第2話 悔恨の聖女
「ミブサカ!まだなの!!」
街道を進む集団の中で、馬車の中から一人の少女が叫ぶ声が響く。
周りの集団が余さず鎧や武器を持つ中で、彼女の派手で動きづらそうな服装はあまりにも浮いていた。
まるで、周囲の集団が彼女の護衛であるかのようだが、それはある意味逆と言える。
「まだ、カルモニエロを出て数時間です。一週間は掛かるかと」
馬車の御者をしているスーツ姿の男が、苦笑いしながら馬車の中の少女に予定を告げる。帝国に面する聖国の砦の内、迷宮都市から遠い方のシャンシオカブ砦、それが彼女たちの目的地だった。
彼女たちは、そこへ向かう兵士達と共に、馬車を走らせていた。
これにより途中で現れる魔物などに対して煩わされずに済む。そう言われた彼女はそれで納得したはずだったが、彼女はそのことを忘れてしまったらしい。
「一週間!?わたくし、退屈すぎて死ぬわよ!!」
驚きのあまり少女は馬車と御者席を区切る幕から顔を出して叫ぶ。
彼女の紫色のドリルロールが声に共鳴するように跳ねる。
「ルオラ様。危険ですから、動いている間は馬車の中に……」
「そうして欲しければ、わたくしを楽しませなさいな。ミブサカ」
「はは、これはまた無茶な事を……ああ、本はどうでしょう…
「読まないわ。わたくし、馬車で本を読むと酔ってしまうのよ」
「そうですか、それなら白魔術でも…」
「ミブサカ!それなら、あなたの世界の話を聞かせて」
ミブサカは少し目を見開く。
だがすぐに平静を取り戻す。別に彼の出自など、珍しくはあるが大した秘密ではないからだ。
ミブサカはこの世界に召喚された日の事を思い出す。
彼はそれまでなんの変哲もないサラリーマンだったが、直前まで電車に揺られていた筈だったのに、気づけば魔術式の描かれた地面に裸で横たわっていたのだから。
「…ルオラ様はご存知でしたか」
「当たり前でしょう。まあ、初めて会ったときは知らなかったけれど……」
彼女、ルオラ・ルクスは『悔恨』の聖女である。
彼女が聖女になったのは、彼がこの世界に来てから数年が経ってからの話だ。今回の戦争がある意味彼女の初めての仕事と言えるかも知れない。
「ですが、今私は御者をしていますので……」
「ふぅん、……ほら、これあげるわ」
彼女はミブサカにむけて小さな板状の金属を親指で弾く。
クルクルと回りながら宙を舞うそれを視界の端で捉えたミブサカは目の色が変わる。
「き、金貨!」
「ちょ、ミブサカ!馬車、馬車が」
彼はそれに両手で飛び付き馬車から飛び出した。
御者席から居なくなった彼に驚いたルオラは急いで御者席に座ると、とりあえず手綱を握る。
そのまま馬車は地面で金貨に頬擦りをするミブサカの横を通り過ぎる。
「あ”〜〜〜、金貨ちゅわ”〜ん」
「ミブサカ!?ミブサカ!!早く戻ってきなさいよぉ!!これ、どうすればいいの!?ねえ!!」
ルオラの悲鳴が届いたのかミブサカは正気を取り戻す。
「はっ!…ルオラ様、今戻ります!」
「キャッ、もっと普通に戻って来なさいよ!」
ミブサカは頬擦りの体勢から飛び上がると、ルオラの隣に着地する。
「失礼しました。少々取り乱してしまいました」
「少々?ミブサカ、あなた少々の意味知らないでしょ」
ミブサカの言葉にルオラは怒りのボルテージが上がる。
彼のせいで冷や汗を流したのだ、彼女の怒りはもっともだろう。
「いい加減分別を弁えなさい!人前で恍惚とした表情で痴態を晒すのはおかしいでしょう?」
「おっしゃる通りです」
「いきなり馬車の手綱を手放すなんて従者にあるまじき行いでしょう?」
「全くもってその通りです」
「だから、金貨に飛び付くのはやめなさい」
「…はあ、よくわからないです」
「なんで!それは!分からないのよ!!!」
手綱をぶんぶんと振りながら、ルオラはミブサカを叱りつける。
しばらく進んでいると、これまでのことを思い出してまた怒りが湧いてきた。
「というか、本当あなた、守銭奴ね」
「そんな、私なんてまだまだ…」
「褒めてない。さっきのもだけど、金貨に頬擦りするなんて意味がわからないわ。気持ち悪い」
「恐縮です」
「だから褒めてない。それに、なに、あの……バスタブに金貨満たして裸でそこに入るの、何?意味が分からなさすぎて気持ち悪い通り越して怖いわよ」
「これからも、精進いたし——」
「褒めてねぇっつってんだろ!!!このボケがああああああ
!!!」
ドスの効いた声が澄んだ青空に響く。
「…はぁ。申し訳ありません」
「このっ……」
怒られるのが本当に不思議そうな表情でミブサカは謝ってくる。
その態度に思わず怒りが再燃しかけたが、これ以上怒ってもこの男には響かないと気づいた彼女は怒りを収める。
「わたくし、少し前まで貴族の娘としてお淑やかに暮らしていましたのに……なんで…こんな乱暴な言葉遣いになってしまったの…」
ルオラは額を抑えて嘆く。
彼女は聖女になるまでは、何処かの家に嫁ぎ、その家で子を産んで、時々花を愛でたり、パーティーに参加したりして生きていくのだろうと考えていた。
それが聖女になった途端、これだ。
聖女となったことで将来の不安に苛まれる事は無くなったが、常識人面した変態と二人旅をすることになるとは思わなかった。
「本当に…」
「…そういえば、私の世界のお話をする約束でしたね」
「…もう、そういう気分では」
「そうですか、今日は雷の力を使った馬車の話をしようと思っていたのですが…」
「…ふぅん、話してみなさいな」
「では…その前に、
変態は持っていた金貨を虚空に消すと、咳払いをする。
「そ「その前に」…なんでしょう」
「いつまでわたくしに手綱を握らせるつもりなの?」
ミブサカが戻ってきてから直ぐに彼女が怒っていたので、そのままになっていたが、ルオラが手綱を掴んだままになっていた。
「…お上手です。御者になられては?」
「馬鹿にしてるの?早く代わりなさい。はい」
「申し訳ありません。……それでは仕切り直して、——」
「——なあ、おい。あいつら、誰なんだ」
「ばっか、知らねえのか、ありゃああれだ、貴族だよ」
戦争のために周辺の村々から徴兵された彼らは鎧を渡されて、こうやって街道を歩いていた。
そんな中でルオラ達の叫び声は聞こえていたらしく不審に思った兵士の一人が隣の兵士に尋ねる。どうやら彼らは知り合いのようだった。
「お貴族様が、なんで戦場なんか」
「貴族ってのは手柄たてねぇと、家督を認められねぇんだよ」
「あ〜、そうだったな、命掛けねぇと貴族にはなれないってことか…大変だな」
「いやいや、何も無いのに命かけることになる俺らよりかはマシだろ」
「何も無いってこたあ無いだろ。一応生き残れば数年分の金は手に入るだろ、確か」
「よくよく考えてみろよ、数年っつっても5年分も無いんだぜ?怪我なんてした時には、その後の生活もキツイだろ」
「なるほどなぁ、でも今更どうしようも無いけどな」
「まあな」
初めに声を上げた男がもう一度、先ほどの馬車の方を見る。
楽しそうに御者と話をするルオラの姿が目に入る。
「貴族の女ってのは、身なりに金かけるだけあって…いいな」
「な」
「結婚してぇな」
「な」
隣の男も彼の発言に特に何も考えずに相槌を打つ。
「そういえば、村にもマインちゃんが居るよな」
「…」
その言葉に、隣の男は嫌な予感を覚えた。
「戻る時には金もそこそこあるだろうし…」
「…まさか」
「俺、この戦争から帰ったら…」
「…待て」
「マインちゃんに告白、するんだ」
———————————————
ルオラ・ルクス…『悔恨』の聖女。17歳
ミブサカ トオル(壬生坂 徹)…『悔恨』の聖女の守護騎士。34歳
兵士の男…徴兵され戦争に向かう男。マインちゃんいいなと思っている
隣の男…上の男と同じ村の友人。マインは地雷だと思っている。
後半は今後のストーリーには一切関係ありません。賑やかしです。
次はゴトー視点に戻ります。
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