第8話 オクシタ砦
「何か用でしょうか?」
「君がゴトー、だったか?私は中隊長を務める騎士、ミーン・ゴールデンだ」
聖国の兵士の一人に呼び出されて、次の作戦の話でもあるのかと思っていたがどうやら違うようだ。
呼び出したのもジェニスュンでは無いようだし、彼とは違って厳格で真面目そうな騎士なので思わず背筋が伸びてしまう。
「あぁ、楽にしてくれて構わない。君が何かをしでかした事を叱る訳では無い。むしろ、褒め称えたいくらいだ。君が一番に砦の上に辿り着いたのは私からも見えていたからな」
「恐縮です」
「ふむ、それも踏まえて相談なのだが、班長では無く小隊長として隊を率いて欲しい」
「?ジェニスュン小隊長はどうされたのですか?」
確か、戦闘が終わったときには生き残っていた筈だ。
負傷も見た所無かった気がする。
ミーン中隊長は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「そう、だな。彼は負傷した為、後方へと下がる事となった」
「はぁ、そうですか。……負傷、ですか?」
彼の話した内容はそのような顔になるほどの物では無いと一瞬考えたが、この世界において後方へ送らざるを得ない程の負傷というのは中々無い事に気付いた。
二階級特進をプレゼント出来ないで残念だ。
「そうだ。負傷だ」
「そうですか……それで、小隊長ですか?」
俺は遠回しにその負傷の内容を尋ねたのだが、彼はわざと察しの悪い返答を返す。答えるつもりは無いらしい。何となく事情は分かった。
俺の興味が他に移ったのに中隊長は安堵する。
「調べた所、君の小隊の中で最も階級の高い冒険者は君のようだから、問題は無いのだろう。実力も先の戦闘を見れば問題は無いと私は見ている」
「聖国の騎士様が率いられる方が反発は少ないのでは無いですか」
「かもしれないな。だが、冒険者を率いるのは冒険者の方が下との反発は少ないだろう」
俺としては
それに役割を与えられてしまうと自由に動けなくなってしまう。
「俺のような外見だと、冒険者に侮られる事が多いので下からの反発は多い筈です」
「そうか?他の冒険者にも私が直接聞き取りを行ったが、君が小隊長になる事に反対の者は見られなかったので問題は無い」
それは、中隊長が直接聞いたらそう答えるしかないだろ。
バカ真面目というか気が回らないというか…。
生真面目なのは嫌いでは無いが、この場においては非常に困る。
「…わかりました。小隊長の任を務めさせていただきます」
「むん、助かる。もちろんその分報酬は上乗せさせてもらう」
これ以上反論するのも怪しまれそうなので了承する。
戦略について知りうる立場になったと思えば良いか。
———————————————
同時刻。
ここはゴトー達のいるクマヤマ砦から北に向かった所にあるオクシタ砦。
その真正面には、一人の男が立っていた。
「打て打て!……!?……何だこいつはっ!」
「待て、なんかおかしいぞ。こいつ全く効いてない!!」
男は眼鏡と黒地のスーツにネクタイ、そして右手と左手それぞれに戦斧を握っていた。彼の痩躯だと持つ事すらままならなそうな程の巨大な戦斧を彼は力む様子すらなく握っていた。
男は矢による射撃と、巫術による砲撃を集中的に食らっているが、その全てが彼のスーツによって弾かれる。
「
余りに男が動じないために、帝国兵達はそれが特殊な力による物だと当たりをつける。
しかし、その現象は彼が特殊な力を持っているからではなく、単に彼が強靭であるという、それだけの理由で起きていた。
「ふむ」
男が声を上げると、その両腕から銀光が溢れ出す。
双つの戦斧に注がれた魔力が、眩しい程の光を放つ。
ここで初めて、帝国兵達は彼が特殊な力を使っていた訳では無いと分かった。
「ふむ、思ったより小さいのですね」
視線を右に左にと動かして、砦全体を見廻しながら呟く。
彼にとっては降り注ぐ弓も弾丸も、少し大きな雨粒に過ぎない。
寧ろ体が濡れることがないだけこちらの方がマシだと感じていた。
「ルオラ様は中央だけを潰せと仰っていましたが……」
男は腰を深く落とす。両腕を正面で交差させるように戦斧を構える。
「『ツインクラッシュ』」
巨大な二つの斬撃が彼を中心に広がって行く。
最も彼に近い砦の正面は、武技の発動とほぼ同時に十字の切れ目を作りその数瞬後には向こう側まで貫通した。
残った両端も、ほぼ全ての部屋が外から見えるようになり、既に砦とは言えない状態になってしまっていた。
砦の被害に比べて兵士の被害が少ないことから、砦はその役割を十分に全うしたと言えるだろう。
しかし、そのほとんどは砦という庇護を失い、ある意味丸裸の状態で聖国軍の前に晒される事となった。
「す、す、進めぇええええ!!!」
既に全滅と言って問題無い状態に、戸惑った聖国の指揮官だが、最低限の役目を果たすべく、軍を進める。
「ふむ」
男はその被害に満足したのか、
そして、怯える帝国兵達へ向かって進んで行く。
コツコツと革靴が石畳にぶつかる音が響く。
丁度砦の中央があったあたりで足を止め、周りを見回す。
彼の視線を受けた帝国兵達は刀を手に震えている。
怯えるのは当たり前だ。昨日まで自分が過ごしていた砦を、先ほど瓦礫の塊に変えたのが目の前の男なのだから。
「おや」
「ひ」
視線を受けた兵士は思わず声を漏らした。
しかし、男は彼に向かって真っすぐに歩いて来る。
「……」
「な、何だ!?……っうわあああああ!!」
男のプレッシャーに正気を失った兵士は握った刀をスーツの男へ向かって振るう。そこには彼が積み重ねてきたはずの技は見られず、破れかぶれの一撃だと側から見ても分かるほど拙かった。
スーツの男はその一撃を避ける事なく首元で受け止める。
「…」
「あ」
刀を振るった兵士は自身の手元とスーツの男の顔とを交互に見てやっと状況が認識できたことで逆に思考停止したのか、ピタリと動きを止める。
「驚かしてしまったようですね。申し訳ありません」
「…い、いえ?」
男は兵士に向かって謝罪をすると、右手で肩口に触れる刀を優しく摘み、持ち上げる。
兵士は呆けてされるがままに刀をどける。
兵士にニコリと笑みを返したスーツの男は兵士が元々立っていた場所へと座り込むとそこに落ちていたものを拾い上げる。
それは透明の宝石、大粒のダイヤモンドだった。
おそらく将校の誰かが所持していたアクセサリーの宝石が外れたのだろう。
スーツの男はそれを顔の前まで持ち上げると、おもむろに頬擦りする。
「……ダイヤちゅわん、すりすり」
「「「「……」」」」
帝国兵達の時間が止まる。
余りにもスーツの男の態度が変化したから。
兵士たちは言葉を飲み込んだ。
多分思った通りの言葉を口に出すと、命は無いと思ったから。
そうしている間に、聖国軍がやって来る。
スーツの男はまだ宝石に頬擦りしている。
「い、今のうちに…」
「そう、だな」
聖国軍に捕まれば殺されるのは間違いない。自身の命を守るためにも兵士たちはスーツの男が宝石に気を取られている間に逃走する事にした。
兵士たちはスーツの男の横を通り過ぎる。
その間もまだ、男は頬擦りを繰り返してる。
彼らにとってはその恍惚とした表情は、あまりにも場違いすぎた。
「き…」
「何も言うな、死ぬぞ」
「今は生き残ることだけ考えろ」
後ろ目にスーツの男を見た兵士が何かを口に出そうとするのを他の兵士が器用に小声で説教する。
その後兵士達は口を閉じ、全力で砦から離れて行く。
彼の後に聖国軍がやって来た時には、その場には怪我により逃げ遅れた兵士か、そもそも帰らぬ人となっている者だけが残っていた。
「ミ〜ブ〜サ〜カ〜」
「は!…如何致しましたか、ルオラ様?」
スーツの男、ミブサカはそこでやっと意識を取り戻したのか周囲を見廻し、そこでルオラの姿を捉えたところで彼女が自分を叱った言葉を思い出し、急いで立ち上がり姿勢を正す。
「今更取り繕っても遅いのよ!」
「申し訳ありません。ついつい、宝石に気を取られてしまいました……は!もしかするとこれは、帝国軍の罠——」
「このバカ、そんな訳ないでしょ!!」
何かを言いかけたミブサカの頭に、ルオラは杖の先を全力で叩き込んだ。
そして帝国の国境を守る二つの砦は聖国軍の手によって奪われた。
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なぜか、
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