第9話 正義の由来
二人は襲撃者が去ってから倉庫の中に突入したが、もうそこに人の姿は無かった。
きっと彼女が突入した目的は取引の妨害を防ぐ事だったのだろう。
シキノは武器を背中に納め、発動していたスキルを全て停止させると、ゴトーに向き直る。
「色々聞きたい事はあるけど、先に傷の手当てをしようか」
ゴトーの胸には女から受けた刀傷が残っていた。幸い内臓には届いてはいないが、シキノが傷口に触るとゴトーは鋭い痛みに顔を顰める。
「う〜ん、私は法術も巫術も使えないからなあ」
「いえ、準備はしてあるので大丈夫です。……少し離れてもらえますか」
「?分かったよ」
シキノがゴトーから二、三歩離れるとゴトーはその場にしゃがみ込み、地面に右手を着く。そして彼の中で魔力が回る。
「『
呪文を唱えると彼を中心に地面が影に覆われる。ゴトーの正面の影から少しずつ顔を出す。
現れたのは銅製のシンプルな腕輪。
ゴトーはそれを左手首に嵌める。
すると流れていた血液が止まり、ゆっくりとだが傷が閉じていく。
「…すごい。それも、闇ギルドから?」
「いえ、これは迷宮に潜って自力で手に入れたものです。階層の割には破格だと、冒険者仲間にもよく言われます」
シキノは彼に対して聞きたい事がいくつもあった。『呪術がつかえたの?』だとか『あの短剣もアーティファクトなの?』とか、『ゴトーくんのクラスは何?」 など幾つも浮かんできた。
ただそれよりもまず聞かなければならない事は。
「ローブの襲撃者。フィーネさんだったね。……ゴトーくんと彼女の関係を私に教えて」
ゴトーの様子からあまり気が進まないだろう事は分かっていたシキノは寄り添うように、諭すように言った。
その言葉に背中を押されたゴトーは口を開く。
「先程も言った通り少し前までコンビとして組んでいた仲間というだけです………ですが、そうですね。彼女と俺が関わりを持ったのは迷宮都市に来る少し前からです」
「ソロで冒険をしていた俺は墓地でアンデッド退治をしている時にフィーネと出会いました。彼女は優れた剣技を持ち、並の冒険者を寄せ付けない実力が既にありました。一方俺は腕を失って直ぐだったので他の冒険者に見劣りする実力でしたが、何とか口説き落として仲間になってもらったんです」
「街に龍が現れた時も何とか生き延びて、それからこの都市にやって来たんです」
「龍ってもしかしてあの龍!?」
彼女にとって龍とは自然であり、存在が災害そのもの。遭遇してしまえば運に縋る他ない災厄である。
「厳密には地龍です。隕石を落とされた時は死ぬかと思いましたよ」
はは、と死んだ目で笑うゴトーからは哀愁が漂っていた。
「少し話が逸れました。彼女ともそれまでは上手く行ってた筈です。変わったのはこの街に来てから……いや、俺が闇ギルドを狩るようになった辺りから、だと思います」
「…どう、変わったのかな?」
「考え込んでいる姿をよく見るようになりました。何かしら俺に言えない秘密を抱えているようでしたから、俺もそっとしておこうと思ったんですけど……」
ゴトーはそこで口をつぐんだ。
「ある日……迷宮への遠征からの帰り道の事です」
それまでは思い出を語るような口調だったのが、そこからは自分でも思い出したく無いトラウマであるかのように重たく深刻に変わる。
「朝、テントから出ると他のパーティの冒険者達は血を流して死んでいました……。その中心に剣を握る彼女、フィーネが立っていました」
「彼女は一言『さよなら』とだけ言って俺の前から姿を消しました。それから今日まで彼女の姿を見た事は無かった」
「そっか、だから…」
シキノはゴトーの家を思い浮かべた。彼の家には彼の他にも誰かがいた痕跡があった。それがきっとフィーネなのだろうと彼女は納得した。
シキノが見たところフィーネは操られているようには見えなかった。だとすれば彼女は自身の意思で闇ギルドの手伝いをしている事になる。何らかの勧誘を受けていたならば、相当前からギルドは動いていたのだろう。
「私が思っているよりも前から、闇ギルドは根を張っているみたいだね。……それから、ごめんね、ゴトーくん。私は正義を名乗る物として彼女を裁くことになる」
「いえ、罪を犯したんです。罰が有るのは必然でしょう」
ゴトーはシキノの言葉を肯定した。
彼自身にも、シキノ程の積極性は無いが、正義に燃える感情は存在していたのだろう。
「それと、一つ気になった事があるんですが、今日の監視に対する対応が余りにも早かったです。……まるで」
「ここに来る事を知っていたよう、かな?」
「…はい」
「ゴトーくんは情報を漏らしていないんだよね?」
「勿論です」
ゴトーは強く頷いた。
シキノも少し安心したように頷き返す。
「それなら私の方で心当たりがあるんだ。多分軍の中に裏切り者がいる。ごめんね、身内の恥を晒す事になって」
「いえ、依頼ですので。それに俺の元仲間も迷惑を掛けましたし…」
「あのくらいなら大丈夫だよ!不意の戦闘でなければ負ける事は無いだろうからね」
シキノは自信ありげに言った。
実際に冒険者で言う所のA級の実力は持っているいるので問題は無い。スキルの全開発動が出来れば容易にとは言えないが退ける事ができるだろう。
「ついて来てくれるかな?君がいれば心強い」
◆
キノクラが執務室で決裁を行っていると、誰かが扉をノックする。
「入れ」
「お邪魔するよ」
「…シキノか」
キノクラは少し気まずそうに言った。
あの日から若干の距離を感じて居たが彼女の方は吹っ切れたのかそれを気にしている様子は無い。
キノクラの視線がシキノの後ろにズレる。そこには灰色の髪を持った一人の少年が立っていた。
「君がゴトーか?はじめまして、キノクラ少尉だ」
「B級冒険者のゴトーです。はじめまして、キノクラ少尉」
「それで、いきなり何の用だ。シキノ?」
キノクラは別に怒ってはいないが不機嫌を前に押し出して尋ねた。
個人の感情は別として、軍人とは言えないシキノが立場ある人間の執務室に、外部の人間を連れて来るというのはあまり褒められたことでは無かった。
シキノは笑顔のまま切り出した。
「前に聞いたよね?闇ギルドと関係はあるのか」
「あぁ、だから言ったはずだ。『以前は必要だから支援していたが、現在は支部としても個人としても一切していない』と」
「そっか…そう言うこと」
シキノは体から力が抜けるような心地がした。
帝国が以前闇ギルドを支援していたのは、迷宮都市調略の礎とするため。
迷宮都市から産出する唯一無二の資源であるアーティファクトを独占するため。
アーティファクトを欲したのは闇ギルドでは無く、国だったと。
「取引したアーティファクトはいくつかな?」
「………100は行くだろうな」
キノクラはこの後に及んで隠すことはしなかった。
彼女の質問を自身が聞くだけで、その反応から彼女は答えを知ることができる。
ならば答えが数字であろうと問いを重ねれば最終的には辿り付く。
「…いつから?」
「前のギルドが無くなって直ぐ、だ」
「ははっ」
シキノは乾いた笑い声を上げた。
調査官という仕事の敵は、難解な謎でも、強大な敵でも無い。
いつでも立ちはだかったのは狡猾な味方だった。
「シキノ、これは帝国のためだ」
「……キノクラは私が帝国人では無いこと知っているだろう?」
「そう、だったな」
ゴトーはその言葉を聞いて目を見開いた。
帝国人では無いのにもかかわらず帝国のステータスシステムに基づいた力を得られるというのはゴトーにとっては酷く不可解な事だった。
「私の友人は魔物への生贄として捧げられた」
足の腱を切られて逃げる事もできない友人は魔物に嬲られて、食われた。
「そんな事をせず逃げる事もできたのに、大人達はそうしなかった」
必要な事だからと言いながら、自身が渦中に無いから、そうやって他人事のように目を背けていた。
「村の掟だったから。今までそうやって生きて来たから」
思考を停止し、自分の弱さも醜さも認める事なく、正しい事だと宣った。
「誰もが正しいと思いながら行動を起こせなかった」
「私は
「誰もが心の中の正義に従えるように、私が正義の旗を振る!私が正義を体現する!」
彼女の語気が強まっていく。
「体が砕けようと!…心が、壊れようとっ!私はそれを為す!!」
シキノは心の澱を吐き出すように彼女の誓いを叫んだ。
「…キノクラくん。君は闇ギルドがどうやってアーティファクトを手に入れていたか知っていたのか。心を操って金貨を持ち出させてアーティファクトの代金を払わせて手に入れていたんだ。そして操った人間に金貨の持ち出しの責を背負わせていた。彼らが築き上げて来た信頼を台無しにしていたんだ」
「君はそれを知っていたか」
キノクラはシキノの言葉を聞いて目を閉じる。
大きく息を吸って……吐くと、瞼を開いた。
その瞳の奥には覚悟の色だけが残っていた。
「ああ、知っていたとも」
シキノの顔が歪む。彼女が感じたのは怒りと僅かな悲しみと、絶望。彼女は魔力を右手に集めた。
「っ『魔の直鎗』!」
「!『鎧術・壱』、『刀術・壱』」
シキノが『魔の直鎗』によって右手の内に魔力の槍を生成し、対するキノクラは腰の軍刀を引き抜き、スキルの補正を重ねた。
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