第11話 目を閉じた

 俺が騎士に仕込みをしていると、森の奥から人影が現れる。


「ゴトー」


 魔物の血液が僅かに滴る金のラインが入ったサーベルを片手に現れたフィーネは、懐から布切れを取り出し、刀身を拭うと、それを鞘に納める。


「言われた通り、森の中で強そうな魔物を斬ってきた」


 彼女はムッとした表情を浮かべて言った。

 自分が森の中を駆けずって魔物を探している間、俺が騎士を待って殆ど動かずに居たのが不満な様だ。


「仕方が無い。フィーネの方が探知が得意だからな」


 声を使うバンシーという魔物の性質か、彼女は耳が良い。俺が闇雲に探すよりも遥かに効率よく魔物を見つける事ができる。


「……まあ、そう、だけど」


「…あ、血を拭いた布は捨てるなよ」


 俺は思い出したように指摘した。


「これ?」


 フィーネは刀身を拭った布をヒラヒラとさせる。

 流石にそのまま持ち歩くのも臭いが気になるかよな…。


「『闇納ストレージ』。ここに入れてくれ。俺の方で処分する」


 なるべく俺達がこの時間にここに居たと言う証拠は消しておきたい。


 俺を中心に広がる影に向かって布が落明日とそのまま地面へと沈み込んで行く。


「ん、便利ね」


 フィーネが感心しながら消えていく影を眺める。

 確かに俺が習得した呪術の中では最も使用頻度が高いかもしれない。


 スキルの空間収納と違って内容物の出し入れに時間がかかるのが欠点だが何よりゴブリンでも使用できるのが良い。



 ここ二、三年の間で幾つか手札を増やそうと呪術に手を伸ばしたがまともに使えるのは『送憶ギフトメモリ』などの様に格下相手にしか通用しないものばかりだった。



 自分を鍛えるよりもアーティファクトを利用する方が早いと気付いてからは、赤銅義腕のアーティファクトに短剣を仕込む他にも幾つかの小技を用意している。



「ふぁ…。そろそろ戻らない?」


「あぁ、流石に眠いからな」



 フィーネが欠伸を噛み殺してそう言った。

 後何人か追加で騎士を傀儡にしたかったが、どうやら現時刻の警備は大体取り込んだらしく、続けるなら交代まで待たないといけないようだ。

 それは面倒だったのでここらで切り上げることに決めた。



 顔パスで入り口を通過すると、食堂へ続く廊下を歩く。冒険者に与えられた部屋に行くには食堂を通った方が早い。



 廊下に響く足音は一人分、俺の物だけだ。


 しかし勿論俺の隣には姿勢良く歩くフィーネの姿がある。


 これは彼女の履いている『闇踏』と呼ばれるブーツのアーティファクトの効果だ。



 足音を消すだけだが、不意打ちには最適だ。

 靴型のアーティファクトは他にもあったが、彼女が気に入ったのがそれだったらしい。


 彼女の成長は俺の様に小技ばかりを身に付けるのでは無い堅実な物だった。


 人間と違ってスキルを持っている訳では無いので数字としては表せないが、剣技の成長が目覚ましい。


 前々から凄まじく速い斬撃だと思っていたが、最近は複数の斬撃が同時に放たれる様になる程速くなっている。

 ファンタジーじみた世界だとは思っていたが、俺と彼女とでは異なるフィクションの世界を生きているらしい。


 後は、他の冒険者などの剣術を見よう見まねで盗み、自身の剣技を剣術として体系化していた。


 実は俺はその剣術に関して彼女から教えてもらった事は有るが、俺だと呪術で筋力を上げて直接殴る方が効率が良いので多分使う事はない。



 ちなみに俺も彼女も身体は三年間の間で全く成長していない。


 一応成人している様に見える彼女は兎も角、どう見ても子供にしか見えない俺が成長しないのは流石におかしいので、この戦争が終わったら身分を捨てて、一度行方をくらます予定だ。

 今度は王国にでも行こうか。




 そして食堂へ入ると同時に、この経路を選んだ事を俺は後悔した。


「「「「ギャハハハハハ!!!」」」」


 どうやら冒険者達が酒場代わりにしていた様だ。樽を椅子代わりにしながらただただアルコールを胃に流し込んでいる。

 まるで止まると死んでしまうマグロの様だと俺は思った。シラフだともしかすると死ぬのかも知れない。


 ……いや、戦争をしているのだから死んでもおかしく無いのか。


 冒険者達も戦争を前にして勇しく居られる者もいればそうで無い者もいると言う事だろう。



 まあ、それにしても冒険者の飲酒は大分激しい。

 恐らくステータスによる強化の影響だ。

 熟練した冒険者は毒も克服すると言うが、どうやら酒精の分解にも関わっているらしい。

 その為高い度数の酒を大量に飲まないと酔うことができない。


 B級に入る頃には普通の酒では酔えなくなるらしいので此処にいる冒険者はそれ程の者では無いのだろう。



 俺達は床に転がる冒険者の上を跨ぐと彼等の間を通り抜ける。


 このまま何も無く食堂を抜けたかったが、俺の嫌な予感は的中してしまう。


「なあ」


 正面に男が立つ。

 見上げると細身の男が立っていた。


 耳にはピアスが夥しい数ぶら下がっており、寝る時に不便そうだ、と馬鹿なことを考えてしまった。


「おねーさん!お酌してくれないかな?」


 男は目を細めて陽気な声で尋ねてくる。

 どうやら正面に居るはずの俺の姿は見えてないらしい。


「…邪魔、退いて」


「良いじゃん皆んなで騒ごうよ。俺達酒持ってきてるし」


 な!と男が後ろを振り返って手を挙げると少し離れた所にいる冒険者が酒瓶とグラスを掲げて応える。


 フィーネは嫌悪感を隠さずに断るが男にとってはそんな反応は慣れているのだろう。



「あぁ、もしかして眠い感じ?なんなら良いベッドも持ってきてるから使っていーよ」


 随分としつこい輩に言葉を交わした事が失敗だったと悟ったフィーネはそのまま彼の横をと通り過ぎようとする。


 しかし、男が前を塞ぎ、フィーネの左手を握る。


「まじでさ」


 少し低い声で男は告げる。

 それにフィーネがピクリと反応した瞬間、俺は行動に移る。


 そこそこの力を込めてローキックを膝の辺りに打ち込む。




「ぎょべっ」


 半回転した男が地面に頭をぶつけて意識を飛ばす。


 同時にハラリと髪が数本その場に落ちる。


「フィーネ、さっさと行くぞ」


「ん」


 フィーネは少し低い声で応える。

 俺は右手を掴んで彼女を引っ張って行く。


 一瞬静まり返った室内だが、直ぐにその視線は酒へと戻って行く。



「はあ」


 食堂から出るとため息が溢れた。


「あんな所で殺したらバレるだろ?」

「殺すつもりは無かった。精々腕か脚の一本くらい…」


「いや、思いっ切り首の一本を狙ってたよな。そもそもあの場で血を流すのは不味い」

「…そ」



 フィーネは視線を逸らす。

 表情が消え、今の彼女は機嫌が悪そうに見えるが実際は少し落ち込んでいるのだ。


 どうやら殺すと面倒とは知りつつ衝動的に動いてしまったらしい。


 それに気づいた俺は意味のない説教を終える。


 部屋に戻るとそのまま寝る支度を始める。


 部屋は冒険者のランクによって個室だったり、雑魚寝だったりと異なるようだが俺たちはB級なのでパーティ毎に部屋が与えられた。


 中には二つのベッドが並んで置いてあり、入り口の近くには燭台が懸けてあるだけ。


 俺とフィーネは月の光を頼りに着替えを済ませると、それぞれのベッドに横になる。



「……」


「……」





 ◆




 何となく視線を感じて目が覚める。


 視界に映る月の高さから眠りに就いてからまだそれほど時間が経っていないことは分かった。



 次に、背中に温度を感じる。



「……」



 俺の背後、触れないくらいの距離にフィーネがいるようだ。


 わずかに上着が引っ張られている感触があるので、裾を掴まれているのだろう。



 彼女は正気の間は俺に触れようとすることは無かったから、彼女の行動は意外だった。

 まあ、俺に数分以上触れていると『擬似人格』に切り替わってしまうので、迂闊に触ることができないのもある。



 戦争に触れて気が昂ったのか、それとも次の戦いを前に不安なのかは分からないが、図太そうな彼女でも、戦争に大して平静では居られなかったようだ。




 何か言葉をかけるか………。



(そんな資格なんて、無いだろう。俺には)



 誰かを護ることすら出来ない俺に、誰かを救おうと手を伸ばす余裕なんて無い。



 だから、俺は気づかないフリをして目を閉じた。

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