第13話 ウェイリル高原の戦い・地下II
俺は地下で一つの冒険者パーティと対峙する。
俺の事を知っている冒険者に気付かれないように、一応包帯で右腕を隠しておいたが、こいつらは知らないな。
『赤腕』という二つ名の由来ともなっている、特徴的な見た目の義腕は見るものが見れば明らかにアーティファクトと分かってしまう。
もしも撃ち漏らすことがあれば潜入したままでいる事は出来なくなると考え、粗末な格好をしてゴブリンらしく見えるように変装しておいた。
変装と言っても上を脱いで、腰にボロ布を纏うだけなのだが。
「フッ!」
先ほどから指示を出していた冒険者が、盾に半身を隠しながら距離を詰めて来る。
その踏み込みの速度からB級の中位の冒険者とあたりを付ける。
盾と剣を持っているから、クラスは剣闘士だろうな。
盾と剣の両方に習熟したクラスは騎士と剣闘士があるが、剣闘士は剣に偏重していて騎士は盾に偏重しているのが特徴だ。
『め』によって上がった動体視力が、膝の動きから不自然な体重の移動を捉える。盾を目眩しに剣を振り上げているようだ。
盾を単なる防御手段としてだけでなく、妨害手段として扱う技術はかなり難易度の高い物だ。単純に相手の視野を意識しながら動かなければならないから戦闘中に考える事が増えてしまうのだ。
俺は姿勢を落として、変換した赤魔力を脚部に集める。
そして盾が外れた瞬間には、速度の乗った振り下ろしが現れる。
刃は銀色の光を纏っていて、防御を選択しなかった自分の判断を褒める。
その瞬間に左足に溜めていた力を爆発させると、男の懐に踏み込む。
体重を最大限まで乗せて、左肘を…
「!、ぐぅっ」
鳩尾に叩き込む直前で冒険者が身を捩った事で、脇腹を掠める。
「ちぃ」
剣闘士の男は武技の軌道を修正し、俺の首元を上から断ち切ろうとしている。
畳んでいた左腕を伸ばし、相手の右膝を引っ掛けると風車のように勢いよく回す。
「ぐぉ」
地面から足が離れ、姿勢が大きく崩れたために剣に纏っていた武技の光が散る。
半回転して頭が地面に降りてきたところを蹴り砕こうとしたところで、仲間の盗賊が攻撃を仕掛けて来る。
(まずはこちらが先か)
「!?」
盗賊が突き出してきた短剣に対して、俺は右の掌で受け止めるように差し出す。予想外の行動に戸惑いながらも、俺が咄嗟に顔を守ろうとしているとでも思ったのかそのまま右手を貫く。
「うおっ」
同時に液状化した赤銅の義腕が短剣を飲み込み硬化する。
盗賊の右手を握る形で義腕を固体化させる。
相手が抵抗する間に引っぱると、短剣を突き出す姿勢だった盗賊はこちら側へと倒れ込む。
「——スゥ」
「…っ”こフ」
呼吸に合わせて胸部に蹴りを叩き込む。
通路の壁面に叩きつけられた男は、立ち上がろうとするも満身創痍だ。
見て解るほどに凹み、男の呼吸が異様に浅い。
どうやら肺が圧迫されているらしい。
「(一人目)」
小さく呟く。
このままだと死ぬだろうが、生命力が上昇している冒険者にとっては治療すれば治る程度の物だ。しかし戦闘への復帰はしばらくできないだろう。
「イェリオ!!」
後ろへ下がった剣闘士が盗賊へと声をかける。
「どうして、魔物がアーティファクトを…」
神官の女が呟く。やはり気づくか。
剣闘士が何かに気付いたように目を見開いた後、嫌悪感で顔を歪める。
「そういえば、義手のアーティファクト持ってる冒険者が迷宮都市に居たな」
俺は包帯を巻き直すと、無言で拳を構える。
剣闘士は銀光を体全体に纏うと、剣を大きく構える。
「『スローイング』」
それは盗賊がよく用いる武技だ。
武器や道具を投げつける速度を上げるだけの技。
それをこの場面で使用した事に俺は首を傾ける。
剣闘士は続いて盾をフリスビーのように投げ付けると、負傷した盗賊を肩に担いで退く。
なる程、仲間を助ける為か。
しかし、この程度では足止めにはならない。
俺は投げつけられた剣と盾を弾くと踏み出し…。
「……成った。『
そこで戦闘開始から沈黙を保っていた魔術師の男が初めて声を上げる。
俺はその魔術を発動した事を疑問に思った。
発動したのは第二圏の大した物では無い魔術だったからだ。
しかし、展開された魔術式は十数個。
通路の奥が見通せない程に広く展開されている。
複数の魔術を同時に発動するのは難しい。
単純に右手と左手で同時に文字を書くのが難しいのと同じだ。
しかし、同種の魔術であればその難易度はある程度下がる。
男の狙いは直ぐに分かった。
上から壁が迫り下がる。
俺は慌てて後ろへ飛び退くが、そこでは通路の上下左右から壁が突き出して来ていた。
逃げ場を失った俺は質量の暴力によってそのまま壁の中に飲み込まれる。
◆
「…ぬ」
魔術師のタングストは正面に突き出していた右手を下ろし汗を拭う。
流石に同時展開は疲労が大きかったようだ。
彼が土属性を得意とする魔術師であったことと、使用したのが第二圏の魔術だったお陰であの数の展開が可能となったが、普段の戦闘では時間が掛かるのもあって余り使用したくは無いとタングストは思った。
「仕方無いが、こっちの道は使えそうに無い。戻るか」
シェンツァは仕方無くそう言った。
まさか軍に魔物が潜んでいるとは思わなかったが、賢い魔物ならばそういう事も有り得るのかと直ぐに納得した。
何を目的としていたかは分からないが大方、人間を食べるのが目的だろう、と。
「シェンツァさん、先にイェリオさんの治療をしてもよろしいですか?」
「ああ、そうだった早めに頼む」
「ぉいおい、おれ、を、わすれるな、よ」
自身の存在を忘れられていたイェリオは掠れた声で非難する。
「馬鹿、肺をやられてるんだろ。無茶をするなよ」
「へ、へ」
「クスクス」
「…」
釣られて、ペトラも控えめに笑う。タングストはいつも通り難しい顔で何かを考えている。
戦闘後の弛緩した空気が彼らを包んでいた。
「それじゃあ治療します。『
「?ペトラ……!?」
呪文を唱える直前で言葉が止まったペトラの様子を疑問に思ったシェンツァはそこで初めて彼女の背後に誰かがいることに気付いた。
ゴトリ、とペトラの体が二つに分かれて崩れ落ちる。
金の髪に鮮血のような赤い瞳。
右手に握るのは刃だけが金で他は黒のシンプルなサーベル。
「…二人目」
「お前っ、『剣断ち』か!」
シェンツァは『
一時期、迷宮都市で剣士を相手に戦いを挑む冒険者として話題になった女だ。彼女の剣は名前通り剣を断つ程に鋭い。
彼女が今現れた理由は分からないが、それでも彼らを殺そうとしていることだけは確かだった。
そして、退路を断たれた事も。仕方無くシェンツァは覚悟を決める。
「殺すっ、お前だけは!!」
「そ」
追いすがろうとするシェンツァに対し、音も無く下がったフィーネは、タングストの背後に隠れる。
「むっ」
フィーネの姿を目の前で見失ったタングストが後ろを振り返ろうとした瞬間に、背中を蹴られてシェンツァへと飛び込む。
「!?離れろよ!!」
彼女の狙いに気付いたシェンツァはタングストを受け止める事なく、腹を蹴り飛ばし距離を作る。
「ちっ、三人目」
二人同時に仕留めようと考えていたフィーネは狙いが外れた事を悔しがりながらも、水平にサーベルを薙ぐ。
ズルリとタングストの上半身が崩れ落ちる。
その場で息があるのは、シェンツァの他には瀕死のイェリオだけだ。
シェンツァはゴクリと喉を鳴らす。
「なあ、お前、帝国のスパイなんだろ?」
「…」
彼女は反応を返さない。ただ焦る彼の様子を無感情に眺めているだけだ。
「俺、別に聖国に恩とか無いからそっちに付いても、い、いいぜ?」
「…」
フィーネは反応を返す代わりに、懐から布を取り出すと、サーベルに着いた血を拭い取る。
その反応を好意的な物だと勘違いしたシェンツァはニヤつきながら言葉を紡ぐ。
「俺は聖国の冒険者で信頼されてるからな。俺なら聖国の指揮官だって何人でもやれるぜ、なんなら聖女も——」
「一歩、下がって」
端的なフィーネの言葉にシェンツァは素直に応じる。
「え、ああ、近付くなってことか。分かってるよ、これで良い…がっ!?」
一歩下がったシェンツァの首が誰かに掴まれる。
後ろを見ると、固められた岩の壁の中から赤黒い腕が伸びている。
腕の伸びる穴からは、先ほども見た赤色の魔力が溢れ出している。
「おま、えら、グルか」
首を握る力が増して行く
「——四人目」
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今回の戦果
シェンツァの『うで』
イェリオの『あし』
タングストの『あたま』
ペトラの『こころ』
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