第9話 ウェイリル高原前


「ゴトー、元気にしてたか?」



砦の食堂で夕食を摂っていると、男に話しかけられる。

口元に運んでいた匙を止めて男の方に目をやると、見覚えのある青髪の優男が俺に向かって手を上げていた。


「ん?…ああ、レインか。お前こそ聖女とは話せたのか?」


確か、こいつは聖女が出した依頼を受けて護衛だか警護だかを任されていたはずだ。


「砦での戦闘の前に少しだけ、な。どうやら、聖女様は俺たちの戦力をそれ程頼りにはしてないらしい。それなのに依頼を出すなんて、少し奇妙だが……偉い立場の人はそういうものだと俺は思うよ」


「そんなものか。……そう言えば、聖女の部隊は砦の中央に攻め込んでいたな。『噴火イラプション』の魔術が端からも見えたが、大丈夫だったのか?」


レインが俺の言葉に少し口角を上げる。


「ああ、あれな。実はスノウの魔術なんだ!」


どうやら、自分のパーティメンバーの自慢がしたいらしかった。

実際、俺は酷く驚いた。


「もう第五圏の魔術が使えるのか!?」

「…まあ、スノウはああ見えて魔術士としての才は抜きんでてるからな」


 レインが頬を掻く。照れているが少し誇らしげだ。

 俺の印象ではスノウはギリギリA級、レインより少し劣る実力だと思っていたので、第四圏が限界かと思っていた。


 第五圏と言えば、『落星メテオ』と言われる魔術が存在する。

 その名前から俺が思い浮かべるのは当然、地龍の降らした隕石だ。


 流石にあれ程の威力は無いが小さな村なら一発で吹き飛ばす位の威力はあるらしい。


 つまり、戦略級に足を踏み入れていると言う訳だ。

 

 まあ、発動できる魔術の規模だけが術士の実力を表す訳では無いが、実際の戦闘で使用できるなら十分使いこなしていると言えるだろう。


「ゴトーの方こそ、かなり目立ったらしいじゃないか。周りの騎士達が噂してたぞ、一番に砦の中へ踏み込んだ冒険者だって」


俺が砦へと飛び乗る姿を見ていたのだろう。


「成り行きだな。俺は他の奴らよりも身体の丈夫さには自信があったからな」


「それでも、あの状況下で突出するのは簡単じゃないよ」


「そう、かもな」


俺は水を飲み込みながら頷いた。

会話が途切れた所で食堂に騎士が駆け込んで来た。食堂内部を見渡すと、声を張り上げる。



「冒険者ゴトーはいるか!」


どうやら、俺を探している様だ。

レインに目を向けると、『食器は俺が片付けておく』とジェスチャーで伝えてきたので、小さく『すまない』と言って、俺を呼んでいた騎士へと駆け寄る。



「俺がゴトーです」

「お前が……いや、これよりウェイリル高原での戦略会議に参加してもらう。良いな?」


俺は黙って頷いた。




砦の中で冒険者たちが与えられた区画とは反対側を騎士達は使用していた。立場が違うから特に文句は無いが、やはり彼らの方が俺たちよりも広く部屋を与えられている様だった。

その代わり俺達には戦利品を自分の物とする権利が保障されている訳だな。


騎士の後ろに付いて歩いていくと、やがて一際大きな扉にたどり着いた。どうやらここが目的地の様だ。騎士が左にズレると顎で扉の先を指す。



少し重い扉を開くと、数人の騎士達が俺に向かって目を向ける。

そこに乗る感情はお世辞にも好意的とは言えない。ただ俺の姿を見て、子供だと侮る物は無かった。


ジェニスュンの様な騎士は意外と少ないのかも知れない、残念だ。



俺の後にも数人の騎士が来た後で、一方的な通達が始まる。

初めに発言をしたのは、俺を小隊長に任じたミーン・ゴールデンだ。


「ふむ。全員揃ったな。それでは今から戦略会議にて決定した事項を伝えるが…その前に」


ミーンは俺へと目を向ける。


「既に小隊長のジェニスュンが聖国へと帰還し、代わりが入った事は多くの者は知っているだろう。これからは彼、ゴトーがジェニスュンの部隊を率いる事となる。覚えておけ」


「「「はっ!」」」


その瞬間から俺に対する怪訝な視線は消え失せる。俺は今度こそ驚かされた。

聖国という宗教の下の国家という特徴と、200年近く続いてきたという歴史から、その中身は少なからず腐っていると思っていた。


しかし、魔物が蔓延るこの世界では実力を伴わない、他者を圧迫するだけの無能は正しく淘汰されてしまうのだろう。



「良し。ではまず帝国の布陣だ、ウェイリル高原の向こう側にて帝国軍は広く陣を張っている。砦の時とは違い、向こうも本気だ」


そう言ってミーンは少し眉を緩める。


「とはいえ前回とやる事は変わらない。戦端を守護騎士様が開き、聖女様の援護を受けた歩兵が攻める。我らの配置は前回と同じく——







「聖国、今回は珍しく、本気の様っすな」


「それは聖女が現れた時点で分かりきった事でしょう?良いからさっさと符を作りなさいな」


「へい、すいやせん」


望遠鏡を覗いていた男は長髪の女に叱られると、申し訳程度の謝罪と共に堀の淵から顔を引っ込める。


「でも、エンム様。火爆符はこれ以上要らないと言ってましたっすよね?」


男は口を尖らせて拗ねた様に言った


「あれは個人で使う分では無いわ」


「え?それじゃあ今作らなかったら?」


「あなた達は丸腰で戦うことになるわね」


「なっ、侍や衛士はまだしも俺らみたいな巫は戦えないっすよ」


彼が言うことは半分正しく半分間違っている。符が無ければ彼らの戦力が下がることは確かだが、それは即座に巫術を発動出来なくなるからであり、魔術士と同じく前衛の存在があれば十分以上に戦力になる。


「だから今作って良いと言ってるでしょう?」


「そんなご無体な…」


だが熟練した巫にとって符は当たり前に携帯する物なので無いと落ち着かないのだ。


どんな良い剣も鞘が無いと扱いに困るのと似ているかもしれない。



「それに、用意した策が上手く嵌れば、交戦する事もなくこの戦は終わるでしょうし」


女は扇子をピシャリと閉じた。


帝国の巫術の真髄は大規模な術にこそある。

魔術がどれだけ優れようとも、その力は個人が、その瞬間に出せる限界を超えることは無い。

しかし巫術は符という外付けの機構を用意することで、その規模も、緻密さも個人の枠を超えて運用することができる。


紙に陣を施し魔力を込めれば後は引き金を引くだけ。


つまり術の対価を予め支払うことができる。




そう、予期できる筈が無いのだ。


帝国が何十年もかけて、高原の地下そのものを土台にした巨大な陣を既に敷いてあることなど——。












「あぁ、成る程。そんな策を」


——未来を知らなければ。

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