第6話 正義は拾い上げる
「となると、表に出ていないアーティファクトも調べる必要がありますね」
「表に出てないなら難しいんじゃ無い?」
「俺が潰した闇ギルドの帳簿があります。拠点に置いてあったアーティファクトは大抵冒険者ギルドに引き渡しているので、そうでない物は闇ギルド同士で売り払った記録が残っているはずです。後はその中から売り先が不明確な物を探せば、見つかるはずです」
ここでゴトーの闇ギルド潰しの経験が生かされる。
「それで、その帳簿は何処にあるの?」
「家を持ってるんで、そこに行きましょう」
「流石冒険者様!儲かってますなぁ」
「はぁ……うざ」ボソ
「うざってゆった!今!」
「すみません、良い意味だから大丈夫です。良い意味でうざいです。良い意味で」
「『良い意味』で挟んでもうざいは褒め言葉にはならないからね!全く」
シキノは自分でプンスカと言いながら怒りを表現するがゴトーは既に目的地へ向かって歩き出していた。シキノは慌ててその背中を追いかけた。
◆
「ここがゴトーくんの家かあ」
「お茶出しますね」
「あ、私はロイヤルミルクティーで」
「はあ?玄関はあちらですが?」
「帰らないからね!?それと、お茶頂きます」
台所でお茶を用意するゴトーをソワソワとした様子で眺めるシキノ。
ゴトーは流し目でシキノを見ると、
「どうかしましたか?」
「なんか人の家って落ち着かなくって」
「国内外を走り回る仕事と聞いていたので、いろんな家を見て来たんじゃ無いですか?」
「宿と家は全然違うよ、宿は部屋が綺麗にしてあるからね……家が汚いとかじゃなくて、生活感って言うのかな。人がそこで生きていたって言う真実が見られて……ね」
「あ、お茶ありがとう」
「いえ、資料持って来ますね」
ゴトーがリビングを出る。
シキノは部屋の中を見渡す。
人の家は探せば情報はいくらでも出てくる。
何たって何度も何度も同じ行動をしているわけだからその痕跡も同じく積もっていく。
何かを疑っている訳ではないが、自身の癖でなんとなく室内を観察していた。
「シキノさん、資料持って来ました…と、どうしました?」
「いや、ごめんね。勝手に見て回って」
「見るぐらいなら良いですけど、壊すのはやめてくださいね」
「信用されてないなあ」
どの口が、とゴトーは思ったが口には出さないでおいた。
「そういえば、君の同居人には僕が来る事……言わなくても良いのかな」
その瞬間ゴトーの動きがピタリと止まる。
「……今は居ませんよ。何でそう思ったんですか」
(あんまり聞かない方が良かったかな)
「……部屋が広いから、何と無くそう思っただけだよ」
「そう、ですか…」
食器の数が多かったり家全体の間取りから一緒に住んでる者が居るとシキノは推測したのだが、あまり触れられたく無いことの様だったのでシキノは謝罪する。尋問に来た訳では無いのだ。
(嫌な職業病だなあ。ほんと)
雰囲気を仕切り直すと、二人は資料を手に取った。
「私、数字見てると眠くなるんだけど……」
暗に任せても良いかと問いかけるシキノに、ゴトーは微笑みを返す。
「寝てても良いですよ。ちなみに芝と土、どっちが好きですか?おすすめは泥です」
「寝たら外に放り出す気だ!?なんて人だ」
「自分の仕事を放り出す人間に言われたく無いですよ。頑張らないとさっき飲んだお茶の解毒剤あげませんよ」
「一服盛ったのか?一服盛ったのか!やっぱり君はそういう奴なんだな!」
「冗談です。数字関係は俺が追うので、気になるアーティファクトでも探しておいてください」
シキノとプロレスをする間もゴトーの目が紙の上の数字をなぞり続けていた。
元々シキノ一人が参加した所で逆に時間がかかりそうだとゴトーは考えていたので、憂さ晴らしに少し弄っただけだった。
「無尽灯、銀貨50枚。たっか!?これただのあかりだよね!?」
「アーティファクトってだけでプレミアが付いてるんですよ、それにデザインにも価値があるんじゃないですか?俺もよく知らないですけど」
「デザインといえば、実家の私の部屋にさ、読書のためのランプが有るんだけど、このデザインがすごくオシャレで……」
ゴトーが視線を上げると、シキノとガッツリ目が合った。憎らしいくらいにニコニコしている。
「あの」
「うん?ランプ、気になるだろ」
「少しは仕事、出来ませんか?」
呆れを通り越して心配に踏み込みつつあるその質問によって、シキノの心に何かが刺さった。
俯くと机の上の帳簿が目に入り頭痛がしたが、それも我慢して目を凝らす。
「え…とぉ、あ!これが怪しそう、上辺りが特に!」
「はいはい、そうですか……ん?」
冗談半分に受け取ったゴトーだったが、彼女に示された部分をよく見ると、確かに怪しい記録が。
(これも、シキノのユニークスキルの力か)
「シキノさんは帳簿のピックアップをお願いします、俺の方で精査するので」
「本当に私、数字苦手なのに」
「…」
「ぅう、分かった、分かったからそんな顔で見ないでよ」
それから彼女は目に涙を浮かべながら隠蔽の痕跡を探して資料を手に取った。
ゴトーはシキノがピックアップした書類から怪しい取引の場所、日時、取引内容を別の紙にメモしていく。
シキノは隠蔽の意図を探知して拾い上げているので、時々今回の目的とは関係の無い資料を出すのだが、それでもゴトーが全て精査するよりは数倍早く目的を果たす事ができた。
「ほえ〜、もう無理ぃ」
「お疲れ様でした。お陰で思ったよりも短時間で終わりました」
「短時間って…もう夕方だよ」
「三日は掛かると思ってましたから、充分早いですよ。お詫びに夕食をご馳走しますよ。座ってて下さい」
「ゴトーくん。自分でご飯作るんだ、意外」
「……自分で言うのも何ですが、俺は意外とマメな人間ですよ」
そう言うと、ゴトーは再び台所に戻り調理を始める。とんとんと、包丁で野菜を切る小気味の良い音が響く中でシキノはゴトーの纏めたメモに目を通す。
「同じ場所での取引が目立つね」
「取引自体を精神操作のアーティファクトで行っている分、変更させずらいんだと思います」
「操作状態にある人は思考能力が低くなるからね。そうなるとこの場所で待ち伏せ、と言うのが一番良さそう」
「…明日早速張り込みますか?」
「それよりも先に本国に途中報告がしたいな。闇ギルドの事、戦争が起きそうな事、アーティファクトの事、知らせたいことが溜まって来たから纏めたいんだよ」
「分かりました。では、明日は休みですね」
「そうだね。手紙まで書かせる訳には行かないからね」
丁度大きな肉を焼き終わったゴトーは、フライパンから皿に移し替えると、テーブルの上に差し出した。
「……出来ました。オーク肉のステーキです」
「おお、美味しそう。肉汁がジュワジュワ言ってる!」
「お好みで味付けしてください」
「シンプルに塩だけお願いします!」
「はい、どうぞ」
◆
シキノは昨日ゴトーに告げた通り、宿の部屋で帝国へ送る報告書をまとめていた。
頼まれていた通り、闇ギルドの動きを探っている事。
おそらく聖国あたりが戦争を仕掛ける可能性があるということ。
シキノはスラハに渡された資料を見ながら、紛失したアーティファクトについてまとめて行く。
「……ない?」
紛失したという霧中塔についての記録が渡された資料には無かった。
ゴトーから借りた写しと見比べると、綺麗にそれだけが抜けていた。
(偶々だと良いんだけど……)
「確かめないと、だよね」
『火ネズミの塒』の地下には、帝国軍の迷宮都市支部ともいえる部屋が隠されている。カウンターの裏の階段から下に向かうと、廊下を忙しなく歩く帝国軍人たちの姿があった。
彼らは身分は軍人ではあるが、迷宮都市支部において重要となる情報収集のために、主に文官としての作業を行なっている。
「あ、そこの君。スラハくんがどこにいるかわかるかな?」
「スラハ曹長なら、先ほど二番資料室で見かけました」
「あぁ、ありがとうね」
シキノは分厚い紙束を運んでいた一人の男にスラハの居場所を尋ねると、二番資料室を探す。せっかくなら資料室の場所も尋ねれば良かったのだろうが、忙しくしている彼らの時間を奪うのも憚られたからだ。
『第二資料室』の札がドアの前に掲げられた部屋へと入ると、黒髪の青年が資料の詰まった箱を机の上に置き、その中身を広げているところだった。
「いたいた、スラハくん。少し良いかな」
「シキノ一等調査官殿…。はい、何用でしょうか?」
「昨日もらったアーティファクトについての資料だけど、どこから持って来たものなの?」
「冒険者ギルドです。今回の依頼は、冒険者ギルドとしても臨むところと伺ったのでシキノ殿から頂く、闇ギルドの捜査記録と引き換えに受け取りました。確か対応を行なったのはハリエマという女性職員でした」
「……そう、なんだ。ちなみに、そのギルド職員から資料をもらった時のやりとりみたいなものは残っていないかな?」
「いや……。ああ、確か資料の受け取りの時に捕捉についてのメモを頂きました」
一瞬覚えていないと言おうとしたスラハだが、思い出したようにメモの存在を打ち明ける。シキノも彼の嘘を感じ取ったがこれは単に手間を省くためのものだろうと判断して受け流す。
「それ、まだ残ってる?」
「探してみますね」
そう言うってスラハは資料室を出る。集めていた資料はそのままで……。
(どうやら彼自身が資料の抜けに関係しているわけではないみたいだね)
「う〜ん、少し無茶振りをしてしまったかな」
明らかにスラハの作業を中断させてしまった事に、シキノは罪悪感を覚えた。
シキノは広げられた資料を見る。
なんの変哲も無い出納記録だった。ゴトーの家で頭が痛くなるほど見たそれに視線を落とすが、シキノのユニークスキルが反応することはなかった。
やがてスラハがメモを手に資料室へと戻ってきた。
「ありました。これでよろしいでしょうか」
「ありがとうね」
受け取った紙には資料の記録の年代と、ギルドが集めた記録は渡した物が全てであること、紛失の際には責任を追求する事が書かれていた。
「なるほど」
(全て、ねえ)
一人目の嘘付きが見つかった。
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