第13話 ウェイリル高原の戦い・地下I
遠くから喧騒と剣戟の音が聞こえる。
ただ、まるで砂嵐が混じっているかのように、それらの音にはノイズが乗っていた。
今は、何をして——
「ゴトー、起きて」
聞き覚えのある声に瞼を上げる。
赤い瞳が俺を見下ろしていた。
そうだ、フィーネと俺はレトナークで地龍に遭遇して、迷宮都市にやって来てそれで——。
そうだ、戦争に来たんだった。
寝起きのような惚けた思考を無理やり動かして、状況を把握しようとする。
見下ろすフィーネの向こうには俺たちが落ちたものと思われる穴があった。高さは二重数メートルは有るだろう。
慌てて起き上がり、周囲を見回す。
どうやら地下の空間は、箱の様に綺麗な形で広がっているのではなく、坑道のように細長く作られた物のようだ。
先が曲がりくねっていて見通しが効かない。
「ゴトー。もしかして聖女に私達の事が気づかれたの?」
「いや、それは無い。そうだとしたら俺達が生きている事はあり得ない筈だからな」
もし俺が聖女で、自分の軍に魔物が紛れ込んでいると知っていたら黄金の騎士を差し向ける筈だ。
そして符は間違い無く帝国軍の設置したものだ。恐らく聖国軍に対する罠。
その罠の存在に気づいた聖女が俺達を含む冒険者大隊を地雷処理に利用したという訳だ。
ただ、罠にしては真上に居た俺達でも死なない程度の怪我しかしていない。
多分、直前に放たれた金の騎士の武技によって不完全な形で発動したと言う事だろう。
やはり、聖女の力は未来予知で確定だろう。
それなら逆に俺達の存在に気付かない理由も気になる。
依代のように知らない人物の未来は見えない、とかか。
「そもそも、未来をどういう形で知覚しているんだ?」
「ゴトー、それよりも今はここから抜け出さないと」
フィーネの声で我に帰る。
取り敢えず聖女達は俺達の存在に気づいて居ないようだ。
今はその情報だけで十分だ。
俺達なら自力で地上に上がる事も出来るだろうが、そうすると帝国軍と戦う事になるだろう。
聖国軍は大隊一つを失ったとは言えそれは寄せ集めの冒険者だけで構成する大隊だ。彼らにとって惜しいものでは無い。
加えて帝国軍の罠を見破った事を合わせると戦況は帝国有利という所か。
そしておあつらえ向きに入り組んだ地下という絶好の環境。
俺は口角を上げる。
「フィーネ」
「ん」
「今からは魔物の時間だ」
俺は指輪を抜いた。
◆
「ちっ、帝国の罠かよ」
B級冒険者のシェンツァは吐き捨てた。
これまでの道程で散々邪魔してくれた帝国軍に仕返しができると、喜び勇んで突撃した結果、まんまと術中にハマってしまった訳だ。
その事に更に怒りを覚えつつも、脱出の為に状況を把握しようとする。
まずからが落ちて来た穴は結構な高さにあり、建物が丸々一つは入りそうな程には深い。
登れない事は無いが、時間がかかる。
もしも地下に帝国兵が潜んでいるのならその隙を突かれてしまうだろう。
「おい!無事か!」
彼は仲間との合流を優先する事にした。
「あいよ、リーダー」
真っ先に答えたのは盗賊のイェリオ。同じパーティの冒険者だ。
「『
魔術師のタングストが洞窟内を魔術で照らしながら応える。
「申し訳ありません。落下の際に足を挫いたようです」
神官のペトラが座り込んだまま声を上げる。
「今は脱出が最優先だ。ペトラは足を治療しろ」
「わかりました。『
万が一仲間が重傷を負っていた時のために魔力を温存していたらしいペトラは自分が最も重い怪我である事を確認すると躊躇いなく白魔術を行使する。
光が彼女の足を包み、腫れ上がっていた足首が瞬く間に正常な状態へと回帰していく。
彼女は腫れ上がって部位を何度か指で押して痛みが無いのを確認すると杖を持って立ち上がった。
「よし、『
シェンツァは亜空間からバックラーと片手剣を取り出すと持ち手を確かめるように握る。
「イェリオ。どっちに進む方が良さそうだ」
「そうだなぁ」
彼らがいるのは曲がりくねった一本道の途中だ。
彼らの選択肢は、進むか、それとも逆方向に進むかの二択。
尋ねられたイェリオは手を耳の横に添えて音に意識を集中させる。
「上が騒がしくて、聞こえ辛いが、こっちの方が静かだな。戦闘を避けたいならこっちだ」
「分かった。今は安全に地上に出る事を考えるぞ」
そう言って、彼らは方針を固めると進み出した。
シェンツァは歩き始めて気づいたが、洞窟内部は全体が焦げ臭かった。
よく見れば所々に紙の燃えかすが散っていた。
「やっぱり地下の空洞は先程の巫術によって出来た物ですかね?それとも元々あった洞窟でしょうか」
「さあな。俺は逆だと思うが」
「逆?」
「巫術の発動のために洞窟を掘ったんだと思うぜ」
「ハッ、帝国ならやりそうだ」
ペトラとシェンツァの会話にイェリオが乱入して来る。
ペトラはイェリオが妙に機嫌が悪いのを不思議に思ったが直ぐにその理由に思い至る。
「アイツらは戦争が大好きだからな。俺の故郷を侵略した時も、街道に爆発する符をばら撒いて補給線をめちゃくちゃにしやがった。お陰で今も安全に歩ける道は少ねえんだよ」
イェリオの目の奥には暗い炎が宿っていた。
彼が戦争に参加したがっていた理由もそこから明らかだった。
「俺は勝ち戦だから、名を上げるために参加しただけだ。イェリオ。お前の独断で仲間を危険に晒したら、許さないからな」
「…あぁ、わかってる」
パーティーリーダーの釘を指す言葉に、先導するイェリオは伏し目がちに答えた。
シェンツァは後ろめたそうな彼の態度に、今後は目を光らせる必要があると感じた。
「む、『
突然、タングストが地面にしゃがみ込み魔術を唱える。
「タングスト、どうかしたか」
彼が使用したのは鉱山などで地中の金属などを調べる魔術だった筈だ。
それを今の状況で使用するのは少し奇妙だった。
「この先に分かれ道がある」
「そんな事まで分かるのか」
タングストはコクリと頷く。
地中にある物質を探るということは地中に物質が無いという事も解るという事だ。
それによってタングストは地下の構造を探ったのである。
しかし、『
「ん?」
イェリオが何かに気づいたように立ち止まる。
「どうした」
「止まれ」
掌をシェンツァの方へ向けて停止を促す。
同時に人差し指を唇の前に立てる。
彼らが立ち止まると、僅かな足音が聞こえて来る。
シェンツァは自分達と同じく地下へと落とされた冒険者かと思ったが、足音が妙に軽い。さらに足音の間隔は小さい。
まるで、子供が歩いているような。
感覚から読み取れる像があまりにも戦場と不釣り合い過ぎて彼らはその違和感を不気味に思った。
ペトラは頬に汗を滲ませながら杖をゆっくりと正面に構える。
やがて、足音の主が『
粗末な腰布と、裸の上半身。
醜い顔と緑色の肌。
「ゴブ、リン。か?」
そこまでだったら普通のゴブリンだが、彼らの目の前にいる魔物はそれだけでは無かった。
なぜか、右腕を包帯の様な布で覆っており、その下の肌の色も分からない程に厚く巻いていた。
逆に左腕はゴブリンとは思えない程に赤黒く変色していた。
「『
タングストが放った火球の魔術はゴブリンの左手の裏拳で弾かれると同時に爆発するが、中からは無傷のゴブリンが現れる。
「こいつ、ただのゴブリンじゃ無い!構えろ」
対するゴブリンも腰を落とし、拳を顔の正面に構える。
その姿勢が魔物にしては余りにも堂に入っている事には、彼らは最後まで違和感を抱く事は無かった。
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