第6話 クマヤマ砦前の戦い 前編
聖国と帝国の国境は迷宮都市から北へと延びる。
そして、国境の東側に聖国、西側に帝国が位置している。
現在俺たちは国境の南寄りの位置にあるマプラソ砦から出て、クマヤマ砦へと隊を西側へ向かって進めている。
対する帝国は俺たちを迎え撃つようにオクシタ砦にて待ち受けている。
こちらは約一万、向こうは約八千。これはジェニスュンから引き出した情報だ。
俺の知る戦争ならば、砦や城は守備側が有利であり、戦うためには三倍の戦力が必要とされる。しかし、それでも砦を捨てて前進するという事は余程の自信があるのだろう。
そして俺はその自信がどこから来るのかを知っている。
砦から魔術や弓が届かないギリギリの距離で軍の歩みが止まる。
そして、俺たちから見て左側、つまり軍の中央から、二騎の馬が進み出る。
進み出た一人、黄金の鎧を身につけた男が馬から降りると、長剣を構える。
周りを照らすほどの銀光がその刃に集まる頃には、クマヤマ砦の中からザワザワとした兵士たちの喧騒が聞こえてきた。同時に炎の球や雷による攻撃、そして矢がいくつも飛んでくるが、その前に騎士は準備を終えた。
「———————」
以前見た巨大な斬撃が砦を二つに破壊した。
巫術によっていくつも張られたはずの結界は紙切れのように切り裂かれていた。
続けて法衣に身を包んだ女がその錫杖を振りかざす。
その身の回りで強大な力が蠢くのがこの距離でも感じられた。
「『
杖の先に作られた旗が聖国の威光を示すように輝いて俺たちを照らすと、体の底から力が溢れ出してくる。
「これが、聖女の力…」
「まるで輝いてるみたい」
「俺たちには聖女様が付いてるんだ!!」
「今ならなんでもできるぜ!」
口々に聖女の力に感嘆の声が上がる。
同時に強化による副作用で気が大きくなっている物も居るが、それが仕方ないと思えるほどにはその効果は大きい物だった。
「全軍っ!!!!」
光る旗となった杖を聖女が振り上げる。
透き通る様な声はこの距離でも俺たちに鮮明に届いた。アーティファクトでも使ったのかもしれない。
「進めえ!!!!!!!!」
「「「「「「ウォオォオォオオ!!!」」」」」」
振り下ろされた先には目標の砦。
兵も冒険者も砦に向かって攻め込む。
俺たちの役目は砦の内部へ向かう中央の軍隊に攻撃が集中しすぎないように、左側から圧力を掛ける事だ。
昨日言われたように梯子を掛けることを指示されているが実際はそうしなくとも攻撃を惹きつけられれば問題は無い。
人の波に押されてぶつかって、時々転けてしまった人間を踏みつけながら前に進む。
前からは巫術と矢が飛んでくるがこちらも対抗する様に『
後衛の魔術士はこの隊には居ないと思っていたが、もしかすると魔術の使える前衛でも居るのか?
俺は赤銅の義手を盾の形に変えて矢を防御しながら前に走る。
「はぶっ」
隣の男の胸に矢が突き刺さる。
突き立った矢は、スキルの影響で光を纏っていた。
「強力な弓使いがいる!!盾を持つ奴は構えな!!」
ここ最近よく聞いた声が耳に響く。
一応、俺が班長なのだが、訂正するのもややこしいし、俺が言おうとした内容と変わらないので口を閉じる。
聖国側も打たれっぱなしにするつもりは無い様で、土属性の魔術を中心に砦へと攻撃が飛ぶ。
砦の上からこちらを狙う兵士がその攻撃で撃ち落とされる。
こちら側に落ちた兵士は悲惨だろう。
間違い無く圧殺されてしまう。
砦の壁に当たった魔術は良くて、壁を凹ませる程度で地面に落ちていく。
俺は魔術による攻撃は余程のもので無いと思ったが魔術が落ちた先を見て納得した。
土属性の魔術による岩石や石礫が積もっていた。
それは砦の高さを埋め、俺たちが辿り着いた時により早く攻め込める手助けとなっていた。
これが魔術による戦争か。
単純な攻撃力や破壊力だけでは無く、環境を変えて有利に近づけることも重視しているのだ。
時間にして5分も無い行程が、飛び交う射撃によりその何倍にも感じていた。
もうそろそろ砦の前、と言うところでジェニスュンの声が響く。
「梯子を立てろぉおおお!!」
竹の様な、軽く丈夫な木材を使用した簡易な梯子が俺の背後から立ち上がり、そのまま砦の壁面に向かって叩きつけられる。
「燃やせ!兵は撃ち落とせ!」
この距離になると相手の兵士の声も聞こえる。
当たり前の事だが相手方は俺たちが砦に登るのを嫌い、梯子を焼き落とそうとしてくる。
「上れぇえ!!砦の上に上がればこちらの方だ!」
そうやって指示を出す騎士たちだが、その命令は不適切だった。
馬鹿正直に梯子を上ろうとする者は梯子ごと焼かれて後ろの人間を巻き込みながら落ちていく。
それを免れた者も側面からの弓の集中砲火により穴だらけになる。
「登る間は無防備だな」
俺は梯子に手をかける冒険者たちを尻目に砦の壁面に触れる。
赤魔力を纏った貫手で壁面に手指先が刺さる。
「十分だな」
この程度の硬さなら登りながらでも貫けそうだ。
そう予想した俺は貫通した穴に手をかけて飛び上がる。
適当な位置で壁面に指を貫通させて、その穴を利用して速度を付ける。
「おい!壁をそのまま登ってきてる奴がいるぞ」
「なんて出鱈目な…」
「撃ち落とせ!!」
梯子とは違い軌道が制限されないのを活かして、登りながらも右に左に動く事で弓の的を絞らせないように動く。
最後に大きく勢いをつけて飛び上がると、砦の兵士たちを守る前面の壁を越える。
「こいつ、猫かっ」
ゴブリンだ。
小柄な体躯も味方して、一度も矢に当たる事なく砦の上に降り立った。
半円状に兵士たちが俺を囲んでいる。
俺は体から赤魔力を発生させる。
「くっ、『居合』!……ば、馬鹿な」
一人が俺に向かって抜き放った刀を裏拳で叩き折る。同時にその勢いのまま蹴りを返すと、男の胸の骨を砕く感触と共に兵士が吹き飛ぶ。
「!?」
それによって包囲が歪み、俺が付け入る隙ができる。
飛んで行った男の直ぐ横の兵士がそちらに目を取られている間に俺は既に彼の直ぐ目の前まで踏み込んでいた。
「ふっ」
今度は横に兵士を蹴り飛ばす。
同時に赤銅の右腕を変形させてそいつの足首に巻き付けると、俺は兵士をフレイルの鉄球のように勢いをつけて振り回す。
「このガキ、めちゃくちゃだ!!」
「隊長を呼べ!」
逃がさん。俺から逃げるなら命置いてけ。
先ほどまで重りにしていた兵士を振り回す勢いのまま兵の密集しているところへ投げつける。
誰かを呼びに向かおうとした兵士へ向かって赤銅の鞭を伸ばす。
「ヒィ」
足に巻きつき、次はこいつを鉄球代わりに振り回そうと思った所で、斬撃により赤銅の鞭が切られた。
「ちっ」
「何だこいつ、ガキ、か?」
語尾に疑問が付いていたのはおそらく、俺が纏う赤魔力のせいだろう。
血のように粘着質な霧が俺の体を覆っているような状態のため、外からだと細部が見づらくなっているのかもしれない。
現れたのはおそらく隊長と呼ばれた男だろう。
俺の周囲を見渡し、状況を把握したのかその手に剣を構えたままにじり寄ってくる。
「手が空いてる奴は下の聖国兵を攻撃しろ!こいつは俺が仕留める」
「フッ」
呼吸を止めると、一歩で間合いへと踏み込む。
「『燕返し』」
そのまま、貫手を繰り出そうとした所で、相手がカウンターに高速の斬撃を放つ。しかし、高速と言えども十分捉えられる速度だ。
「ぐっ」
直ぐに慣性を殺し、目と鼻の先で斬撃を見送ると、右腕の中に隠していた『黒痺の短剣』を投げる。
左腕でそれを受け止めた隊長だが、アーティファクトの効果によって体の動きが鈍る。
「くそっ」
「はぁっ」
俺の貫手が隊長の心臓を貫いた。
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