第4話 正義は悪を見逃さない

 二人はイゾルテを見送ると、目的の収容所へと急いだ。

 収容所は迷宮都市内で犯罪を犯したものを一時拘束するために存在している。事実関係の確認が終われば彼らは罰金刑を受けるか、重いものだと犯罪奴隷となってその損害を補償できるまで働くこととなる。

 さらに重くなると観衆の下で断頭台に登ることとなるだろう。


 収容所にいる間はよっぽどの重罪人でなければ、面会をする事が可能となっている。二人は職員の目の前で手続きを行うと、簡単に許可された。


「今、この施設にいるのは3人ですね。どの順番で見ていきますか?」




 ◆


【元闇ギルド構成員:タシッパの証言】

 面会は二人の看守が見守る中で行われる。配備される監視も、ランダムで選ばれるため確実に脱走しようとするなら、収容所の職員全てを抱き込む必要があるだろう。


 牢に繋がる部屋から出てきたのは寂しい頭髪の30代ほどの男だった。

 体格は確かに恵まれており、短気な彼の性格と併せて吠えれば様になりそうだった。


「俺は何も知らねぇ!!」

「記録によると罪状は……行政区の施設の破壊ですね。それもかなり重要そうな…そこは関係無いですね。証言によるとあなたが立ち去るところを見た、と」

「誰かが俺のふりをしてそんなことをしてたんだ!その時、俺は家で寝てただけだ!!」


「ゴトーくん、彼は闇ギルドの構成員とあるけど、他には何をしてたの?」

「大したことはして無いですね……記録も残って無いし、おそらく恐喝辺りでしょう。下っ端ですね」

「ふぅん、してたの?恐喝」


 シキノが思考を読み取るようにタシッパの瞳の奥を覗く。


「し、してねぇよそんなこと…」

「そっか」


(そっちは嘘、と)




 ◆


【元財政部職員:オーリョーの証言】

 オーリョーは行政の中枢ともいえる財政に関わっていただけあってプライドの高そうな男だった。牢の中での生活しているにもかかわらずビシリと髪型を決めていた。


「私は横領などしない、そんな人間に私が見えるかね?うん?」

「ただ、出納帳にはあなたのところで経費の一部が消えたことがしっかりと記録されていますね」


 パラパラと捜査記録をめくりながらゴトーが続ける。


「大体、このような子供が捜査の真似事など…」

「ゴトーくん、この人は例の闇ギルドとどう言う形で関わっているの?」

「流出した多額の金が消えた先が例のギルドの可能性が高いんですよ」

「なっ、私を無視するとはなんて無教養な奴らだ」


「…オーリョーさん、いえオーリョー様。私、貴方の容疑を晴らすために頑張りますから。協力してくれませんか」


 シキノは栗色の瞳を大きく開いて、上目遣いで愛嬌を振り撒く。


「うぅむ、そこまで言われては仕方が無い」

「それじゃあ質問しますねー」


 形だけの敬語でシキノは質問を始める。


「まず初めに、横領した?」

「もちろんそんなことはしていない!私は迷宮都市の行政職員として誇りを持って仕事をしていた」


「次に、オーリョーさんが経費を持ち出したと言われる日付、時間の行動を教えて?」

「うむ、その日は早めに仕事が終わり、そのまま真っ直ぐ帰ったな」


「寄り道はしなかった?」

「うむ」


「それにしては帰宅時間がおかしいですね」

「また、その事か。その日は雨が降っていて」


「記録にはその日は晴れとあります」

「そうだったか、じゃあ馴染みの店に寄ったんだな」


「その店の名前は」

「ぇと、あれ?」


 二人の目が鋭くなる。


「違う、違うんだ」

「うん、そうだね、オーリョーさん。あなたは帰宅途中にどこかで時間を潰して帰ったんだよね」

「そうだ!」


(本当)


「ただ、その時間に何をしていたのか覚えていない、でしょ?」

「だから……公園だ、公園で少し休んでいたんだ」


(詳細を思い出せないから、適当に補完してるんだ)



「安心して、オーリョーさん。貴方は罪を犯していない。私はそう確信しています」




 ◆


【元冒険者ギルド職員:アークニンの証言】

 最後の一人はやさぐれた紳士風の男だった。

 冒険者ギルドの職員でも表に出る側の人間だったためか好印象を与える 容姿をしている。

 ただ、先程の二人よりも見てわかる程に疲弊していた。


「罪状は」

「不法侵入です、冒険者ギルドへの。それと暴行」



「…したの?不法侵入」

「故意ではありません」


「…ゴトーくん、どう言うこと?」

「どうやら冒険者ギルドには職員でも入ることが出来ない区画があるようです。彼はそこに入ったところを別の職員、と言うかその区画の警備に見つかって暴れたようですね」


「ふぅん、誰かに頼まれたの?」

「いえ、だから故意ではありません」


 話が噛み合わない。それでもシキノは問いを続ける。


「君にそう頼んだのは集団かな?それとも個人?」

「…っ、故意ではありません」


はギルドの職員?それとも冒険者?」

「…こ、故意では」


「君は精神に何かの影響を受けているね。それもその人の影響かな」

「そ、そうだ」


「それは違うみたいだね」

「…な、何だお前。やめろ!!お願いだ!」


「質問を続けるね。君がなったのは、魔術…法術…何かの道具……微妙に違う……そうだ、アーティファクトって奴だね?」

「う〜〜〜〜〜」


 誤魔化すようにアークニンはひたすら呻き声をあげるが、それでもシキノは情報を抜き取って行く。


「!そういえば、一人目の起こした事件で壊された施設って何だっけ?」

「……保管庫です、アーティファクトの」


「繋がったね」

「はい」



「ありがとう、アークニンさん。君のお陰でたくさんの事が分かったよ!」

「う〜〜〜〜〜〜〜!」


 ダンダンッと頭を机に叩きつけて暴れる。慌てて看守らしき人物が止めにかかる。

 机に頰を抑えられた姿勢で唸る彼の耳元で、シキノが囁く。


「狂ったフリもほどほどに、ね?」

「あぁ”ぁぁ”ぁぁ”ぁぁあア”あ”!!」


 男は狂ったように泣き叫んで声を上げた。




 ◆




「う〜ん、仕事をすると時間が早くすぎるなぁ」


 シキノは収容所を出ると背伸びをしてそうこぼした。

 ゴトーは難しい顔をすると彼女に問いかけた。


「最後の一言は必要でしたか?」

「うん」


 あの職員が何らかのアーティファクトによって操られて、犯罪を犯したのだとしたら…あそこまで追い詰める必要性は無いはずだ、そうゴトーは考えた。


「彼はおそらく『真実を知られると苦しめられる』枷を受けていんだよ。彼が初め何て言ってたか覚えてる?」


『故意ではありません』


「多分、アークニンは自分の意思で侵入したんだよ。闇ギルドから何らかの対価を提示されてね」

「だから罰した、と?」


「傲慢だって思う?」

「いえ……見逃すよりはずっと良い」



「…そうだったら良いな」


 ゴトーの一歩前を行くシキノは少し寂しげに呟いた



「そうだ!ゴトーくん。一杯飲みに行かない?」


 振り向いてそう提案するシキノの表情には憂い一つ無く楽しげだった。



「子供なので、お酒は」

「硬いなあ。そういえばゴトーくんはいくつなんだい?」


「…書類上は15ですね」

「嘘だあ、絶対12歳くらいだって」


「……っち。じゃあ帰りますね。また明日」

「今舌打ちした!ごめんって!奢るから許してよ」




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