間の無力化が目的か…」


「当たりよ。ご褒美にお前達に私の巫術を死ぬほどあげる。……命乞いすら許さない」



 攻撃的な笑みを浮かべながら挑発して来る。

 既にその手には符が握られており、背を向けた瞬間に青い炎が飛んできそうだ。



「俺は命乞い位は聞いてやる。お前は上手に鳴きそうだからな」



 まあ、聞くだけ、だからな。



「……精々吠えてなさい」



 挑発が効いたのか、少し声が低い。



「『狐火』」



 女の周りに青い炎が発生する。

 更に巫術を重ねる。



「『臣火』」



 それは狐火を巻き込んで、大きな渦を作る。

 エンムが指を振るうと、彼女を中心にピザを切る様に二又に分かれた炎が地面を走る。



 俺たちの行動範囲を狭めるのが目的か。

 そして止めと言わんばかりに、符を投げる。


 爆破の巫術か?


 そう思い防御を固めた所で、フィーネが飛び出す。


 成程、符を切って無効化するのか。


 このまま相手の思い通りに進ませたく無かったらしい。



 しかし、




「…『誘雷』」


 一瞬で視界が白色で染まる。

 チカチカと明滅する中でフィーネが飛び退いているのが見えた。



 着地するかと思われたが、後ろにジャンプした勢いのまま地面を転がる。


「フィーネ!!」


「く……ぅ…」



 息はある。その手にはサーベルが無く、どうやら直撃の寸前に手を離した事で致命傷を免れたらしい。



「『兎凍』」


 追撃の手を緩めず、エンムが2、3枚の符を投げると、それが氷で出来た兎の群れに変化する。



「行きなさい」


 彼女の指示を受けた兎達は本物の様な動きで俺はと迫る。ジグザグした動きは予測し辛く回避が難しい。



「邪魔だ」



 飛び掛かってきた1匹を裏拳で砕く。


「!?くっ…」


 その瞬間、兎が弾けて冷気をばら撒く。


 驚いた隙に、左右から飛び掛かった兎達が俺の体に引っ付き、冷気を放出する。


「足止めが目的かっ」


 気付くと足元が凍りつき、身動きが取れなくなる。




「はい、終わり。話にもならないわ」


 やれやれと大袈裟な動作でこちらを煽ると、指を鳴らす。


「来世では精々謙虚に生きなさい。『爆炎』」



 最早動けない俺たちを焼くだけだと思っているエンムは作業の様に巫術を繰り出した。


 どう考えても避けられない。そしてこれを耐えても相手の有利を覆せる気はしない。


 流れを変える一手が必要だ。



 そう悟った俺は、一つ目の奥の手を切ることにした。


「『ユーザモード:擬似人格』」



「『投影器官プロジェクションオーガン』」


 ——出力デバイスみぎうでの接続をチェック……完了。


 ——作業領域を確保……完了。


 ——対象魔術のフォーマットを確認、スキップ。


 ——対象魔術を作業領域に複写……完了。




 ——実行開始。



 ぐにゃりと右腕が輪郭を失って広がる。

 空中に輪を描く。

 その中を細やかな幾何学模様が埋めていく。

 一定の法則を守りながら図形が空間に描かれて行く。


 それはこの世界の人間なら誰もが見覚えがある物だろう。


 神が与えた力のカケラ。

 世界を騙し、書き換える術。

 夢を実現する力。








「『火爆ファイアエクスプロード 』」


 人々はそれを魔術と呼ぶ。

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