第11話 正義は縫い止める

 スラハはごぽり、と血の塊を吐くとその場に崩れ落ちた。

 ナナミチと呼ばれた男は、スラハから短剣を抜くと闇ギルド側へと身を寄せた。


(仲間割れ?いや、裏切りか?ここは、どうするべきだ……)


 一方、ゴトーの思考は混乱の真っ只中にあった。


(シキノは半分暴走している)


 シキノはキノクラを糾弾する為にこの場所に来た。それを邪魔させない為にゴトーは戦っていたが、本命である筈の闇ギルドがここを攻めて来るのならば彼女は間違いなく闇ギルドと戦うだろう。


 あくまで彼女の矛先は闇ギルドにある筈だ。


(ならここは、帝国側に付くのが正解だ)



 ゴトーはこちらを押しとどめる兵士達を飛び越えて、闇ギルドと軍人達の間に降り立つ。


「俺はこいつらを止める!シキノさんとキノクラ少尉にこの状況を伝えてくれ」


 そうすれば流石に二人は戦いを止めてこちらに参加するだろうとゴトーは考えた。


 軍人達はゴトーの意図を測りかねたのか顔を見合わせて、1人が後ろつまりはシキノたちが居る方へと向かって走った。


「……」


 闇ギルドの集団の先頭に、ナナミチと呼ばれた軍人が立っていた。


「……『弓術・壱』」


 彼の言葉にゴトーは違和感を覚える。

 ナナミチは先程剣を持っていたし、今も弓を使う様には見えなかった。


 彼が懐から取り出したのは、持ち手の先には金属の筒の付いた器械。


 つまりは銃だった。


(くそっ、存在したのか)


「『一矢』」


 ゴトーが顔の前で両手を交差させ、防御の姿勢を取ると同時にナナミチは引き金を引いた。

 火薬によって加速した弾丸が銃身を通り、銃口から放たれる。

 亜音速で飛び出した弾丸は、ゴトーの眉間に向かって進んだ。



 そして…ゴトーの左の手の平に握りつぶされる。彼が手を開くと歪んだ円錐が零れ落ちた。


「……見える」


 弾丸は彼の目で完全に捉える事が出来た。

 そしてゴトーの手を貫くほどの威力も持たなかった。


 ならばこれは礫となんら変わり無い。

 眼球などの柔らかい箇所を避けるだけで対策となることを察した。



 ゴトーは更にローブ達との距離を詰める。

 プレッシャーに押し負けた彼らは自身の武器を片手に向かって来る。



 ゴトーは彼らの中の1人に対して意識を向けると、魔力を体内で回す。そこに怒りを乗せて発散させる。


憤怒ラース


「がああ"ああ"ア"ア"ア"!!!」

「ちっ、抑えろ!!」


 いきなりローブ達の1人がこれまでに無い程の力を発揮して暴れ出す。

 隣り合っていた仲間はいきなり暴れ出した彼に驚きながらも体を押さえて拘束しようとする。


「ぬ!こいつ、こんな力強かったか?」

「うう〜〜〜〜"〜"!!」


 1人に対して数人がかりで押さえ込んでやっと彼の動きが止まる。




憤怒ラース


「ぬがあああ"アアア"アアア"!!!」


「おい!誰かあいつを止めろ!このままじゃ全員、なるぞ!」


憤怒ラース憤怒ラース憤怒ラース憤怒ラース



重軛グラビティ』などとは異なり、効果の強い呪術であるため、ばら撒くと言えるほど早くは無いが、連発される事でローブ達は半分瓦解していた。


 このまま行けばあと少し、と言うところで、トスという何かが刺さった音が響く。

 同時に太ももの感覚が消える。


「な」


 何をと口に出そうとするが、それも言葉に出ない。

 太腿に刺さったのは俺が持つのと同じ、『黒痺の短剣』だった。


 短剣を刺した帝国軍人が、その帽子を取る。


 見覚えのある金髪が広がる。


「また、おまえかっ…ふぃーね」

「…ここまで邪魔してくるなんて。ほんとばか」


 フィーネは呆れるようにそう言うと、痺れて鈍くなったゴトーの左手から『黒痺の短剣』を奪い取り、もう片方の太腿に突き刺す。


「っ!……」


 更に、サーベルを振るうと、ゴトーの右腕が飛んだ。

 素材としてはそれほどの硬度を持たない赤銅のアーティファクトは簡単に寸断されて廊下に転がり落ちた。


「はぁ」


 フィーネは憂鬱そうにため息を漏らすと、身動きができなくなったゴトーの上に伸し掛かり、頸動脈を締める。


「〜〜〜〜っ!……」


 ビクビクと体を動かして抵抗していたゴトーだったが、脳へと上る血液を堰き止められて、彼の意識は暗い闇の底に落ちていった。


 フィーネは彼の体を蹴って、廊下の端に転がすと、サーベルを抜いて軍人達に向き直った。




 ———————————————




(何かおかしい)


 シキノがそう気づいたのは、呪術によって理性を失って暴走するキノクラと戦い初めてから数分が経った頃だった。

 たった数分の戦闘で、シキノの身体中には細かい傷が付いていた。

 服は所々が赤く滲んで、殆ど布切れと同然だった。



「『鎗術・伍』」


 自身の持つ『鎗術』、『躰術』を最大限まで展開し終えたシキノは、キノクラと互角以上に渡り合う。

『鎗術・肆』による脚部強化により、キノクラの攻撃の回避が可能となった事で、攻めない選択肢を得たシキノはキノクラの出方を伺う内に、地下内部の異変に気づいた。



(妙に煩い、ゴトーくんが戦っているならば、人が減って静かになっていくはず)


 面倒を嫌うゴトーの事だから、なるべく傷が残らないように戦っているだろうが、それでも聞こえる怒号は一向に減る様子は無い。



(気になるけど、万が一、ゴトーくんが負けていた場合はこの状態のキノクラくんがここの部下達に対して何をするか)


 キノクラは現在理性を失っており、目の前にシキノがいるため彼女に向かって来ているし、シキノもそれが分かっているから動きを誘導することができている。


(背後に人が居ては私も守り切れるか分からない。ならキノクラくんを動けなくする)



 例え、彼に後遺症が残るとしても、呪術の影響よりはマシだろうから。

 シキノの魔力もスキルの維持のために少しずつ目減りしていく。どちらにせよ早くキノクラを無力化しないとシキノの身は危なかった。


「キノクラくん、済まないが腕くらいは諦めてね」



 シキノは腰を落とす。

 キノクラが本能的に決着を予期したのか、『一刀』を発動し、持つ刀が加速する。


「『引き波』、『脚刈り』」


『引き波』は強化した脚力を活かした背後への回避、『足刈り』は退きながらの足首への切り払い。キノクラの無防備な右足は切断まではいかないが、腱を傷つけられ動きが鈍くなる。


「『魔刃』」


 魔力の槍の先端が更に鋭く、強固に変化する。

『鎗術・伍』の発動により使用可能となる武器の強化だ。


「『穿』ぃ!」


 シキノは体全体を一本の槍のように、キノクラへと突進する。

 彼はシキノの速度を捉えられず、無防備に右腕にその一撃を受ける。


 右肘が壁に縫い付けられる。


「ギヴィイイ”イ”ィエエ”エ”!!!!」


 魔物のような叫び声を上げて、痛みを訴える。


「『魔の直鎗』」


 刺さった槍はそのままにシキノはもう一度槍を生成すると、今度はキノクラの左腕に切先を向ける。


「『穿』!」


 左肘も壁に縫い止められ彼の体は完全に磔となる。

 キノクラは充血した目から血を流しながら暴れるが、深く刺さった槍は動かない。




「……っ、はあっ!」


 シキノは深く息を吐いて、緊張を解いた。

 魔力で実体のある物質を作り出す『魔の直鎗』を二度行ったのに加えて、スキルの全開発動。流石に、集中力も魔力も消耗し過ぎた。


 丁度魔力が切れて、『鎗術』スキルと『躰術』スキルが勝手に解除される。


 汗を拭うともう一度、キノクラの方に目をやる。


(呪術が切れれば、きっと元に戻るよね。『鎗』の方は多分半刻は保つ筈だし……)



「とにかく、ゴトーくんの方の様子を見ないと」


 シキノは自分の我が儘によって彼を振り回してしまった事を心の中で詫びながら廊下へ出る。そこには、ゴトーが無力化したと思われる軍人達の姿があった。気絶でもなく、目を開いてこちらを見ているが、動くことは出来ないようだった。


(良かった……息はある。上手く対処してくれたみたい)


 ゴトーが持つアーティファクトの中にはそういう用途に向いたものがあったのだろうと、勝手に納得しながら角を曲がる。


 軍服の人間の死体とローブの人間の死体が散乱していた。


 咽せそうな程の血の匂いと、一人の男の姿。





「……ナナミチ、くん」


 帝国軍人の首に刀を突き込んで止めを刺すナナミチがいた。


「君が、キノクラくんを唆したのか?」

「……」


 ナナミチは不気味なほどの沈黙を彼女に返した。



———————————————

◆ Tips:遠距離武器 ◆

弓も銃も遠距離武器だが、その力はスキルの補正が乗ることで初めて効果を発揮する。ちなみに銃は帝国にしか存在しない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る