第3話 正義は揺らがぬ

 前回のあらすじ

 闇ギルドの調査を頼んだら、クソガキが出てきた。

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「はぁ、カミアさん。指名依頼であっても依頼の受託前に依頼主と冒険者を引き合わせるのはどうかと思いますが」

「あ…すみません」


 ゴトーと言われた少年は青髪の受付嬢のチャームポイントであるアホ毛を睨みつけながら注意する。受付嬢、カミアは俯きながら謝罪の言葉を述べるが、それを受けるゴトーは本当に分かっているのかと、呆れた表情を浮かべる。


 冒険者に出された指名依頼は断ることが出来るが、それを依頼者の目の前で行うと禍根が残りそうなのは、考えれば分かるだろうとゴトーは言おうか悩んだが、言っても仕方がないと思い直し、説教を終える。


「……まぁいい。指名依頼の中身を把握していないのですが、教えてもらえますか?」


 思いの外礼儀正しく、理性の伺える立ち居振る舞いに、金持ちのボンボンといったシキノの想定が打ち消されて彼女は少し戸惑った。


「ええと、実は私、闇ギルドのことをよく知る冒険者って事で君を紹介されたから……その、ゴトー、くん?の事、教えて欲しいな」


 シキノに頼まれたゴトーは居住まいを正す。


「俺はB級冒険者のゴトーです。聖国の方の生まれですが二年前に迷宮都市に来ました。後は、あー、何か知りたい事有りますか?」


「『赤腕』の二つ名の事とか聞きたい!」

「それは…恐らくこれのせいですね」

「?」


 ゴトーはシキノに右手を見せる。彼は右手のみに革のグローブを着けていて、初めて見た時からそこに何かを隠す気配を感じていてシキノが気になっていた部分だった。


 彼が右腕の袖を捲り上げると、その下にある赤銅色の肌が露わになる。金属特有の光沢を見せるそれは明らかに生身のものではないと分かる。


「義手…なんだね」

「…基本はそうですね。もちろんそれだけじゃないですが」


(多分仕込み武器とか有るんだろうね。迷宮から発掘されるアーティファクトって道具なのかな)


 そう納得する事にした。


「ええと、出来れば貴女の事も教えて貰いたいんですが……」

「もちろんいいよ!私はシキノ!帝国から来た調査官…警察?みたいな感じだよ。迷宮都市の闇ギルドについて調べててね。ゴトーくんにはその協力をしてもらいたいんだ」


「シキノさんですね。依頼内容は貴女の助手みたいな事ですか…報酬は?」

「このくらい」


 シキノはカミアから受け取った依頼書を見せる。期間は最大二ヶ月ほど、報酬は最低金額に加えて拘束日数に比例した金額が上乗せされる様だった。そしてありがたい事に、一週間分の報酬が前払いされる。


「ふむ、その依頼、受けましょう」


「ホント!?良かったぁ。よろしくね!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 二人は握手を交わす。

 そこでシキノは改めてゴトーの容姿に注目した。髪色も瞳の色も目を惹くものでは無いが、その瞳の輝きは老いた老人の様にも純粋無垢な赤子の様にも感じるチグハグな印象を受けた。




 ◆




 二人は契約を交わすと、直ぐにギルドに併設するカフェに移動した。


「闇ギルドについての調査と有りますが、具体的に闇ギルドの何を調べるつもりですか?」


 シキノは親指を立てて説明を始める。


「そうだなぁ、まず最低限だと闇ギルドの名前が知りたいね。いくつ有るか知らないと見通しも立てられないからね」


 次に人差し指を立てる。


「もう一つはそれぞれの規模だね。構成員とか、拠点だとかの具体的な数が知りたい」


 中指を立てる。


「……最後に、これは出来れば何だけど…闇ギルドに関わるお金の動きが知りたい。調べたい事はこの三つになるね」



 ゴトーは彼女の言葉を聞いて顔を顰める。


「…少し難しいかも知れないです。闇ギルドはそもそも隠れ潜んで居るのものが殆どですし、小さいものまで含めると結構数が有ります。この期間で調べられるとなると2、3個に限られますね」

「じゃあここ一年で新しく出来たか、大きく成長した所は、無いかな?」


「それなら何とか。しかし、う〜ん」

「何か問題があるのかい?」


 分かりやすく困った表情を浮かべるゴトーにシキノが疑問を投げ掛ける。


「その条件に合致する大きな闇ギルドが有るんですけど、そのギルドに関する情報が少な過ぎるんですよ」

「え?大きいギルドって事は分かってるんだよね?」


「それも曖昧というか…これまでに構成員を一人も捕らえられたことが無いので、痕跡から少数の組織では無いことはわかるのですが…」


(誤魔化すために言っている訳では無いみたい)


 シキノは話がきな臭くなってきたのを感じる。

 全貌が明らかになっていない組織というのは少なく無い。

 しかし、誰も構成員を捕まえた事が無いと言うのは変だ。


 そういう組織は大抵口が固かったり、末端の人間に与える情報を極端に制限したりするが、末端の人間も自身が何という名前の組織にいるかは把握していたりするものだ。


「その疑いのある人物は複数人、投獄されていますが、その全員が組織への関与を頑なに否定しているんです。それに、投獄されたのは他の闇ギルドの人間だったり、公的な立場の有る人間だったり、はたまた冒険者ギルドの職員だったり、とても闇ギルドに関わりを持つとは思えない人間もいました。つまり…」

「…その人達は今、どこにいるの?」


(関わりがあるかどうか、まずはそこをさせないと)



「外縁部の収容施設です」




 ◆




「収容施設があるのは、この外縁部の中でも北西辺りです。ここからだと結構遠いので、半刻ほど歩く事になります」

「時間はたっぷりあるから大丈夫だよ。それにこうやってこの街を見て回るのも大事だと私は思ってるからね」


 どんなに巧く隠れても、闇は細部に漏れ出てくる。

 子供の表情や、町人の声の大きさ、そう言ったものが僅かに陰るのだ。

 彼女の霊技ユニークスキルを使用せずともそういった違和感は露骨に現れるものだ。


「迷宮都市って言われるだけあって、冒険者が多いね」

「そうですね。あとはその冒険者を目当てに商人が集まって、その商人の護衛としてまた別の冒険者が雇われてたりするので、冒険者の街といっても間違いは無いですね」


 冒険者が冒険者を呼ぶ好循環がこの都市で起こっていた。

 それは冒険者に対する優遇措置や、商業に対する税金を最低限まで引き下げた領主の手腕と言えるだろう。


「そういえば、帝国からの冒険者はほとんど見ないですが、やっぱり少ないんですかね?」


 ゴトーは聖国や迷宮都市での経験から感じていた疑問を問いかける。年単位で冒険者をしているが帝国出身の冒険者は片手で足りるほどしか見た事が無いのだ。


「優秀な人は大抵軍に入る事になるからね。でも、冒険者も結構多いよ。聖国や王国には及ばないけど、人数的には王国の半分くらいかな」

「それにしてはここらでは見かけないですね」


「まあ、そうだろうね」

「?…それはどういう……シキノさん?」


 シキノはゴトーの言葉に応えず、ある一点を見つめていた。

 そこには、ゴロツキの男がボロボロの布切れを纏った少年から金を巻き上げている光景だった。

 胸ぐらを掴み上げて、咳き込む彼の足元に落ちた財布を拾い上げる。

 その中身を開くと、ニヤリと顔を歪める。男がその場を立ち去ろうとすると、


「『鎗術・弐』、『穿』」


 壱の段階を飛ばして、一気に二段階目の『鎗術』を発動したシキノはその場から消えるような速度で駆けると、彼女の持つ短槍が男の肘を貫いて背後の壁に縫い付ける。


「いって”ええええ!何すんだ!お前ぇ」

「君が彼から奪った金銭を返すんだ」


 シキノが冷淡に告げる。


「おい!そいつは孤児だぞ!何の後ろ盾も無い孤児だ!庇う必要なんかあるかよ。それより、おれのう——」

「関係無い。関係無いんだよ。後ろ盾があろうと無かろうと、金持ちだろうと貧乏だろうと、王だろうと平民だろうと……他者から財を掠奪する行為は悪だ。正されなければならない、分かるよね」


 男はシキノの瞳に映る淀みを見て、思わず唾を飲み込む。


「ば、馬鹿げてる……なんて女だ」


 そういって男は奪った財布を投げ捨てる。

 シキノは捨てられた財布を拾い上げると、自身の懐から小袋を取り出す。


「そこの君、少し待って」

「まだなんかあんのかよ!」


 その場から左腕を抑えながら立ち去ろうとした男をシキノが呼び止める。


「これ、治療代。多分この位で足りるはずだよ。余った分は慰謝料だとでも思ってくれて良いよ」

「…ちっ」


 シキノが手渡した小袋を男が奪い取りその場を去って行く。


「大丈夫だった?」

「あ、ありがとう、助けてくれて。おねーさん」


 僅かに怯えながらも少年はシキノに感謝の言葉を述べる。

 シキノは少年に財布を差し出す。

 少年はそれを受け取ろうとするが、シキノが強く掴んで離さない。


「あ、あれ?おねーさん。どういう事?」

「これ、君のものじゃ無いよね」

「っ……」



 少年は服の裾を握って俯いた。


「……せ、……返せ!それが無いと、俺、生きてけないんだよ!!」

「それでも、他者の財を奪うのは許されないことなんだよ」


 腹の絞り出すような少年の号哭も、シキノは無表情で受け流す。



「誰がっ、誰が許さないんだ!!神様か!なら俺から全部奪っていった奴らは何で、笑って生きて、俺はこんなところでゴミを漁って生きてるんだよ!!」

「それは…私に力が無いからだよ。力無き正義は、滑稽なほど無力だ。だから、私が強者を誅する力を得られるまで、耐えて欲しい」


「俺に死ねって言うのか!」

「スリ以外の方法を見つけて欲しいと言ってるんだよ」


 そう言ってシキノが懐から一枚の金貨を取り出す。


「な、何だそれ」

「え、金貨だよ?」


 今まで金貨を見たことの無い少年はそれが貨幣の一つである事を理解できなかった。


「はあ、シキノさん。孤児が金貨なんて持ってたら直ぐに取られてしまいますよ」

「難しいなあ。帝国だと孤児を見た事はなかったから…」


 ゴトーは溜め息を吐くと、少年に向き直る。

 少年も自分より少し上程度の年齢のゴトーに対して、ただならぬ雰囲気を感じたのか緊張する。


「…お前、名前は?」

「イゾルテ」

「イゾルテ、お前にこれを渡す」


 そう言ってゴトーは先ほどシキノが渡そうとした金貨一枚よりは遥かに少ない、そして数日生きるのには十分すぎるほどの銀貨を彼の前に差し出す。


「それで、最低限身なりを整えろ。そしてギルドに行ってこう言うんだ。『ゴトーに言われてここに来た。冒険者になりたい』、と。そうすればお前は今の暮らしよりも、危険で、苦しい、下手すると死ぬ生活を送る事になる。その代わり、お前は腹を空かせて死ぬことは無くなるだろう。どうする?」

「お、俺…やります」

「よし」


 少年はゴトーから銀貨を受け取ると、路地裏から出て光差す大通りを走って行った。


「ゴトーくん、優しいね」

「俺は選択肢を与えただけです。決断するのは常に自分です」


 シキノは彼の最後の言葉に、強くを感じた。

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