第12話 ウェイリル高原の戦い・開戦
翌朝、冒険者を含む聖国軍はクマヤマ砦を発った。
砦を出ると、直ぐに森へと入る。ここら辺は帝国領と言えども人の手が入っていないのか、道は馬車二台も通れない程の狭さだった。
「鬱陶しいな」
時折り顔に当たりそうな枝をアーティファクトの短剣で叩き落とす。
良い加減面倒なので道の中央を歩きたいのだが行軍の隊列を乱した冒険者には先程から怒声が浴びせられていて、とても動けそうに無い。
そして更に鬱陶しいのが……。
「出たぞ、帝国軍の斥候だ!!」
「捕まえろ!!!!」
「死に去らせオラァ!!」
「あぁあぁあ"!!!!うるせえ!!!」
「ハーハッハッハッハ!!!こっちだぞ!!」
カンカンと金属同士をぶつけて大きな音を出しながらこちらを煽る帝国兵の声が森に響く。
二日目の昼頃から嫌がらせを行う帝国兵が現れるようになった。
間違い無くこちらの精神を疲弊させる事が目的だろうが、これを行なっている帝国兵が素早く、未だ野放しとなっている。
休憩毎に音を鳴らされる上に、夜であってもこのハラスメント攻撃が行われ、多くの兵士、特に冒険者達は殺気立ってきている。
その上に窮屈な隊列と変わり映えのしない森の景色が俺達にストレスをジリジリと与えて来る。
聖国軍も馬鹿では無いので、夜は陣を広く展開する事で相手の嫌がらせを防ごうとしたが、今度は遠くから爆発する符を巻きつけた槍を投げて来た。
帝国軍の意地でも睡眠を妨害する執念に、それを見た俺も思わず感心してしまった。
一方の俺は吸収した『あたま』の影響か、少ない睡眠でも活動には問題無かった。
逆にフィーネは毛布を頭の上に重ねて音を遮断しようと苦心していた。
嫌がらせが始まって三日辺りから目に見えて兵士たちの疲労が現れて来て、夜には乱闘が起こるようになった。
◆
聖国軍の乱闘騒ぎを受けて、彼らの指揮官達は会議のために天幕へと集まっていた。
「聖女様!冒険者の間では不満が溜まっております。このままでは…」
「ええ、分かっています」
「私は対策を聞いてっ…!」
ここに集まる騎士の中でも一際若い男が、聖女に詰め寄ると、彼女の背後に立つ金の鎧の騎士が一歩前に出る。
「それ以上聖女サマに近づいてはいけないぜ」
「ぐっ」
柔らかい物腰の言葉でありながら、レベルという絶対的な力を背景にしたそれは詰め寄った男にとっては脅しであった。
「も、申し訳ありません」
「良いのです」
一度は頭に血が上っていた指揮官の男も、冷静になり聖女へ素直に謝罪する。
謝罪を受け入れた聖女は指揮官達へ告げる。
「夜は私の騎士達の一部を警戒に回しましょう。それで、夜の間はマシになるでしょう。ただ、移動中に関しては道が狭く、隊列全体を警戒するというのは…少し難しいですね」
希望の聖女が言う『私の騎士達』とは彼女に侍る銀色の鎧を着た騎士達の事だ。
他の聖女とは異なり表立って動くことが多い彼女には、彼女の指示によって動く直属の騎士団が存在している。
「いえっ、夜だけでも十分です。聖女様を煩わせてしまい誠に不甲斐ない限りです……」
「これは教会にとっても一大事です。となれば力を尽くす事に否やはありません」
指揮官達の中でも年嵩の男は恐縮した様子である。
聖女はその場にいる指揮官達を見回すと少し大きな声で鼓舞する。
「ウェイリル高原へ入れば後は見通しの良い街道だけです。帝国による妨害もそこで途絶える筈です。心を乱されてはなりませんよ」
希望の聖女は穏やかな表情で言った。
◆
指揮官達が去った天幕には、希望の聖女ウルルと悔恨の聖女ルオラの姿があった。
「流石、希望の聖女様。素晴らしい采配ですわ。それにわたくし、希望の聖女様の凛々しい横顔に思わず見惚れてしまいましたわ!!」
「…ふふ、何だか照れ臭いですね。ルオラ様もいずれ騎士達を率いる立場になるでしょうから、勉強になれば嬉しいです」
自慢の紫のドリルロールを跳ねさせて悔恨の聖女ルオラがもう一人の聖女を持ち上げる。
一方の希望の聖女も目の前に興奮している後輩を微笑ましい様子で眺めている。
「希望の聖女様の騎士達を動かすと仰っていましたが、何名動かすつもりですの?」
ルオラは無邪気な表情を作りながら尋ねた。
「ん〜、そうですね。半分程です」
今思い付いたようにウルルは返す。
聖女になって一年も経っていないルオラは経験値では希望の聖女に遠く及ばないが、彼女の持つ権能は希望の聖女よりもよっぽど戦闘向きである。
いずれは表で動く立場になるだろう。
そのためには、白魔術の鍛錬のサボり癖や自己顕示欲の強い性格など直すべきところが目立つ。
それに、と希望の聖女はルオラの青色の瞳を覗く。
ルオラの瞳の奥にはギラギラとした光が宿っている。
貴族社会で生まれ育ったせいか、権力、権威への執着が強く、長い物に巻かれすぎる所があるのは少し減点かも知れない、と彼女はニコニコとした笑顔のまま心の中で呟いた。
◆
帝国軍からの嫌がらせが唐突に無くなった。
どうやら聖国軍の方で何らかの対策を行ったらしい。
そしてその対策の内容は直ぐに分かった。
夜、冒険者たちの夜営場所に銀の騎士を見かけるようになったからだ。
そして、冒険者達が騒ぎを起こした瞬間にそれを鎮圧するようになった。
お陰で騒ぎが広がることは少なくなったが、上から押さえつけられるようなやり方に、冒険者達は不満が溜まっていった。
◆
遂に聖国軍の手はウェイリル高原まで及んだ。
俺たちが落としたクマヤマ砦とは別の砦を落とした聖国軍の部隊が合流し、その数は二万近くまで膨れ上がった。
森の中に切り拓かれた街道を抜けると、所々土の色が見える平地へと入った。
おそらくこの場所で戦が行われたのだろうと分かるほどには破壊の痕が残っていた。
本来であれば俺たち冒険者は聖国軍の左翼を担当することになるが、今回は直前で正面に配置を変えられる事になった。
そのため、高原には他の騎士達よりも早く辿り着いたのだった。
既に向こうには帝国軍が布陣している。
一方のこちらの冒険者大体は連日のハラスメント攻撃の所為と騎士達による抑圧により目が血走っている。
「ゴトー、少し…妙だよ。なんか分かんないが、危なそうな感じがするよ。気をつけな」
ローザが忠告してくる。
俺も同感だった。こちらに睨みを効かせる帝国軍に鬼気迫る感じが無い。
それでいながら、何かを見逃しているような、致命的な失敗をしたかのような、そんな感覚。
何だ、何を見落としている。
口元を左手で覆い思考を巡らせる。
隣のフィーネを見る。
「?なに」
彼女は気付いていない。
何だ。
ふと、ヒントを探すように、背後に視線をやる。
俺たち冒険者の部隊と騎士達の部隊の間に彼らは居た。
多数の銀の騎士と、彼らの先頭に金の騎士の姿。
彼らに守られる希望の聖女の姿。
そして彼女の隣には、これまで見覚えの無い少女の姿があったが、それよりも俺は希望の聖女の様子が気になった。
隈が深く、疲労しているように見えた。
帝国からの嫌がらせは止み、睡眠が取れないという事もない筈なのに。
まるで、全ての仕事を終えた後のような…。
「!」
全ての糸が繋がる。
直前での配置の変更、引き気味な帝国軍の配置。
「進めええええええええ!!!!!!」
「「「「「「おおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」
冒険者たちが鬱憤を吐き出すように雄叫びを上げながら高原を進む。
彼らは愚かにも戦利品を一番に得られると喜び勇んで突き進んでいく。
俺が率いる小隊の冒険者達もそれに引っ張られるように突き進む。
「ゴトー?」
フィーネが俺の異変を感じて様子を伺って来る。
「進むな。罠だ」
同時に、地下で莫大な魔力が蠢いた。
これほどの魔力を感じたのは地龍の時……いや、それよりも大きい。
その範囲は丁度騎士達の寸前にまで及んでいた。
逃げることすら間に合わない。
「『
その瞬間、俺たちの間を斬撃が駆け抜ける。
地面にできた大きな切れ目から地下に巨大な空間が見えた。
そこには蠢いた魔力の源と思われる活性化した符が地下全体にびっしりと張り巡らされていた。それらがバチバチと異音を立てる。
符の文字が眩く光る。
輝きが限界に達した瞬間、全ての符が連鎖して爆発した。
俺たち冒険者を光と音が塗りつぶした。
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