第5話 正義はそれでも前に進む
「まったく付き合いが悪いなあ」
結局ゴトーに振られたシキノは帝国軍人のために用意された『火ネズミの塒』で酒を飲みながら、不満を吐き出していた。
「向こうは子供なんだろう。酒に興味などないさ」
隣の席にシキノの見知った軍人が座った。
キノクラはマスターにエールを注文しながら半笑いでシキノに指摘をした。
「あ、もしかして知ってたの?『小男』何て書いておいて」
「そうだ。偶には振り回される側の気持ちも知っておいた方が良いと思ってな」
「もう、びっくりしたんだよ!受付の子がこの人ですって言った時は、手違いがあったんじゃないかと思ったんだからね!」
酔って気分が大きくなっているのか、少し食堂内に響くほどの音量だった。
「彼はどうだ?役には立ちそうか?」
「もともと協力者には闇ギルドの情報だけを期待してたからね、十分に役には立ってるよ。子供とは思えない」
「見た目通りの子供とは思わない方が良い。あれは迷宮の中層にまで足を踏み入れているんだ」
「本当だったんだね?あの話は…」
「間違いない、迷宮の中に時計を持って行って調べた。確実に時間にズレがある。そしてズレは深ければ深いほど大きくなる。……この話はまた今度だな。先に今日の話をしよう」
キノクラはコップを傾ける。
「報告に目を通した…。かなり大胆に動いている闇ギルドのようだな」
「冒険者ギルドにも行政にも手を伸ばしてる。下手するともう一部は掌握してるのかも知れない」
「それよりも問題のアーティファクトだ。術式も無しに奴隷化のような事が出来るなど…」
「流石に無条件ではないと思う……無いよね?私アーティファクト見たこと無いから分からないけど」
「無条件でそんな事ができるアーティファクトが出土するなら、十層よりも先、S級の領域だろうな。そこまでとなると冒険者ギルドが厳しく管理しているだろう」
「ふーん、そういう物なんだね」
シキノはグイと一気に酒精を喉に流し込んだ。仕草は酔っ払いのそれだが、瞳は理性の色を全く失っていなかった。
「ぷはー!美味いなあ」
「酔わないのは相変わらずのようだな」
「別に良いじゃないか!お酒なんて酔わなくても美味しければ良いんだよ」
「そういうものか…なぁ」
「なに?」
「……ウチに来ないか、シキノ」
「どういう意味?」
「…ここは今は前線では無いが、戦争になればここの奴らは真っ先に駆り出される。そうなればお前の力を生かす事ができるだろう。それに今の仕事はお前に向きすぎている、心が壊れる前に止めておけ」
「……かもね。でもここじゃ無いと出来ないことも多いよ」
「『あの方』にこき使われるのがか?」
「怖いもの無しだね」
「お前が言った事だろう」
「仕事に不満はあるけど、それでもあの人の理想には私なりに共感してるんだよ。だから、もうしばらくは続けるつもりだよ……もう寝るね、おやすみ」
「待て!」
シキノはキノクラに手を掴まれる。
シキノの力があればキノクラの手を振り解くのは容易かったが、彼女はキノクラの思いを汲んで立ち止まる。
「例え君が、『建前』では無く『本心』の理由を言ったとしても私は断ったよ」
「!?…知ってたならなぜ」
「……告白されても無いのに『ごめんなさい』なんて、気持ち悪すぎるよ」
「…それでも俺は」
「心配してくれてありがと、もう寝るね」
シキノはキノクラの手をゆっくりと外すと、部屋へと上がって行った。
ガックリと肩を落としたキノクラは、呆然と椅子に座り直す。
「一番強いのをくれ」
キノクラは明日の頭痛を覚悟した。
◆
「おはよ!眠そうだね、ゴトーくん」
「おはようございます、シキノさん。少し調べ物があったので…」
ゴトーは欠伸を噛み殺してシキノに挨拶を返す。
「今日からはアーティファクトについて調べるよ。と言ってもそもそも私は見たことも無いんだけどね……」
「俺、持ってますよ。というか、この腕がそうです」
「え!」
確かに継ぎ目の無い義手というのは帝国の技術では無理そうだからかなり特別なんだろうとは思っていたが、ここまで身近にあることを意外に思ったがよくよく考えると、彼は上位の冒険者なので、対して珍しく無いことを思い出した。
「へえ、やっぱり特別な義手なの」
「……説明が難しいですね。むしろ特別だから義手として使えるというか…」
(どんな腕にもフィットする義手ってこと?)
「う〜ん?」
「まあ、機会があれば見せますよ」
「楽しみにしてるね!」
これ以上この話題を掘り下げる必要がないと感じたシキノはさっさと切り上げると、次の話題に取り掛かる。
「それで、この街で紛失か盗難にあったアーティファクトについて知り合いの部下に調べてもらったんだけど」
知り合いとはキノクラ、その部下とはスラハのことだ。
シキノが頼み事をしたら『責任を持って任務を遂行します!!』と気合の入った返事と共に直ぐに情報を手に入れてくれた。
「あぁ、そうなんですね。なら俺の方は二度手間ですね」
「もしかして、ゴトーくんも同じことを調べていたの?」
「ええ、と言っても俺は冒険者ギルドの記録をさらっただけですが」
「もしかすると漏れがあるかもだし、二人で照らし合わせようか」
「わかりました」
◆
「強い光と大きな音を出す閃光玉に、芯が減らない鉛筆……アーティファクトっていうのはオモシロ道具ばかりなのかな?」
「閃光玉は使い捨てですが、大抵の相手に対して視界を奪う力がありますし、聴覚の優れた相手だと、意識を失う位大きな音が出るので重宝しますよ。鉛筆の方は、まああれば嬉しいですね」
「お祭りの景品かな?」
二人は『火ネズミの塒』のシキノの部屋にて資料を広げて、会話を続ける。
「ギルドの職員にも鉛筆は持ってる者がいるくらいですからね。そこまで貴重なものでは無いです」
「この魔留玉っていうのはどんなアーティファクトなの?」
ギルドの資料には略図が写っていた。ギルドでは鑑定を行う際に初めて出土したものもそうでないものもこうやって記録を残しているのだ。魔留玉に関する最も古い記録は、数百年も前だ。流石にそこまで行くと、資料もそのままではなく、写本の写本鶏の卵ほどの球体で、表面には幾何学的な紋様が走っている。
「これは……魔力による現象を一度だけ吸収して、壊れると同時に中に閉じ込めた現象を発動するアーティファクトです」
「それは、かなり強力だね…」
「その代わり出土はそこそこ少ないですね。使い方によっては下手なアーティファクトより厄介です」
「あと、気になるのはこれ、霧を作るアーティファクト」
「霧中塔ですね、水場に置いて魔力を込めるだけでかなり大規模に霧を発生させるみたいです。一つしか出土していないようですし、俺も見たことないですね」
ゴトーは口元に手を当てて考え込む。
これらのアーティファクトの紛失が例の闇ギルドの手による物だとしたら目的は何だ。これらが紛失したところと同じ場所に貯蔵されているアーティファクトの中にはこれらよりも貴重なものが存在している。中に入れた薬物の効果を圧縮させるアーティファクトや電撃を与える杖だ。盗むならそちらの方が遥かに簡単なのだ。
(態々人間二人分の大きさはあるアーティファクトを優先して、持ち去った理由?……!まさか)
ゴトーは顔を上げる。
同じ考えに至ったシキノと目が会った。
「ゴトーくん…」
「ええ」
「『組織』の目的は戦争。それを起こすことか備えることかは分からないけど、そうなることを確信している」
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