第14話 六章リザルト:答え合わせ


 俺はキノクラが居た場所に転がり落ちた刀のアーティファクトと術を保存する魔留玉を拾い上げる。

 収納の呪術の為に魔力を回す。

 

「『闇納ストレージ』」


 闇の中に刀と球を沈み込ませる。

 後には何も無いまっさらな地面だけが残った。


 俺はいるだろうと直感して壁に向かって言葉を投げる。


「フィーネ、いるか」

「ん」



 気づくとフィーネが背後に居た。彼女は音を消すブーツのアーティファクトを手に入れて以来、その隠行に磨きがかかった。


「それで、ゴトーの言う通りに動いたけれど、あれで良かったの?」




 俺が今回の件でどの様に動いたかを説明するには、時系列順に整理する必要があるだろう。




 まず、数ヶ月ほど前の事だ。

 俺は偶然ある人間を傀儡とする事に成功した。

 それがナナミチだ。


 もともと帝国からの離反を考えていた彼は聖国へとどのように接触するかを迷っていた。


 そこで俺は聖国からの工作員としてあたりをつけていたハリエマを傀儡化し、彼女と接触させる事にした。


 ハリエマからは『聖国に寝返ろうとしている帝国の軍人がいる』と言う情報を聖国に流させ、ナナミチには闇ギルドとキノクラ達帝国軍との取引を手配させた。



 この時点である程度、俺の目的は達成されているのだが、一つイレギュラーな事が起きた。



 帝国に俺たちの不穏な行動を嗅ぎ取られたのだ。


 そして、調査官と呼ばれる軍人が来るらしいと知った。


 俺はナナミチに対して、派遣される調査官について探りを入れさせた所幾つかのことが分かった。



 まず、その実力はA級の冒険者並みだと言うこと。

 嘘を看破するユニークスキルを持つと言うこと。


 A級と言うだけで一対一では敵わない可能性がある上に、後者が特に厄介だった。

 強い上に騙し討ちも許されないと言うのが俺にとっては天敵だと言えた。


 そこで俺は一つの策を思いついた。


 俺自信の記憶を封印し、協力的な冒険者を作り上げる事だった。

 その為に俺が人と敵対する存在である記憶を消して、補完し、矛盾の無い「冒険者のゴトー」という人物を再現する。


 それにより幾つかの呪術が使えなくなったり、戦い方が変化し弱体化するなどの弊害はあったが隠蔽は出来た。



 実際、彼女の嘘看破は本人の意識を読み取っているらしく心の底から真実だと思っている事象には反応しなかった。

『俺』は彼女に一つも嘘を吐いた事が無かったため、彼女も俺を信用したのだろう。


 そして彼女を利用する事で帝国に対して「聖国が戦争の準備を始めている可能性」を示唆させ、聖国には「帝国の人間が、アーティファクトを溜め込んだ闇ギルドと接触している事実」を知らしめる事が出来た。



 思いの外記憶を消した俺が計画の邪魔をするなどのイレギュラーはあったが、フィーネの機転により万全の状態で、魔力切れのシキノの前に立つ事ができた。



 まとめるなら俺の目的はシキノを殺す事、聖国と帝国を戦争させる事だった訳だ。


 後者に関しては、迷宮都市の支部と言う、目と耳を失った帝国は動かざるを得ないし、それを察した聖国も対抗して動く事になるだろう。



「なあ、フィーネ」

「なに」



「正義って何だ?」


 俺は壁を見つめたまま彼女に尋ねた。これは多分八つ当たりのようなものだ。問いかけるのに意味など無いし、その答えも俺にとっては意味を持たない。



 じっと彼女は考えて


「譲れないもの?」


「……疑問形だな。じゃあ、フィーネの譲れないものってなんだ?」



 正義とはズレる問いだがまあいいか。

 こちらの答えはすぐに出た。



「忘れない事」



 確かに俺も忘れる事は嫌だが、俺には彼女の答えは要領を得ないように感じた。しかし、フィーネの眼に迷いは感じなかった。

 多分彼女の中では、その答えに至る経験があったのだろうと思うが、その経験は俺の知らない間のものなんだろう。



 譲れないもの、か。


 俺はフィーネの方へと振り返る。

 彼女はいつも通り気怠げな表情でこちらを見ていた。


「帰るか」

「ん、分かった」








 それから一ヶ月後に帝国は聖国に対して宣戦を行った。




 ———————————————




 その部屋には聖国を統べる組織である教会の頂点、教皇とそれを支える枢機卿達が顔を連ねていた。


「帝国からの宣戦。遂に、か」


 教皇が確かめるように呟く。


「戦争を仕掛けてくるとは愚かな」

「聖女の全数も掴んでおらん癖に無謀な」

「いや、帝国も侮れませんぞ。何やら天才が現れたとか…」

「たかが一人では大勢に影響を与えられまい、こちらには聖女に守護騎士という万騎に勝る組み合わせを複数揃えているのだ……」


「既に!」


 教皇の声に各々で声を上げていた枢機卿達は口を閉じる。


「既に、『希望』とその守護騎士は放ってある。今回は久方ぶりの帝国との衝突となる。此度の戦役に参加させる聖女を皆の意見を元に決めたいと思っている」


 ここでやっと枢機卿達は教皇がこの会議を開いた理由を知った。


「……聖女と言えば『情愛』は?見つかったのか?」


 一人が思い出したように呟く。それは、発生は確認されつつもその存在を見つけるには至っていない聖女だ。


「……私の地域では見つかっておりませぬ。流石に3年経って見つからないとなると発見は絶望的でしょう」

「こちらでも見つかっておらん」

「うちもだ」「まったく」


 口々に否定の言葉をあげる。


「開戦には間に合わんか……では『驕傲』はどうする?確か今は本部にいるはずだが…今回の目的には向かないだろう」

「そうか、帝国は…、では代わりに王国へ向かわせて牽制するというのはどうでしょう?」

「それは良い、『驕傲』一人いれば王国も動きを止めざるを得ない。何ならそのまま滅ぼしても」

「それはならない。聖国にも王国を統治するほどの人材は余っておらんからな。牽制に止めるのが良いだろう」


「『隔絶』は動かせる筈が有りませんし、『葬魔』は……今は確か天龍の群れに対処していましたな。いやはや凄まじい。……残るは『恭順』と『尊崇』と『悔恨』の三者か…」

「戦争向きなのは『悔恨』位ですな」


 その言葉に参加者の多くが首を縦に振る。



「……ふむ、では『悔恨』と『希望』を送る事としよう。そして、念のために『葬魔』は天龍駆除が終わり次第帝国方面へ向かわせる。これで問題ないだろう」

「おお、それなら安心だ」


 そうだそうだと枢機卿達は教皇の結論に肯定を返した。教皇は全体を見回し、最後に大きく頷いた。


「では、『悔恨』の聖女へは聖国軍に合流し、帝国へ進軍するよう指令を出す事にしよう。次の議題は——」




 ———————————————



 そこでは、一人の男が玉座に腰を掛けていた。


「ふむ、彼奴は死んだか。……暗闘に応じて部下を殺すとは俺も耄碌したものだ。最後に遺した情報がこれ、か」


 それはシキノの報告書だった。

 迷宮都市にて聖国が手を伸ばし、アーティファクトを闇ギルドの手を借りて集めて戦争の準備をしていると言う事が書かれていた。


「彼奴が集めた情報ならば少なくとも偽はあるまい。喰らわねばこちらが喰われると言うなら躊躇わない方が勝つ」


 帝はその紙を握りつぶし玉座を立つと側仕えの一人に告げる。


「刀仙と槍鬼を呼べ、戦だとな!」



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【六章まとめ】

●ゴトー…記憶を消してシキノの味方のつもりで行動を共にし、最後に手に入れた首飾りで記憶を戻し、シキノを殺す。


●フィーネ…上記の計画と、闇ギルドの取引が円滑に進むよう見張る。一回目の登場は取引き現場にいたら現れたから迎撃した、二回目はゴトーが余計なことをしそうだったから叩いた。


●ナナミチ…ゴトーに操られて聖国へ寝返った(と本人は思っている)。キノクラを闇ギルドとの取り引きに参加させる。ついでにスラハを使って裏切り者がキノクラであるとミスリードする。


●スラハ…実はシキノがやって来たのは彼のせい。支部内に裏切り者がいるだろう事は予測していたがナナミチに踊らされ、キノクラが犯人だとシキノに伝えてしまう。


●キノクラ…帝国の為にアーティファクトを溜め込んでいたら、実は取り引き相手が闇ギルドで引くに引けなくなってしまった。結果正義馬鹿とぶつかる。


●収容所の三人組…シキノの誘導のために雇われた有志(志はこちらで用意)の協力者。三人それぞれで洗脳の具合が微妙に異なるのはシキノの能力調査のため。タシッパは洗脳+記憶の改竄、オーリョーは洗脳+記憶の消去、アークニンは口止めだけされていた。


●ハリエマ…聖国のスパイ、と言っても普段は普通に暮らし年に一回あるかないかの指示を受けて情報を流したりする程度。ゴトーにはバレた。





 シキノの名前は「錦の御旗」から来ています。大義名分みたいな意味です。そして彼女のビジュアル(黄色の髪と栗色の瞳)は弁護士バッジに入ってるヒマワリから来ています。多分性格もヒマワリっぽさをイメージしてたかもしれない……。


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