第13話 ウェイリル高原の戦い・地上I

 後方に配置されていた冒険者であるレインは運良く符の爆発を免れたが、その心中には不信感を抱いていた。


 爆発によって地下の空間へと落ちて行った者たちの殆ど、いやその全てが冒険者だったからだ。


(余りにも騎士に被害が少な過ぎる。これでは冒険者は捨て駒そのものじゃ無いか!)


 彼にそれが正解だと告げる事の出来る聖女はその場に居ない。守護騎士が武技を放った後、彼と共に後方へと下がったからだ。


 レインは聖女が指揮官の指示で捨て駒となった冒険者を少しでも救う為に自身の守護騎士に武技を使わせて術の発動を妨害したのだ、と考えているのだが、それは半分正解で半分間違いだ。


 冒険者が指揮官の指示で捨て駒となったのは正解だ。ただし指揮官は聖女である上に、発動直前に武技を放たせたのは術を不完全な形で発動させる事で、そこに使用された符を再利用させない為だ。



 レインがそう思ったのは教会の象徴とも言える人物が人の命を粗末に扱う事は無いだろうという無意識の楽観が原因だった。


 一方のスノウはレインとは逆に状況を正しく認識していたし、冒険者を前方に配置する時点で何かあると勘づいていた。


 しかし、聖女の直ぐそばにいる自分達に被害が及ぶ事は無いと推測していたので、冒険者が地面に飲み込まれて行く様子を悠々と眺めていた。



「早く助けないとっ」

「レイン」


「いや、先に帝国兵を…」

「レイン!しっかりしなさい!!」


 視線をあちこちにやりながら混乱しているレインにスノウが喝を入れる。


「スノウ…済まない」

「貴方がぶれては駄目よ。それに私達は待機を命じられているからどちらにせよ動けないわ」


「このままだと、死ぬかも知れないんだぞ!?」

「"上"は助ける事も考えているかも知れない。それに私達が"上"の意図と外れた行動をする事でもっと大きな被害が出るかも知れない。貴方はそうなったら、責任を取れるの?」



 その言葉にレインは黙り込む。

 こう言えばレインには何も出来ないと分かっていた。

 スノウには聖国軍が冒険者を助ける旨みが有るようには見えないので、戦闘後に余裕があれば助ける位だと予想している。


 ただ今ここで動く事で聖女の守りが薄くなり、聖女が万が一殺されてしまえば、結果的にレイン達が助けられる冒険者よりも多くの被害を引き起こす事は確かだ。



 レインは歯を食いしばって眼前の争いを見つめる。


 聖国軍の前方にできた穴だらけの地面を避けて、残った僅かな冒険者達が右往左往している。


 残った聖国軍の騎士達は中央を避けて回り込み帝国軍へと最短ルートで迫る。



 対する帝国軍は罠を見破られた事に動揺しながらも接敵に備えて、武器スキルを段階的に発動して行く。


 やがて魔術と巫術による主導権の取り合いが始まる。


 しかし、これまでの戦いとは異なり帝国も巫を多く動員している様で、聖国側は攻め切る事ができない。


 それどころか、段々と帝国側が押し返している。


 疑問に思ったレインは帝国兵へと目を凝らす。



 帝国兵達は、刀を持つ明らかな前衛職の者も懐から取り出した四角い紙、符を取り出して魔力で励起してから投げると、それが爆発を引き起こしたり、雷撃を放ったりしている。


「なるほど、符は魔術師で無くても使えるから…」


 符は永久に保存できるという訳では無いがそれでも数年は問題なく使うことができる。戦力の保存ができるという強みは戦争という場で力を発揮する。


「これは、符が尽きるまで耐えるしか…」




「『光旗ブリリアントフラッグ』」



 戦場に澄んだ声が響く。


 聖国軍全てを光が覆って行く。


「聖女様!?」


 てっきり休息を取りに行ったとレインは思っていたのだが、戦況が帝国側に傾いていたので、援護をしたのだろう。


 彼女はいつものように薄い笑みを浮かべて光り輝く旗を地面に突き立てて堂々と佇んでいる。


 しかしその目元は依然として暗い隈が浮かんでいる。



「そこのお二人さん」

「「!?」」


 二人の背後に現れたのは銀色の鎧を着た男だった。顔も兜で隠されている。

 その鎧は聖女の率いる騎士団の物と同じなのだが、その中身は全く異なる。


「しゅ、守護騎士様…?」

「あ〜、流石に分かるか」


 騎士はポリポリと兜を搔く。


「私達は声も聞いておりましたので。見かけだけなら戦うまでそうとは気付かないでしょう。流石に武技を使えば直ぐに分かるでしょうけど」


 スノウが相手の聞きたいであろう事にスラスラと答える。

 守護騎士コウキは俯いて少し考え込むと、


「俺は今から聖女サンの指示で帝国軍の中心へと切り込むつもりだ。どうやら中々の術者が指揮官としてあの中に紛れ込んでいるらしいからな。二人には俺の援護をしてもらいたい」


「聖女様の護衛はどうするんですか?」


 当たり前の質問をレインがする。

 本来彼らの仕事は聖女を守る事だった筈だ。



「今回に限っては寧ろ前に出ないと不利になるんだ」

「それは、どういう…」


「結果的に聖女サンを護ることに繋がるとだけ分かってくれればいい。もしこれで聖女サンが死んでも報酬に変わりは無いからそこは心配しなくても良いからな」

「…分かりました、着いていきます」

「ちょっと!レイン」


 直ぐに承諾したレインをスノウが咎める。


「どちらにせよこの場に俺達がいる意味は無いんだ。これで前に出ても問題無いよな?スノウ」

「〜〜〜分かったわ!行きましょう」



 理由を得たレインはスノウには止められそうに無かった。

 それを察したスノウは諦めて彼に従う事にした。戦闘に本格的に参加すると予め分かっていたならば今は迷宮都市にいるパーティメンバーを引き摺ってでも連れて来たのに、とスノウは歯噛みした。



「それじゃあ、作戦を発射する。俺が切り込む。剣士のあんたが後ろを固める。魔術師の娘が適当にぶっ放して制圧する。以上だ」


 適当なのか信頼されているのかは分からないが、一冒険者がS級に匹敵する守護騎士の連携に合わせられるとは思えないので、適当なくらいの方が気が楽だった。


「余り引き離されるないように、な」


 そう言うと同時にコウキが走り出す。


 それを追ってレインとスノウも走り出す。

 一瞬置いていかれるのかとレインは思ったが、ちょくちょく背後を見てペースを変えながら走っていて、3人の中で最も足の遅いスノウに合わせている事に気付いた。



(S級の割には気が効くなあ)


 思わず失礼な事を考えてしまったが、彼らが知るS級は実力は申し分無いが人格面が致命的な人間ばかりだった。

 彼の中では人格の良さと実力は反比例すると言う仮説を密かに提唱していたが、それもコウキという反例が現れた事で否定されてしまいそうだ。




「くっ」

「あぁあ!?うで、俺のうでえええ!!!!」

「死ね!!死ね!!死ね!!」


 戦場に近付くと血と汗と糞尿の混じり合った臭いと、聞くに耐えない暴言や悲鳴が耳に入り思わずレインは顔を顰める。

 スノウも眉を歪めて視線を僅かに逸らして耐える。



 コウキは右手にロングソード、左手にタワーシールドを構えると、盾を前面に押し出しながら突進する。



「『シールドバッシュ』ッッッッ!!」

「ぐアッ!!」


 彼の武技を受けた帝国兵は戦車に轢かれたように鈍い音と共に身体がひしゃげて突き飛ばされる。


 ボロ雑巾のようになった帝国兵の上を敵味方問わず覆い尽くしていき、直ぐにその姿は見えなくなった



「『シールドバッシュ』!!『シールドバッシュ』!!……バッシュ』!!!『バッシュ』!!!『バッシュ』ゥウウウ!!!」



 次々と武技を連発して道を切り開いて行くコウキ。時々、横からレイン達を狙ってくる帝国兵がいるが、それもレインが静かに切り捨てて行く。



 守護騎士であるコウキがレイン達に何を期待しているのかは分からないが、今更引く事が出来そうもない程奥まで来てしまった。


 周囲に味方の姿は無い。


 彼らが生き残る道は指揮官を獲る事だけだ。


 レインは覚悟を決めて剣を握りしめた。

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