第13話 ウェイリル高原の戦い・地下Ⅳ

 ウェイリル高原の地下では二つの動きがあった。爆炎符を用いた大規模の術、陽火従陣の不発により、地下に落ちて彷徨う冒険者達と、それらを待ち伏せする為に、入り口付近で息を潜めている帝国兵達だ。


「おい…来たぞ」


 帝国軍兵の男が隣の仲間の脇腹を肘で突く。


「もうなのかよぉ。俺、まだ心の準備もできてねぇのに」


 元々彼らは陣を発動するだけの役割だった。

 もし、陣が何らかの不具合で発動しなかった時には、陣を構成する符を即座に回収しに行くように言われていたので、戦闘には参加しないと安心していた。


 しかし、実際には陣は発動しなかったし、回収するはずの爆炎符はどうやら既に励起され暴発してしまったのだ。



 それを確認した上官が陣を設置した部隊に地下への入り口の防衛を指示したのだった。


 そして、彼ら20人程度からなる小隊は数ある入り口の一つの前で待ち伏せをしていたのだ。


スキルを起動しろ。巫は術の用意だ

 」


 聖国の冒険者の存在を確認した小隊長が部下に命令を下す。


「「「『刀術・壱』」」」


 侍クラスの者は『刀術』スキルを練り上げる。


「「『鎗術・壱』」」「「『盾術・壱』」」


 衛士クラスの者は『鎗術』を発動する者と『盾術』を発動するものがそれぞれ半分ずつ居た。

 後方には巫クラスの者が控え、手を結び小声で詠唱を始める。



 その場に緊迫した時間が流れる。



 コツコツという足音が段々と大きくなる。

 やがて緊張が頂点に達した瞬間、彼らが見ている曲がり角から人影が姿を現す。



「やれ」



「「「『爆雷』!!」」」


 小隊長の指示と共に、影に向かって巫術が飛ぶ。チッと擦れるような音ともに何かが人影へと飛び、そこを中心に電撃が炸裂する。


 その衝撃で周囲に砂埃が舞う。

 確実に当たったと術士達は喜んだが、やがて砂埃の中から見覚えのある服を着た影が崩れ落ちる。



「ぁ……ァ」



 帝国の軍服に身を包んだ人間が全身を焦がして倒れ込む。


 その後ろから十数名の冒険者がなだれ込んでくる。


 その様子に隊長は小さく舌打ちをする。



「武器を構えろぉ!!巫は引き続き術の用意!!」


 再び構成された術がこちらに迫る冒険者達に降り注ぐ。


「ああ"!」

「グアァァ"!!」


 電撃を避けきれなかった冒険者達が走る勢いのまま転倒して、そのまま動きを止める。


 だが、それによって脱落した人数は思いの外少なく、結局殆どの冒険者が無事なまま小隊と接触する。


「ちぃっ!!」


 帝国兵が懐から『爆炎』の巫術が込められた符を取り出して魔力で励起する。


「喰らえっ」


 後はこれを投げつければ符を中心に爆発が起こる。


 彼が符を投げようと振りかぶった所で、小さな影が視界の右側を通り過ぎると共にグチャリと湿った音が響く。


「えあ?」


 符を投げる筈の右手が何かに握り潰されて歪に丸くなっている。それも、符を握りしめたまま。


「!まず…」


 符の光が強まり、焦った男が行動を起こす間も無く彼の身体が爆炎に包まれる。



 周りの帝国兵も、冒険者の中に異質な存在が紛れ込んでいる事に勘付いたが視界の端でしかその存在を捉えることが出来ない。


 それ程に速いのだ。



 スキルを発動する

 ゴトーが地下で帝国軍と衝突。

 符を投げようとした手を握り潰し、誤爆させる。


「ガ、あッ…」


「っ、あ…」


 ある者は太腿に斬撃を受けたと思ったら体が痺れて動けなくなり、ある者はいつの間にか現れた傷から毒を流し込まれて悲鳴すら上げられない。


「先程から…どいつだ、何処に隠れている?」


 小隊長はその存在が、隠れた場所から狙っている者だと勘違いしていた。


 周囲に視線を巡らせてその隠形を見破ろうとする。


「お前が指揮官だな」

「!?」


 背後から少年の声。


 唐突に後ろに現れたそれに対して、小隊長は振り向き様に、刀を抜く。


「『燕返し』」


 ——その場での攻撃速度を上昇させる派生スキル


「『一刀』」


 ——次の一撃を強化する派生スキル



「『居合』!!」


 ——鞘から抜き放つ横薙ぎの斬撃を強化する派生スキル



 三つのスキルの強化を受けて急加速した刀を背後の存在へと叩き込む。



「…スゥ」


 微かな呼吸音と共に、金色の線が通り過ぎ、小隊長の斬撃は正面の冒険者を通り抜ける。


「ぬぅっ、…!?」


 不思議と少しぐらついた重心を立て直すと、右腕の手首から先が消えている。


 少年の冒険者の隣には金色の刀を握る女が立っていた。


(手首を落としたのは、コイツか!)


 小隊長は左手で右の手首を押さえながら、二人を睨み付ける。



「お前が冒険者の柱、か。こんな子供とはな……。クク、乳離れも済んでいない子供に頼る程に聖国は困窮しているのか、全く可笑しな事だ。……それはこちらもか」


 最後の言葉は自嘲する様に、小さく呟いた。

 対する少年は子供と言われた事には動じていない様だった。その瞳は冷たく、ただ彼の命だけを見つめていた。


(せめて冷静でも欠けばと思ったが…。聖国の息がかかった隠密とかか?)


 帝国の忍者の様な者が聖国にもあると聞いていたから、それだろうと勝手に予想する。


 それを口に出していれば、目の前の少年の心を掻き乱す事も簡単だったろうが、それには気付かなかった。


「知らせは出した。いずれお前達を殺すために援軍がやって来る。逃げるなら今のうちだ」


 悪足掻きに小隊長は脅しを兼ねた時間稼ぎをする事にした。


 実際、戦闘前に部下の一人を本部へと報告に向かわせていた。


 しかし、それがここに向かうまでのにかかる時間は短く無い。


 それまでに確実に決着がつくだろう。


「援軍か……じゃあそれまでに、呑んでおかないとな」


(『飲んで』?どう言う意味だ)


 下りを入れる暇もなく、小隊長の視界は膝で塞がれた。




 指揮を失った帝国兵達の隊列は崩壊し、戦況はより冒険者側へと傾いて行く。




 ◆




「『爆雷』」


 自身を標的に発動した巫術を大きく避ける。


火球ファイアーボール』などと異なり、術を叩き落とすことが難しいのが面倒だな。


 後は座標指定の為か、発動場所を予測するのが難しい。

 よくよく見れば火種のような物が飛んでいるのが分かるのだがそれも小さい上に早いので、大抵は勘で避けなければならない。


 身体が強化された影響で、多分直撃しても問題は無いのだが、避けれる物をわざわざ喰らってみたいとは思わない。



 巫術を発動した巫は俺を近づけさせまいともう一度詠唱を始めるが、呪術を使える俺の目の前でそれは悪手だと言えた。



 術の発動に追い付くように魔力を素早く回すと、


「『忘却オブリビオン』」


 俺の左手を中心に光が発生して、術士の女の手元で集めていた魔力が霧散する。


「……あ?え?」


 どうやら深く効いたようで俺が目の前に到達した所でやっと正気を取り戻した。


 俺は間髪を入れずに貫手で術士の心臓を貫いた。


「こ、ふ」


 流れ出た血液が左手を汚す。




 これで、その場にいた帝国兵を全て仕留めた事になる。指揮官の言っていた『援軍』とやらは彼らが生きている間には間に合わなかったようだ。


「!?」



 手のひらを拭って依代を取り出そうとした所で、集団が近づいてきているのに気づいた。



 チラリと横目でフィーネを見る。

 どうやら、近くで大規模な戦闘が起こっている為か、音での把握が上手く行かなかったようだ。まあ、地上に出る時点で予測していたことだ。


 問題はその集団の中に飛び抜けて魔力が多そうなのがいる事だ。


 ここからでも分かるほどの魔力の量、純粋な術師としてもその力量はA級、いやS級に届きうるだろう。



「はあ、陣の発動もロクに出来ない、地下から出て来る冒険者を仕留めることも出来ない。全く何の為に生まれたのかしらね」



 俺は冷や汗を拭った。

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