第8話 正義と悪と繋がり

「ゴトーくん、あそこが…」

「闇ギルドの資料にあった『取り引き場所』です」


 翌日、シキノの姿は外縁部の倉庫の対面にある建物、その上にあった。

 昨日扉に挟まれていた手紙の事は大いに気になるが、現時点では調べようが無い。


 裏切りが具体的になにを示すのか。

 彼女はキノクラに対して闇ギルドと関わりがあるかを問いかけていたが、その結果はシロだった。

 ということは残るは聖国とつながっている可能性。キノクラは生粋の帝国人。帝国が滅んだ場合、帝国人は位階レベルを上げる事が出来なくなり、結果的に死ぬことになる。単純に帝国を裏切ることに対する旨味が少ないのだ。


 それに彼自身の階級もそこそこ良い。

 金に苦労する事も無いだろう。一般の兵なら金欲しさに情報を渡すことはあるかもしれないが、キノクラの性格からもそれは無いだろうとシキノは思った。



 キノクラがなにを目的として聖国と繋がっているか。それを調べるためにもシキノは迂闊にキノクラに問いかける事をしなかった。



 いずれにせよ聖国と現在シキノが追っている闇ギルドは繋がっている。キノクラについても間接的に情報を得ることができるかもしれない。そう考え予定通りに取り引き場所での張り込みを行うことにしたのだ。



 周囲も倉庫が並んでいるが、人気が少ない。時々ゴロツキらしき集団が通る。

 どうやらここらの区画自体が後ろ暗い者達のテリトリーのようだ。


 シキノは初めは倉庫の前を通る人間全てに対して注意を向けていたが、その殆どが関わりの無い人間ばかりであったので、途中から退屈を感じ始めていた。


 欠伸が出そうになった瞬間、倉庫の前を一人の男が通る。

 シキノは肘でゴトーを突いた。


「(あ、あの人)」

「(……怪しいですね。)」


 この区画には似合わないほどに整った服装と髪。

 明らかに行政区あたりの人間と思われる、言い換えれば金を持ってそうな男だった。

 そして、重そうな鞄を運んでいる。金貨が詰まっていそうだ。


(オーリョーさんと同じだ)


 行政区の人間に多額の金貨を持ち出させて他の闇ギルドとのアーティファクトの取引に利用する。そうすることで実質金を出さずにアーティファクトを手に入れることができる。割を食うのは金貨を持ち出した行政区の人間。


 それが闇ギルドの手口だとシキノは予測していた。


 シキノは強く歯噛みする。


(なんておぞましい)


 自身が利益を得るために、罪も、損も、非難も全て他者に押し付ける。

 卑怯で卑劣でとても受け入れられる物では無かった。



「(あの人、倉庫に入りましたよシキノさん……シキノさん?)」

「(あぁ、そうだね。中が見える所に移動しようか)」


 そう言って建物を降り、倉庫と倉庫の間の通路に入る。

 通路は物を運び入れやすくする為か、3メートル程の幅があった。本当であればここから監視をしていたかったのだが、周りから簡単に見つかってしまうので、態々向かいの建物から監視をしていた。


 倉庫には換気のための小窓が取り付けられていて、中身が覗けるようになっていた。


 中では先ほどの鞄を持った男が倉庫の中央に立つ人間に対して持っている鞄を渡そうとする。


「(ローブを被っていて顔が見えないなあ)」

「(取り押さえてから確認するしか無いですね)」


 鞄を受け取った男は深くローブを被っていてその顔には暗い影が掛かっていた。

 二人は顔を合わせて、突入のタイミングを伺う。


「(一々入り口まで回り込んだら取り逃すかもしれないから、この壁壊すよ)」


 そう言って背中から持ち替えた槍を構えるシキノ。

 魔力を整えて全身に網の目状に伸ばす。


「ふぅ『そうじゅ……」

「シキノさん!!!」



 ゴトーがシキノを突き飛ばす。

 シキノが何かを口に出すよりも先に、二人の間を金色の線が断つ。


「……」


 降り立った人間は闇色のローブに身を包んでおり、倉庫の中にいる人間の仲間であることは疑いなかった。同様に深くフードを被っていて顔は見えない。

 シキノがスキルを発動するために魔力を動かそうとすると、音もなく間合いに入りその手に持った剣を振るう。その一撃は熟達した刀術使いのように切り始めから切り終わりまで時間が飛んだかのように高速だった。


(魔力を整える暇すら与えてくれないっ)



 ローブの人間の一撃をゴトーが受け止める。


「シキノさん。俺が時間を稼ぎます!」


 ゴトーは厚みのある短剣を左手に持っていた。右手はグローブを外しており滑らかな赤銅色のボディが太陽の光に反射した。

 ゴトーは小さい身体を生かしてローブの斬撃を躱しながらカウンターを加えようと足掻くが相手もヒラリとゴトーの突きを避ける。


 ゴトーは短剣を逆手に構えてローブの斬撃を受け流し、右手を丸ごと一本の剣に変形させローブに斬りかかる。



 そこで初めてローブの人物が口を開く。


「遅い」


 女の声だった。



 金の光が同時に三つ走る。


「ぐぅッ」


 一つ目が剣となった右手とぶつかり火花を散らす。


 二つ目が左手の短剣によって受け流される。


 三つ目が飛び退こうとしたゴトーの胸を浅く切り裂く。



 ローブの女が、もう一度高速の連撃を繰り出そうとした時、シキノの準備が整った。

 彼女はラウンドシールドを左手に、短槍を右手に構えるとスキルを発動しながらゴトーのカバーに入る。


「『鎗術・弐』!『流れ火』!」


 それは槍を用いた受け流しだった。

 ローブの女の連撃はその全てがシキノから離れるように誘導されて行った。


「……ち」


 女は舌打ちをすると、音もなく距離を取り、剣を低く構える。


 そこでゴトーが魔力を回す。


「『重軛グラビティ』」

「呪術!?」

「……」


 女が黒い影に包まれ、呪術の効果が発動する。

 先ほどよりも踏み締める足が少し重くなる。

 女の強みである速度が抑えられることで弱体化する。


「『穿』ぃ!」


 シキノは貫通力を強化するだけのスキルを発動すると、何度も繰り返した型どおりの突きを女に繰り出す。

 女は身を翻して避けると、回転の力を乗せた斬撃を返す。


「っ!」


 突き出した姿勢では受けきれないと悟ったシキノはラウンドシールドの丸みを活かすように受け流したが、強い衝撃を受けて通路の奥へと飛ばされる。

 シキノが身を隠した盾から顔を覗かせると、女は足を突き出した姿勢だった。


 盾で見えなくなった所を狙われたらしい。


 ただ、距離を取ったのは相手のミスだ。


「『鎗術・参』!」


 既に整えた魔力に従って次の段階へとスキルを進ませる。

 ゴトーによる呪術を与えた今なら、これで十分だとシキノは確信していた。


「『薙』」

「!?」


 単純な薙ぎ払い、それでもスキルによる補正が乗ったそれに対し、女はのけぞり、紙一重で躱す。


 女自身は無傷で済んだが、彼女の顔を隠していたローブが短槍の切先に切り裂かれ、その顔が露になる。


「!?」


 月色の髪がフードから溢れ落ちる。

 血の色を思わせる鮮やかな瞳が眠たげに二人を見つめる。


「まさかお前……フィーネ、か?」


 ゴトーがその姿に驚愕を表す。


「え?え!?」


 シキノはゴトーの言葉に問いを返すか迷ったが、未だ戦闘中であり敵から視線を逸らせずに混乱していた。


「……」


 女はゴトーの言葉に沈黙を返し、通路を挟む倉庫の壁を三角飛びで登ると屋根の上に消えていった。


「ああ、逃げちゃった」

「……」


 シキノは残念そうに溢すがゴトーの心中はそれどころでは無かった。目を見開き、フィーネと呼ばれた女が消えていった方を茫然と見つめていた。


 シキノはフィーネと呼ばれた時の彼女の反応から、ゴトーの言葉が真実である事を感じ取っていた。彼女は槍とラウンドシールドを背中に戻すと、ゴトーに向き直る。


「それで、フィーネ?さんは誰なの」

「彼女は『剣断ち』と呼ばれる冒険者です」


 ゴトーは重たげに口を開いた。


「そして」






「俺と少し前までコンビだった冒険者です」




 ———————————————



 ナ、ナンダッテー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る