7歳1ヶ月 第七章 帝聖戦争編
第1話 希望の聖女
「迷宮都市、領主を務めています、アグロード・エブルムです。まさか聖女と呼ばれるお方に生きて2度も合間見える事ができるとは、光栄です」
迷宮都市行政区の中心、領主館には聖女の姿があった。勿論彼女を護衛する役目である守護騎士のコウキもその傍らにはあった。
「こちらこそ、迷宮都市を治めるお方にお会いできて光栄です」
領主の言葉は聖女を敬うものだったが、彼の瞳は彼女を油断無く見据えている。
その理由は帝国からの宣戦が聖国に対して為された事にある。
帝国は迷宮都市に対して、聖国との戦争における協力を要請して来た。迷宮都市の近くに幕を貼り、食糧と武器の修復の支援が主な内容だ。
しかし、これを拒否するならば聖国の前に帝国が相手となるだろうと、半分脅しのような内容だった。
これに肝を冷やした領主だが次の日には今度は聖国の、それも聖女が現れた。
彼の認識では聖女と守護騎士というのは教会が持つ戦力の頂点である。強大な白魔術を行使する聖女と、彼女達の前に立ち塞がる守護騎士の組み合わせはS級の冒険者パーティに匹敵する。
つまり今の彼の状態は、脳天に銃口を突きつけて半分引き金を引かれて弾丸が銃身の半ばまで到達しているようなものだ。
半分死んでいるに等しい。
「実は我々聖国は帝国から宣戦を受けまして、どうやら帝国の目的にはこの都市も含まれているそうではありませんか。そのような宣告は帝国から既に有りましたよね?」
「え、ええ、まあ」
脅しがあったのは事実だが、帝国への協力を引き換えに見逃すという提案があった事は流石に口に出す事はしない。
「此度の戦争は私達にとっても青天の霹靂でした。しかし、幸運にも、私たちはこの都市を救う備えがあるのです。既に近くの砦には聖国の付近の領地から派兵された軍が二万は駐留しております」
アグロードは笑みを浮かべたまま額に汗を流す。青天の霹靂とはまたホラを吹いたものだ。
明らかに動きが早い。帝国からの宣戦よりも前に兵の準備は整っていたのだろう。
アグロードは頭の中でそう毒を吐きながら紅茶をなどに流し込む。
「この軍を以てして、この迷宮都市を保護致しましょう。勿論外からの脅威だけで無く、中からの脅威、治安の維持も私達にお任せください」
聖女は暗に迷宮都市の武力を取り上げるのだと言っている。戦争からの保護にかこつけて、聖国は迷宮都市を手に入れるつもりなのだとアグロードは確信した。
「多少の食糧の供出と冒険者からの徴兵はお願いするかもしれませんが、どうでしょう?聖国に協力していただけませんか?」
兵を並べておいて『協力していただけませんか』など殆ど脅しだ。帝国も聖国も中立など認めないという事だ。どちらか付くしか道は無い。
ふと彼女の斜め後ろに立つ黄金の騎士が目に入る。もしここで断ろうものならばアグロードは彼に切り捨てられるのかも知れない。
カタカタ震える手でカップを机に置く。
眼前の聖女の顔を窺う。
「…」
「?…ふふ」
淑女然とした控えめな笑みを返してくる。
この笑顔の裏に何が隠れているのか、アグロードの経験をしても見通すことはできなかった。
アグロードは諦めて頭を下げる。
「……わかりました。迷宮都市は聖国を支援し聖国の庇護下に入ります」
「それでは聖国の威信を掛けて迷宮都市をお守り致しましょう」
聖女の笑みが変わる事は無かった。
彼が子供の時に見た時と全く同じ、心を覗かせようとしない形だけの笑みだ。
◆
結局、今日の話し合いで聖女が迷宮都市において任された仕事の殆どは済ませてしまった。
もう彼女は迷宮都市を発っても問題は無い。
少し気掛かりなのは迷宮都市の誇るS級冒険者と会えなかった事だ。
どうやら今の時期はまだ迷宮に潜っているらしい。彼らが迷宮に潜る時にはどんなに短くとも1ヶ月は出て来ないらしいので、戦争が始まるまでに会う事を聖女は諦めた。
そして二人は領主の手配した館の一室に居た。
流石に領主が管理する場所なだけあって掃除が行き届いている上に、審美眼に乏しいコウキの目から見ても高級そうな調度品が備えられた部屋は彼にとって酷く居心地が悪かった。
「聖女サマ、今日もやるのか」
希望の聖女、ウルル・フトゥルムに対してその守護騎士であるコウキは問いかける。その表情は明らかに痛ましげだ。
どうやら彼なりに聖女の事を気遣っているらしい。
彼女は椅子に浅く腰掛け、呼吸を整えていた。
「勿論です。今回は少し集中して見ますので、静かにお願いしますね」
「あいよ」
対する聖女は子供を宥める様にコウキに静かにするようにお願いすると、意識を集中させて自身の内側へと魔力を伸ばす。
そして彼女は『神』へと繋がり、その一部を降ろす。彼女が瞼を開く。
金色の瞳は薄く光を帯びていた。
「『
これが彼女が聖女と呼ばれる所以の力、『希望』の力、"未来を見る力"だ。
ただ彼女の力も万能では無い。
人間とは本来、未来を見るようには出来ていない。
未来の情報を人間の脳で解釈できるようにするためには、人間の他の機能を利用することになる。時系列に沿った情報を整理する機能、つまり記憶能力を利用する。
彼女の過去の記憶は現在を中心として、未来の記憶に置き換わる。
そうすることで彼女は過去を思い出すように未来を想起することができるようになる。近い未来はより鮮明に、遠い未来は途切れ途切れに彼女には感じられる。
それでも、彼女にとって大きな出来事は鮮明に想起できる。
例えば、自分の死。
彼女はこの力を使うたびに自分の死を追想する事になる。
まるで、全ての存在にとって平等な時間の領域を侵した罰のように。
「!?」
能力を切った彼女は、自身の胸を抑えて蹲る。
「…っはあ!はあ!……ふう」
「大丈夫か!?聖女サマ」
彼女は自分の胸が塞がっているのを確認して、少し安堵するとコウキの手を支えに椅子に座り直す。
「…っ……はい……大丈夫、です……見苦しいところを、見せて…しまいましたね」
「どう見ても大丈夫には見えないぜ、聖女サン。そんなにキツイのか能力の代償ってのは」
彼女は呼吸を整えると、コウキの疑問に慎重に答える。
「…えぇ、そうですね。未来を見る事の代償と思えば軽いものだと私は思うのですが……」
実際は、自分の死を見てしまう事は能力による効果の範疇であり、能力そのものに代償は存在しないのだが、余計な心配をさせないためにその点については伏せている。
「思ったよりも、今回の戦争は難しいものなのかも知れません」
「え!?聖女が三人と守護騎士が二人だろ?それでも十分じゃないのか?」
「そう…ですね。私が思っているよりも帝国の戦力は手強いもののようです。迷宮から提供される戦力を含めても不十分…ならば、個人で冒険者を雇う事にしましょう」
「冒険者、か。俺はあまり詳しくないが、信用できるのか?」
彼は騎士に囲まれてこれまで生活してきたので、冒険者の仕事を冒険者ギルドに雇われたなんでも屋といったイメージでしか知らない。そして、大抵の冒険者はならず者ばかりだ。酒場などで冒険者が暴れる姿をよく見ていた彼が冒険者を疑うようになるのは必然だろう。
「ふふ、コウキ様は冒険者と仕事をする事はあまり無かったのでしたね。であれば、ギルドに信用できる冒険者を見繕ってもらい、直接依頼を出すことにいたしましょうか」
「それなら、まあ、いいか」
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◆ Tips:聖女 ◆
市政に知られている聖女は『希望』の聖女と『隔絶』の聖女の二人。
それ以外の聖女がいることを知っている者は居るが、全員を知っているものは少ない。
登場した聖女は全部で8人。
『隔絶』の聖女…聖国の首都、聖都を守る結界を張り続けている。非参加。
『悔恨』の聖女…戦争に参加する。比較的戦争向きらしい。
『恭順』の聖女…戦争には向かないため、非参加。
『尊崇』の聖女…戦争には向かないため、非参加。
『情愛』の聖女…どうやら隠遁中らしい。戦争には参加しないと思われる。
『希望』の聖女…表で一番有名な聖女。守護騎士と併せて戦争向き。
『葬魔』の聖女…聖女の中では一番戦争向き?今回の戦争は行けたら行く。
『驕傲』の聖女…王国を一人で抑えるらしい。戦争には非参加。
確実に参加するのは『希望』と『悔恨』。
参加する可能性があるのが『葬魔』。
おそらく参加しないのが『情愛』。
参加しないのは『隔絶』『恭順』『尊崇』『驕傲』。
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