第10話 正義は空転する

「シキノ!!馬鹿はよせ!!お前は帝の配下の筈だ!迷宮都市の人民がこのような目に遭っているだろう事も分かっていた筈だ!」


 シキノの突きをキノクラが慌てたように受け流す。


「それを許す事は出来ないんだ。私の!正義に誓って!大義の為に切り捨てられるのは悪でなければならない!!軍だろうと帝だろうとそれは関係無い!」



 ドタドタと人が押し寄せる足音が聞こえる。


「シキノさん!こちらは俺が押し留めます!」



「キノクラ少尉!!くそっ。邪魔だ!」


 扉の奥からキノクラの部下の声がしたと同時にゴトーが廊下へとドアを蹴飛ばす。

 軍人達は押し返され、執務室にはシキノとキノクラだけが残る。


「シキノ、これ以上の狼藉は流石に認められん」


 彼が持つ刀に魔力を流すと、刀身が白い光を帯びる。


「それもアーティファクト?」

「そうだな、帝国軍の力だ」


「違う!人々から財を奪い取って得た力だ!」

「そんなのどうだって良い」


 キノクラが払った刀をシキノは槍で受け止めようとするが、シキノの槍は何の手応えも返す事なく刃が通り抜け、シキノの肩を傷付ける。


「ぐぅっ!」

「何でお前はそんな生き方しか出来ないんだ!」



 返す刀をシキノは受け止めずに身を翻して避ける。


「…」


「目に付く全ての罪を罰し続ければ、いずれお前の周りに人は居なくなる。お前の正義は人を傷つけ過ぎる!」


 キノクラは球体をポケットから取り出す。その玉にはシキノも見覚えがあった、魔留玉だ。

 彼はそれを握りつぶし中に込められた白魔術『聖鎧ホーリーアーマー』を発動させる。


「さっきから正義だ正義だ語っていたが、俺の正義は人民の為となる事!人民とは帝国の民をおいて他に無い!」

「っ…『鎗術・弐』!」


 白魔術によるバフにより更に力を増したキノクラの攻撃に対し、シキノは無言で整え続けていた魔力により武器スキルを発動させた。


 しかし、現在の彼に対しては防御が受け流なしが主体となる鎗術は少し分が悪い。

 その為シキノは鎗術の発動による身体能力の向上を目的にスキルを発動していた。


 暗黙的に発動した『鎗術・壱』の効果で空間識覚能力が向上しキノクラの攻撃を間合いを見極めて避けることが可能になった。


「ちっ…『刀術・弐』『一刀』」


 それに合わせるようにキノクラは刀術の段階を上げて行く。同時に派生スキルの『一刀』により速度を上げた斬撃を放つ。


 受け止められないシキノはそれを大きく避ける。


「なら何で私を欺こうとしたんだ!それが君の正義ならば貫けば良い!何で曲げる?何で妥協する?妥協するくらいなら!私の!邪魔を!しないでよ!!」


「は、ぐ、ぬぅ」


 魔力の槍を更に短くし、体術での戦闘に切り替える。更に間合いを近づけた事で、キノクラの透過する斬撃は彼の右手を止まる事で防がれ、2人の位階レベルの差が如実に現れるようになった。


「がはっ!」


 肘打ちが防御を抜けて入り、キノクラは執務室の壁を突き破る。勢いで床を擦り、更に先の壁にぶつかって止まる。


 シキノは中途半端に壊れた壁を、槍で破壊して隣の部屋へと歩いて入る。


「『鎗術・参』」


 同時にスキルを次の段階へと進める。


「…キノクラくん、諦めてくれ。君は私には勝てないよ」


 アーティファクトの差があるとは言えそれよりも純粋な身体能力の差が大きい。位階レベルが十も異なればその力量は五倍近く変わる。

 大人と子供以上の差がそこにはあるのだ。


 アーティファクトや低位の白魔術の力を借りた所でこの差は覆すことは叶わない。


「…本当に強いな、お前は」

「頑張ったからね」


「まるで、俺が頑張っていないようだな」

「そうだね、私と君の間にあるのは努力の差そのものだから」


 何でも無い事かのように言った。

 位階を上げる為に最も早い方法はより強い魔物を狩る事だ。強い魔物を狩ればより早く強くなれるが負ければ死ぬ。


「前からそうだ、お前は当たり前のように、突き進んでいく。俺はそれが酷く妬ましくて…眩しい」


 そのチキンレースで最も早く前に行けるのは、きっと覚悟を決めた者なのだろうとキノクラは思った。


「なら弱者が強者を殺す為に何をするか、分かるか?」


 キノクラはポケットから魔留玉をもう一つ取り出した。何故だか先程の物よりも、酷く禍々しい気配がした。


「先程の物は空の魔留玉に適当な冒険者に白魔術を取り込んだ物だが、これは違うぞ。例の闇ギルドから術の入った物を取引した」


「『刀術・参』」


 ついでの様にキノクラはスキルを発動する。

 これが彼の使用できる刀術スキルの限界だ。


 キノクラはその球体を握りつぶす。


「あああ"ああ"アアア"あ"あ"!!!」

「呪術!?何をしているんだ!」


 先程ゴトーが放っていたのと同じ魔力の動きから、それが呪術だとシキノは気付いた。

 身体が歪に膨れ上がり血管が破裂しそうな程浮き上がる。

 血煙のような魔力が身体からゆらりと立ち昇る。


「フシュぅぅぅ」

「キノクラ、くん?」


 ギョロリとした目がシキノを見据える。

 明らかに理性を失っていた。


「でィアぁ!!」

「ぐ、」


 棒切れの様に振るわれた刀を懐に入る事で避けようとしたが、肥大化した腕に当たり弾か飛ばされる。


 先ほど突き破った穴の隣に叩きつけられる。


「…その見た目でスキルは使えるんだ」


 これまでに発動していた『刀術』はそのままに、アーティファクトも刀身が光ったまま、すり抜ける状態のため槍で受ける事も出来ない。


 加えて力は互角と言えるほどまで上がっていた。

 反応速度も明らかに桁違いだ。


 まるで、戦闘以外の全てを捨て去った様な姿。きっと呪術が切れても、彼が元通りとなるかはシキノにも分からなかった。


「本当に…莫迦だよ。君は」


 シキノは寂しげに吐き捨てた。




 ◆




「こんな事して、俺、大丈夫か?」


 ゴトーはシキノと共にこの場所に乗り込んだ事を後悔していた。

 廊下から迫る軍人の集団を力で押し込む。


 迷宮都市においては役職を持たないが、仮にも帝国軍の要所の一つである。冒険者としての依頼と考えればその責任は依頼者の物だろうが、帝国から何かしらの干渉があってもおかしく無い。


 後々問題になると怖いので、なるべく死なない様に、かつ半日は起き上がれない位には痛めつける。


『黒痺の短剣』を左手に逆手で構える。

 この短剣は斬りつけた相手の動きを鈍くさせる能力のあるアーティファクトだ。

 もう一つセットで使う物があるのだが今は使用には向かない状況なので仕舞っている。


 効果は強い物では無いが、多数制圧にはちょうど良いだろう。


「槍だ!槍を待て!」


 この中では最高位の軍人、スラハが声を上げて指示を出す。

 それからは烏合の衆だった帝国軍人達の動きが統制され、ゴトーは押し留めるどころか少しずつ後退していく。


「面倒だな」


重軛グラビティ』などの単体を対象とした呪術はこの数を相手にすると消耗が大きい。従って、彼が使えるのは


「『忘却オブリビオン』」


 廊下に閃光が走る。

 その瞬間に槍でこちらを牽制している者に飛び込むが、更に後ろの光を浴びなかった軍人の槍が向けられ、慌てて元の位置に戻る。



 このままではシキノがキノクラを倒す前に彼らを通してしまう、そんな時だった。


「侵入者だ!」



 地下に降りてきたのは黒ローブの集団。

 それぞれが剣や槍を手に持ち、軍人達の後ろに現れた。


(まさか、闇ギルド!援軍か?)


 ゴトーが更なる劣勢を予想したが、彼らの行動は違った。


「がっ」

「ぐぁッ!」

「槍を貸せ!盾でもいい!」

「怯むな!」


 ゴトーと黒ローブで挟み撃ちになった軍人は1人ずつ脱落して行く。


「くそっ、なんて事だ!全員!かた……コフッ」


 悪態を吐きながらも持ち堪えるスラハだったが、突然胸元から刃が生える。


「貴様ッ……ナナミチ!」

「……」


 スラハは振り返り自分の胸を貫いた男の名前を叫んだ。




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