第7話 正義は問う


 シキノはすぐさまギルドへと向かう。

 シキノの厳しい表情を見て対応したのは以前の青髪の受付嬢ではなく、権限のありそうな年嵩の男性職員。


「ハリエマっていう職員の人に会いたいんだけど?」

「……職員の人間へのお取次は担当冒険者であるなどの理由がない限り出来かねます」


「帝国側から請求した資料に悪意的な抜けがあった、彼女には闇ギルドと関わりのある可能性がある。それだけじゃ、足りないかな?」

「ここは帝国ではなく迷宮都市です。三国から独立自治を認められており、過剰な介入は……」


「庇うの?彼女はギルドも裏切っている可能性があるんだよ?」

「それは……」


 シキノは低いトーンで優しく尋ねる。

 ただその優しさは彼女に反抗すれば裏返ることが明らかであり職員の男も少し怯んでしまう。

 職員は少し躊躇うように言葉が詰まる。


「ハリエマさんは、今このギルドにいるよね?」

「……答えかねます」


(いる)


「それなら私の信用が足りないんだね……。彼女には危害を加えることは無いと誓うよ」

「……それでも」


「言葉だけじゃ足りないよね?『魔の直鎗』」


 彼女は自身の手の内に魔力でできた銀光の槍を作る。得物が無い時に魔力によって形成した武器を所持する事でスキルの発揮条件を満たすことができる。


「だっ!」


 誰か!と叫び、助けを呼ぼうとした職員だったが、その声は直ぐに途切れた。


 シキノが利き腕である右手の平を槍で貫いたからだ。


「なにを!」


「すまないけど…右手が握れないから左手を貫くことは出来ないんだ。手伝ってくれないかな?」


 彼女は風穴の空いた右手をプラプラと見せると、少し痛そうにするが、そんな事なんでも無いことのように職員の男にもう一つの手を貫けと宣った。


「それとも、両手じゃ足りないかな?後に響くから切り落とすのは勘弁して欲しいな」

「何で……そこまで」

「それだけ今調べていることが大事な事なんだ。それに本来、人に信用して貰いたいなら時間を掛けるべきだよ。今すぐ信用を得たいならこの程度の事は大したことじゃ無いよ」




「人を信じる事がどれだけ難しいかは、私が一番知ってるからね」


 そう言って悲しげに笑ったシキノに何も言えなくなった彼は根負けして、ハリエマを呼ぶことを了承した。




「あの、お客様が私を呼んでたって聞いたんですけ……ど」

「ごめんね、少し君に用があって」


 先輩職員に呼ばれて部屋に呼ばれたハリエマはシキノの笑顔によって出迎えられる。その表情からハリエマは用事が自身への叱責では無いことに安堵した。


「はあ、そうなんですか。?……え"」


 それから肝心の用について問い掛けようとした彼女だったが、ポタポタと水の滴る音を疑問に思って視線を落とすと、シキノの掌から落ちる血液が床の上に水溜まりを作っていた。


「あぁ、これ?気にしないで、直ぐに手当するからね」

「応急処置だけでも…」

「それよりも先に聞きたいことがあるんだけど」


 それよりも?右手に風穴が空いていることよりも重要な事があるのかと疑問が湧き上がるが、ハリエマはこの異様な雰囲気に圧倒されて黙って彼女の問いを聞くほかなかたった。


「ハリエマさんは王国、それとも聖国の出身かな?」

「え、は?……せ、聖国です」


(本当)


「帝国軍から資料を請求したけど、それに抜けがあったのはわざと?」

「抜けがあったのですか?誠に申し訳ありません。それならばギルドから謝罪を……」


(わざと)


「聖国から頼まれた事なのかな?」

「あ、あの?私の話聞いてますか?」


(聖国)


「なるほど、それであなた自身は闇ギルドと関わりはあるの?」

「…っ!さっきから何を言ってるんですか!」


(なし)


「直接の関わりはないんだね。もしかすると単に帝国の妨害を指示されただけ?……そうみたいだね」

「……っ」


「ありがと、私の用事はもう終わりだから君も戻って良いよ」

「何を…したんですか?」


 必要な情報を得たシキノは席を立つ。

 ハリエマの質問には応えることは無かった。

 残されたハリエマは呆然とシキノの後ろ姿を見送る。




 ◆




 治療を受けたシキノはギルドを出た。

 治療は十分だったが、どうやら血液が足りないらしく、シキノの足元が少しフラついた。


(帝国による迷宮都市での捜査に対して聖国からの明らかな妨害があった)


 シキノはハリエマを捕縛することも尋問することも出来ない。

 なぜなら、この場所は迷宮都市であり、聖国の力も帝国の力も及ばないからだ。


 例え冒険者ギルドに『ハリエマは聖国のスパイだ』と訴えたとしても、確たる証拠が無ければハリエマに処分が下されることは無いだろう。


 そう、証拠。

 シキノがどれだけ彼女が嘘をついていると確信したとしても、周りの人間からすれば、シキノが決め付けていると思うしか無い。

 この件においてシキノは第三者では無いため、シキノのユニークスキルに証拠能力が認められたとしても、彼女に都合の良い解釈をしていると疑われるだろう。



 だからこそ彼女がハリエマにできる事と言えば、質問を投げ掛けできる限り情報を得る事だけとなる。


「あ〜あ、まさかギルドに聖国の間者が居たなんて」



 おそらく冒険者ギルドに送り込まれているのはハリエマだけでは無いだろう。

 こういった情報戦において、鎖国気味の帝国は他国に一歩劣っていると言える。


 シキノはその点についても”あの人”に報告する事を決めた。



 再び報告書をまとめるために自室に戻ると、部屋の扉に一枚の紙が挟まっているのに気づいた。

 誰かの伝言だろうかと思いそれを抜き取る。

 手紙の内容は一行だけだったが、筆跡を悟らせないように定規によって文字が書かれており、酷く読みづらい。


「何だろう、これ……!?」




 綴られていたのはシキノがこの街へ来た理由のもう半分に関わること。








 ——ウラギリモノ ハ キノクラ

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