第13話 正義と拳と適量のスパイス


「結局、ナナミチくんが聖国のスパイだったんだ」

「そうですか」


 ゴトーは切り落とされた赤銅色の腕を嵌め直しながら、シキノから事の顛末を聞く。


「ステータスって、そんなに大事な物なんですかね」

「まあ、帝国のは不便だからね。行動範囲とか、縛られるからさ。人によるんだと思うよ」



「へー……とりあえずこいつは拘束しておきますね」


 ゴトーは『闇納ストレージ』を唱えると、地面から縄を取り出して、麻痺しているナナミチの腕を後手に何重にも縛り上げる。


「あ、そういえばゴトーくん。呪術が使えたよね」

「はい。俺…あまり魔術とかは得意じゃなかったので」


「実はさっきキノクラくんが強めの呪術を使ったみたいで、理性が飛んでるみたいなんだ」

「はあ」



(『憤怒ラース』みたいな感じか)


 ゴトーはリミッターを外す事で、力を増幅させる呪術を思い浮かべた。


「似たような呪術は知っているので、もしかすると力になれるかもしれないです」

「そっか!じゃあ今から見てくれないかな?」


「いいですよ」



 ゴトーはナナミチを担ぎ上げると、シキノの後を追いかける。

 ナナミチ万一逃してしまったり、自殺されてしまうと、最低限の情報を得ることもできないからだ。

 ゴトーの筋力であればこの程度は真綿のような重さだ。サイズがあるので歩くのに邪魔になるくらいだ。




 ◆




「ヴァンガア"ア"アアア"ア"ア""!!!」


「…これは」


 ゴトーは一目見たキノクラと同一人物とは思えないほどに肥大化した体躯を見て、言葉を失う。体全体が充血したように赤く染まって、理性が怒りに塗り潰されているようだった。


 彼を壁に固定する魔力の鎗はシキノが縫い止めた時よりも少しだけ緩んでいた。



 シキノが心配そうに問いかけてくる。


「……どうかな?」


「見たことはない呪術ですが、解除自体はできます。……『忘却オブリビオン』」


 おそらく自分の呪術がレジストされないだろうと考えたゴトーは、術の解除を行う呪術を発動させる。

 ゴトーを中心に光が部屋を包む。


「ヴァア、ア、ァ……」


 まるで取り憑いた悪魔が剥がれるように、キノクラの赤くなった皮膚は元の色に戻っていく。同時に暴性により保たれていた意識が落ちる。


「キノクラくん!」


 シキノは二つの魔力の槍に触れて解除すると、槍を構成していた魔力が空気に溶けてキノクラの体は崩れ落ちる。シキノは彼の体を受け止めると、静かに横たえてその状態を確認する。



 キノクラの呪術が無事に解除されたのを確認したゴトーは、ナナミチを肩から下ろす。


(意識の無い人間の体は実際の重量よりも重いって言うが、こんな感じか?…………ん?)


 ゴトーはナナミチのポケットから何かが零れ落ちたのに気づいた。

 それは少女が祈る姿の意匠のペンダントだった。


 彼はそのペンダントのチェーンがでルビーが申し訳程度にあしらわれていることに既視感を覚えた。


「…?」



 不思議と手が伸びる。


「あれ?ゴトーくん。それ、何?」


「ナナミチのポケットから出て来たんです。間違いなくアーティファクトなんですが。使い方は…こう、か」


 シキノはゴトーの正面で彼がそれを首にかけるのを見ていた。アーティファクトに興味津々な彼女は彼の一挙手一投足を見逃すまいとしていた。


「それで」

「うん?」











「『解封』」


「……ぇ」





 ゴトーの右手の平から伸びた『白毒の短剣』の刃がシキノの胸を貫いた。


 右腕を抜き取り、短剣を再び腕の中に収納する。


「うそ」



 シキノは信じられない様な顔をして傷跡とゴトーの顔を見比べる。



「なんで…」


「それは、俺が闇ギルドの長、だからだ」

「!?」


(本当…なんだ)



 よりにもよって、敵の首魁と共に捜査をしていたのかと、シキノは自分の警戒心の無さに呆れる。


 心臓が傷付き、治療しなければあと少しで死ぬだろうと分かっても、それでも彼女は問い掛けずにはいられなかった。



「ぜんぶ…うそ…だったの?」

「…さあな」



 ゴトーの返答を聞いたシキノは、目を見開いて驚く。そして、寂しそうに笑う。


『…俺がもし罪を犯した時、裁かれるなら——今のあなたの様に苦しんで悩んで寄り添って、そして信念の下に裁きを与える人が良い』



「よわくて、ごめんね…ゴトーくん……わたしじゃ君を、裁いて、あげられないや」


「…『赫怒イラ』」




 ゴトーの身体が膨れ上がる。

 筋肉ははち切れんばかりに膨張し、皮膚は赤黒く硬化していく、視界は色を失って、戦闘の為だけに最適化されていく。

 身体からは揺らめく赤い魔力が溢れ出る。


 それでも、彼の心は酷く静かだった。




 シキノはゴトーの状態を見て先程までのキノクラを思いだした。


(そうか、あの魔留玉に込められていたのはこの呪術か)



「ありがとうね…ゴトーくん」

「……は?」



「わたしのこと…なぐさめて……くれて」

「やめろ」



「わたし……うれしかったんだよ」

「もう喋るなあッ!!!」



 怒りなど全く感じさせないようにシキノは笑った。

 それがゴトーを逆上させる。なぜ、恨まないのか。なぜ、怒らないのか。ゴトーにはそれが分からないし、分かってはいけないと思った。


 ゴトーは首を締め上げる。ギリギリと首が絞められていく。とっくに意識は落ちて、それでもゴトーは力を込め続ける。



 そうしていくうちに、どこかでボキリと、命の絶える音がした。



「はあッ…はあッ……はあッ……はぁ」




 ———————————————



 シキノの息が止まる。


 ふと俺は前世の光景を思い出した。

 クラスメイトがいじめに遭う光景。


 彼女ならきっと虐めた奴を懲らしめるのだろう。その様子は目に浮かぶ。


 ならきっと、虐めた奴も虐められた奴もクラスメイトも教師も全員纏めてブン殴る。


 そうやって歪んだ教室せかいを壊してやるのだ。


 それまではもう止まれない。



 とっくの昔に償いの期限は過ぎたのだから。







「『捧げよ、さすれば与えられん』」





 ———————————————


◆◆ステータス情報◆◆

ステータス

シキノ 位階:肆拾伍

戦型クラス:衛士

スキル

 甲身

 鎗術・壱

 └流れ火

 鎗術・弐

 ├穿

 └薙

 鎗術・参

 ├炎心

 └波返し

 鎗術・肆

 ├引き波

 └脚狩り

 鎗術・伍

 └魔刃

 魔の直鎗

 盾術・壱

 └堅き盾

 盾術・弐

 ├断ち盾

 └弾き盾

 盾術・参

 ├岩心

 └流る盾

 躰術・壱

 ├打

 ├蹴

 └投

霊技ユニークスキル

 虚実の理




 ◆今回の戦果◆


 シキノの『あし』

 キノクラの『うで』

 ナナミチの『うで』


 帝国軍人の『うで』×17

 帝国軍人の『あし』×15

 帝国軍人の『あたま』×5

 帝国軍人の『て』×2

 帝国軍人の『め』×3

 帝国軍人の『こころ』×7

 闇ギルドの『うで』×14

 闇ギルドの『あし』×14

 闇ギルドの『あたま』×5

 闇ギルドの『て』×2

 闇ギルドの『め』×4

 闇ギルドの『こころ』×9










 ギルド職員ハリエマの『あたま』

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