第3話 臨界

「すー…ふー…」


 俺は胡座で椅子に座る。呼吸の頻度を落とし、自分の心臓の動きを感じられるほどに、自身の内側へと意識を集中させる。

 いつもは起動させている疑似人格も、今はシャットダウンしている。


「すー…ふー…」


 魔力を回す。

 その魔力に感情を乗せる。静かに怒る、この気持ちだ。


 それを一気に外に出すと、武技の銀色の魔力とは異なる赤色の魔力が体から炎のように揺らめいて現れる。


 俺はこの2年で『怒気アングリィアウラ』を介さずとも、赤魔力を生み出すことができるようになった。


 体に纏った影響で赤魔力に触れて脆くなった木製の椅子が軋んだ音がする。この程度の濃度では崩れる事はないが、念のためにさらに魔力を絞る。


「右腕」


 呟くと同時に、体の周りの赤魔力を操作し右腕へと集める。

 生身と比べると大分難しいが、慣れてきたお陰か右腕以外には少しの赤魔力も存在しない。


 赤銅色の腕は、俺自身の腕ではないためか赤魔力の影響を受ける。

 つまり、赤魔力を高めすぎると脆化により崩れ落ちてしまう。


 液状に戻せば直ぐに形は戻せるが、戦いの最中だと隙になってしまう。


「左腕」


 一方、左腕はこれまでの『赫怒イラ』の行使もあってその影響を受けることが殆ど無い。

 だから、右腕を手に入れたと言っても非力であるため戦闘ではあまり使えない。

 その代わりに武器を仕込むことで手札を増やしている。


 以前シキノを刺した『白毒の短剣』も普段は前腕のところに収納してある。


 左腕に集めた魔力は先ほどよりも揺らぎが少なく、見ただけで統制されていると分かる。


「左手」


 左腕に集めた赤魔力を、さらにその先へと押し込むように集める。

 ここまでくると魔力を動かそうとした時の反発が強くなる。


 ここからは未知の領域だ。



「人差し指」


 少しずつ範囲を狭めていくが、掌の半分を過ぎたところで魔力の動きが止まる。

 まるで手の中に貯めた水を固めるように手応えを感じない。


「すぅ…」


 ここで焦ると一気に魔力は逃げてしまう。

 少しずつ、少しずつで良い。

 親指の魔力を人差し指へと移す。


 無意識に右手が左手の手首を抑えていた。


 そして小指、薬指、中指の魔力を人差し指を支える骨へと移し替えていく。


 最後に全ての赤魔力を人差し指へと押し込む。何かの限界に触れる手応えだ。


 バチッと魔力によって空気が弾ける音がする。


「ぐ…ぅ」


 圧縮した赤魔力が発光して、人差し指がライトで透かしたように赤い光を帯びる。さすがにここまで圧縮すると左手でも赤魔力の影響で崩れ落ちそうになる。


 指先なら頑張れば治せるだろうか。



「ぅ…」


 そのギリギリの状態を保ったまま人差し指の先で、机の上に置いてあったマグカップに触れる。


「!?熱っ」


 全く抵抗無く指が貫通し、驚いた事で圧縮が解けて、溢れた赤魔力が指を傷付ける。

 人差し指を見ると皮膚がズタズタになって血だらけだった。もちろん床にも飛び散っていた。


 どうやら俺の体の限界を超えた赤魔力は俺の身体すら壊し得る様だ。

 ただこの臨界の赤魔力の持つ破壊力は間違い無く武器になると思った。


「あー、タオルタオル」


 治癒の腕輪を装着し、血を拭くためにタオルを探していると、フィーネが寝室から出てくる。


「…?………あ、ゴトー。おはよう」

「おはよう。どうした?反応がおかしいな」


 寝ぼけているようには見えなかったがいつもより酷く反応が遅れていたので不思議に思った。


「そのゴトー、久しぶりに見たから…」

「ああそうか、指輪は外していたな」


 今の俺は赤魔力の影響を受けないように人化の指輪を外したことを忘れていた。


「驚かせたな。直ぐに付ける」

「別に気にしなくて良い。私も気にしないから」


 そう言って、リビングのドアを開けて入って行く。


「そういうものか?」


 ゴブリンの見た目は、俺の前世の感覚から言うと、かなり……個性的な感じだ。

 この世界の人間の美醜の感覚もも俺の感覚からはそれ程ズレている感じは無かったので、彼女の感覚が人からは離れているのだろう。


 そう納得して俺は掃除を再開した。




 ◆




 帝国からの宣戦が行われてから迷宮都市の人口は僅かに減った。

 というのも、ここが戦地になる可能性を察して、一部の商人は安全のために王国へ移動したり、国境付近から離れる様に移動したからだ。


 逆に戦争に参加するためにここにやってきた冒険者や傭兵も居るので、差し引きで少しマイナスといったところだ。


 そして、俺も同じ様に戦争に参加するために毎日ギルドを訪れては依頼や義勇兵の公募がされていないか確認していた。


「ゴトーさん、少し宜しいですか?」

「?…はい、いいですよ」


 馴染みの受付嬢に呼びかけられたゴトーは彼女の後ろをついて個室へと入る。


「そう言えば、フィーネさんとまたパーティを組むそうですね」


 彼女はアホ毛を揺らして嬉しそうに尋ねる。


「ええ、そうですね。やっぱり一人だとできる事が少なくて…」


「私はこうなるんじゃ無いかと思ってましたけどね。ゴトーさん、一人になってから何だか人が変わった様だったので」

「はぁ、そんなに違ってましたか」


 多分それは記憶を弄ってた所為だろうな。

 人間に敵対する記憶が無かったろうから、今よりもフレンドリーだったと思うのだが、それが彼女からすると悲しみの反動の様に見えたのだろうか。



 彼女と向かい合ってソファに座る。


「それでカミアさん。話、というのは?」

「…ゴトーさんに、直接依頼が来るかもしれません」


 俺は首を曲げる。


「かもしれない、というのはまだ依頼は出ていないという事ですか?それなのに依頼が出される事は知っている、と」

「あぁ、そうですね、ん〜」


 カミアは少し悩むそぶりを見せる。言ってはいけない情報があるのだろう。

 俺の情報は念押ししても勝手に漏らすのに、何故そちらのガードは固いのか。俺は治癒の腕輪の時に大声で叫んだ件もまだ許していないのだが。


「ある人からギルドへ信頼できる冒険者を集めたいとお願いがありまして……」

「ほう、ある人っていうのは?」

「えっと、それは……。すみません、申し上げる事は出来ないです」


 だろうな。


「そうですか、それで?」

「ギルドが冒険者を見繕って、その冒険者に対して直接依頼を出すのですが、断られてしまうと向こうからの心象が…」


 なるほど。


「先に見繕った冒険者に対して依頼を受けるか聞いておこうという事ですか」

「そういう事です。詳細をお話しできずにすみません」


 依頼は出ていないため、相手についての情報は提供できない。

 しかし、相手は偉い人のため、断る事すら危ういので先に依頼受託の確認は取っておきたい、と。


「依頼内容は…戦争に関わる事ですか?」

「はい…恐らく」


 偉い人間が出す、戦争に関わる依頼…。

 つまり戦争に出る貴族の配下として戦う感じだろうか。


 もしも依頼者が死ねばどうなるだろうか?罰金などは無いだろうが、相手の貴族によっては因縁を付けられるだろう。


 あぁ、だから先に確認を取っておきたいのだな。


「それは…怖いですね。依頼者が亡くなったらどうなることか…」

「そうですね、私個人としてもあまり薦められないです」


「すみません、この件は断ろうと思います」

「わかりました。候補からは外しておきます」


 個室から出ると別の部屋から出てきた冒険者に遭遇した。


 カミアが声を上げる。


「レイン!」

「居たのか、姉さん」


 俺は二人の顔を見比べる。

 レインとカミアは姉弟だったのか。

 確かに、髪色も同じだし似ていると言えば似ている。


 レインは少し恥ずかしそうにしているが、何かの用事を思い出した様で俺に向き直る。


「ゴトー、この後時間あるか。少し聞きたい事があるんだ」

「ん?特に用事は無いが」



 戦争で帝国と聖国どちらに付くか、とかだろうか。




———————————————




レインとカミアの姉弟設定、既に気付いていた人もいるかもしれません。

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