第12話 絶対正義は砕け散る

「君が、キノクラくんを唆したのか」

「……」


 ナナミチはシキノの問いに沈黙を返す。


 しかし、シキノの前には黙秘は許されない。


「…そっか。君が裏切り者か」

「……はぁ、あなたの力は本当に、面倒だ」



 諦めたように口を開いたナナミチ。シキノの前で無口を装っていたのは彼女の能力を警戒していたからなのだろう。


「でも、ここまで上手く行くとは思いませんでした。お陰で、聖国が此処を支配する土壌ができる」


 気倦げだった口調は、自身の計画が上手くいったと言う興奮によって少しずつ強くなっていく。シキノは彼の言葉で、この計画の糸を引いたのが聖国であると察した。


「やったことは簡単です」



「まず、一つ目はキノクラと闇ギルドを引き合わせる事」



「帝国だってアーティファクトは喉から手が出るほど欲しいんです。簡単に取引を始めました」



 ナナミチは目の前の遺体から白い刃の短剣を抜き取る。『白毒の短剣』と呼ばれ、『黒痺の短剣』と共に現れる毒の効果を与える短剣のアーティファクトだ。



「二つ目の工作は、あなたがやって来てから行いました。帳簿の一つを落としただけです。それをスラハに見つけさせた」


「彼は真面目で正義感が強いですからね。不審に思った彼は、この支部の金の流れを追ってくれましたよ、期待通りに」



 シキノの中で、スラハに資料室で頼み事をした時に、出納記録を机の上に広げていたのを思い出した。


(あれが……なら、キノクラくんに対する告発の手紙はスラハが入れたんだ)


 シキノがギルドに行ったのを目の前で見ていたスラハならば彼女の居ぬ間に、手紙を仕込むのも簡単だろう。


(まんまと踊らされたっ…)



「最後は、今日この場所への闇ギルドの手引きです。どうやら彼らにとっても帝国人は排除すべき輩だという事です」

「……」


「一人の兵士に過ぎない私の工作でこのザマなんて、愉快で仕方ない……ハハハハハ」

「……君は帝国の人間じゃないのか」


(私と同じく)



 帝国に対する執着を感じないその所業は、そうで無いと説明がつかないとシキノは思った。



「いえ?、私は帝国の出身ですよ」

「なら!」


「だからこそ、ですよ」



「帝国のステータスシステム、おかしいとは思いませんか?」

「……何が言いたいか分からない」



「位階の更新には一々位階結晶を介する必要がある。そのせいで帝国人はロクに外に出ることもできない」



戦型クラスは全部で7つだけ!しかもそのうち一つ、『帝』になれるのは一人だけ!実質6つしかない!」



スキル戦型クラスに合わせた物しか習得できない!」



「聖国のステータスなら、何処でも位階が上がる。クラスだっていまだに新しい物が現れる。帝国が劣っているのは明らかだ!!」



「古いシステムに囚われた老害供に、私まで足を引っ張られたくないんですよ」

「…なら、勝手に聖国にでも行けばいいだろ」



「だから聖国のステータスを得るために工作を行ったんですよ」

「……そんなことの為に」


おそらくは、ステータスと交換に帝国を裏切るというような内容の取引を聖国としたのだろう。


「……ハハ、あなたが言いますか?自己満足のためにあそこまでキノクラを追い込んだ、あなたが」

「っ……もう、喋るなよ」


ナナミチの言葉にシキノは歯を食いしばる。確かにキノクラを責める前にその背後にあるものを探らなければならなかったのは事実だからだ。


「魔力も殆ど空、武器も無い。怪我もしているようだ。そんな、あなたが私に勝てると?」


 その言葉と共にナナミチは、魔力を身体中に巡らせる。

『白毒の短剣』を地面に放ると、腰から刀を抜き放つ。


「『刀術・壱』『居合』」


 同時にナナミチは靴にも魔力を送る。

 彼の靴は移動速度を高めるアーティファクトだった。


 そして、鞘から解放された剣が彼自身の速度を乗せて、目にも止まらない一閃となる。




 ——その前にシキノは柄を抑えた。


「なっ、!?、ゴフ」


 同時に左手は彼の胸ぐらを掴んで、彼が前に出る速度を利用して、地面にその顔面を叩きつける。


「……フッ」

「アガアアア!!」


 指を踏み折って、彼を無力化すると、ゴトーの側に転がった『黒痺の短剣』を手に取る。シキノはこれが彼が無力化に使用していた短剣だとあたりをつけると、それでナナミチの腕に突き刺した。


「〜〜〜!?」


「……っと」


 そして、立ち上がろうとした彼女は疲労のために目眩がして廊下の壁を背にして、丁度ナナミチに隣り合うようにズルズルと背中を擦って座り込んだ。




 両手で顔を覆う。


「……はぁ」


 深い、深い溜め息が肺から吐き出される。


「なんで」


 その『なんで』は何に対して向けた物なのか、自分でも分からなかった。

 ただ、答えは彼女の中にあった。



 キノクラがなったのは、追い詰めたシキノのせい。


 闇ギルドを捕らえられないのは、無能なシキノのせい。


 ナナミチを止められなかったのは、馬鹿なシキノのせい。


 ここで多くの人が人が死を晒しているのは、無力なシキノのせい。






「なんだ、ぜんぶ」


 ——わたしのせいだ。




 地面に転がった刀が目についた。

 シキノは救いを求めるように、その柄に手を伸ばそうとして、



「ぅ……」


 小さく呻き声が聞こえた。


(!?)


 苦しげな声に導かれるように視線をあげると、震えながら体を起こそうとするゴトーの姿があった。


「!、ゴトーくん。大丈夫かい?」


 シキノは灰髪の少年の側に近寄ると、その身を助け起こす。


「あ…シキノ、さん、……ナナミチ、ナナミチが」

「分かってる。彼は私が止めたよ」


 未だに痺れの抜けきらないゴトーは途切れ途切れに自身の得た情報をシキノに伝える。シキノはゴトーを安心させるように、ナナミチを無力化したことを告げる。


 それを聞いたゴトーは、魔力を回す。


「そっか。……『闇納ストレージ』」


 彼の手元の地面から一本のガラスの瓶が現れる。

『黒痺の短剣』の効果に対応する解毒薬でその瓶は満たされていた。

 ゴトーがそれを手に取ろうとするが、震えた手の甲がぶつかりより遠くに転がってしまう。


「私が飲ませるよ、ほら、口を開けて」

「すみ…ませ…。んく……ぷ、は」


 解毒薬の粘性を感じながら、喉の奥へと流し込む。ゴトーが全てを飲みきると、彼の体の痺れは少しずつ引いていく。


 二人は並んで座る。


「すみません、飲ませてもらって。もうあと少しで動ける様になります」

「そっか…あの解毒薬、自分で作ったの?」


「買ったんですよ。似た様な効果のアーティファクトは結構有りますからね」

「そっか…ごめんね、君にこんな大人数任せてしまって」


「シキノさんの方も大変だったんでしょう。こっちにも振動が届いてましたよ」

「はは……そうなんだ。まあそれなりに大変だったよ」



「…」


「…」



「……」


「……」



「………」


「………」



「…………シキノさん」

「…なにかな?」



「大丈夫ですか?」

「……大丈夫だよ」



「……俺にはシキノさんの様な力は無いですが、それでも嘘って分かります」

「……大丈夫だよ」



「……」

「大丈夫じゃ無いと…ダメなんだ」



「…それは、正義だから?」

「うん。正義は…揺らいでは駄目なんだ。そうしないと…人を不安に……させてしまう」



「揺らいでも良いんですよ」

「…え?」



「揺らがない正義なんて…『どんな時でも正しいもの』なんて、宗教の中にしか無い。それも神だとか、概念的な物だ」

「……」



「シキノさんの中にある正義と、俺の中にある正義も違う。だから衝突してしまうこともきっとある」

「じゃあ、私がやって来たのは単なる横暴って事じゃ無いか!」



「それは違う!……イゾルテを覚えてますか?シキノさんが助けた子です。あの子が俺に言ってました。『あの女の人にお礼を言いたい』と」

「っ……そう…なんだ」



「それはあなただから出来たことだ。でも間違える事はある。その時は苦しんで良い。悔いて、泣いて、次は改めれば良い。苦しいのは……前に進んでる証拠だから…」

「前に…」



「…俺がもし罪を犯した時、裁かれるなら、機械的に罰を与えられるよりも、今のあなたの様に苦しんで悩んで寄り添って、そして信念の下に裁きを与える人が良い」

「なんかその言い方だと、ゴトーくんが悪い事をしたみたいじゃ無いか」



 シキノが少しだけ笑う。



「…俺は傍観は悪だと思ってますから」

「……そっか、じゃあきっと私も悪だ」


 ゴトーの言葉に似た様な過去を持つシキノが寄り添った。



「……間違っても良いのかな?」

「誰でも間違う事はあります」



「泣いても良いのかな」

「それで前を向けるなら」



「そっか」


「……頭、重いんですけど」



シキノはゴトーに寄りかかって頭を預けていた。



「重いとか言うな、おら、食らえ」


 シキノはゴトーに頭を擦り付ける。


「今力入らないんで辞めてくださいよ!」


「少しだけだからさ…今だけ。そしたら、頼り甲斐のあるお姉さんに戻るから」




 シキノは頭の動きを止めるとゴトーに聞こえるギリギリの声で囁いた。

 彼女の言葉にゴトーは抵抗する動きを止める。



「……痺れが抜けるまで、ですから」

「うん、今だけ今だけ」



 調子良く返す彼女の心は少しだけ上向きになっていた。





















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二人の側で転がされているナナミチ

「私はいったい何を見せられているんだ」

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