第2話 正義は頭を抱えた

「遠路はるばるご苦労様です。シキノ一等調査官殿」

「お出迎えご苦労様です。キノクラ少尉」


 シキノは部屋の中に居た最も階級の高い人間、キノクラ少尉に出迎えられる。

 次いで、彼の部下らしき二人の男が無言で敬礼を示す。


 シキノも同じように返し、しばらく部屋を沈黙が続く。


「……っぷ」

「……あはは!」



 沈黙に耐えられずシキノとキノクラの二人は吹き出してしまう。


「いやー、久しぶりだねキノクラくん。大体3年ぶりかな?」

「そうだな、まさか同期で一番の有望株だったお前が調査官になるとはな。少し意外だった」


 笑いが落ち着いた所で改めて言葉を交わす。

 二人は帝国にて新兵として同じ部隊に配属された仲間だった。

 キノクラはシキノの性格からして前線を希望すると思っていたが、帝直轄にして後方での活動が主となる調査官になる事は予想外だった。


「ほんとは私も前線に残りたかったけどさ……直接言われたら、ね」

「あの噂は本当だったのか!直接スカウトしに来たって……。それで、どんな方なんだ?その…あの方は?」


 キノクラが言うあの方とは、帝国で最も偉い人間のことだ。帝国という名前からどのような立場かは分かるだろう。

 国民として姿形は知っていても為人ひととなりを知るものは多くない。


「もー、すっっごい!こき使われる!前線にいた頃より忙しいなんて有り得ないよ!今回だって任務から戻って来たら、『時間がないから直ぐに発て』って言われて来たんだよ!?この任務が終わったら田舎に帰ってやる!」


 ここぞとばかりにシキノの不満は爆発する。自分で説明していてますますヒートアップして来たのか、退職の計画まで立て始めた。



「……おいおい、怖いもの無しだな。流石に言い過ぎだ。……とは言え本当に忙しいなら、この街で少し休暇を取っても文句は言われんだろう。時間が有れば俺が案内しよう」


「うん、よろしくお願いするよ!」



 二人がテーブルに着く。

 キノクラが水を飲んで軍服の襟を整えると、弛緩していた空気が一気に引き締まる。

 シキノも雰囲気に当てられて背筋が伸びる。


「まず二人の紹介をしよう。こちらが俺の指揮する小隊の分隊長二人だ」

「ご紹介に預かりました。スラハ曹長です」

「ナナミチ軍曹です」


「シキノ一等調査官です。よろしくお願いしますね?」


 スラハは帝国でも珍しい黒髪黒眼の真面目な青年と言った印象だ。頭から足先まで統制する様な整った姿勢は、どちらかと言うと奔放な側のシキノから見ても好感が持てた。


 逆にナナミチ軍曹はスラハと同じ黒眼に少し伸びた茶髪の、緩い印象を受ける人だ。

 自己紹介を最低限で済まそうとする所や、今現在も欠伸を噛み殺す様な仕草をしている事からもそれは明らかだった。

 いくら戦闘の少ない迷宮都市の調略を目的とした部隊だからと言って、気が抜けすぎなのは心配だが。


 顔合わせが目的だったのか、キノクラは二人を帰す。部屋にはシキノとキノクラだけが残った。


「調査に来る事は既に先触れを受けていた。…だが、肝心の目的について俺たちは知らされていない。分からぬままにこうやって場を整えた訳だが、流石にこの場では聴かせてもらえるんだろうな?」


「もちろんだよ!ここへは最近裏を取り仕切ってる闇ギルドについて調べる為だよ」


 シキノは自身の受け取った指令書は見せる。


「成程、確かにここ最近闇ギルドについて上がる情報は少ないな。だが、それが目的なら本国からこちらに命令を送れば良いだけだ、目的はそれだけでは無いんだろ。調査官を態々派遣する程では無い」


 キノクラは顎に手を当てながら、シキノを問い詰める。


「……流石、迷宮方面支部を任されるだけあるよ。私の目的は聖国の影響を調べる事、むしろ其方の方が重要とも言えるね。おそらく聖国の手先となってる闇ギルドがこの街に存在している」

「ふむ、確かにこちらが支援した闇ギルドが潰されたとなれば、向こうも同じ事をしていると疑うのも無理は無い、か」


「…これは関係無いかもだけど、迷宮都市の冒険者の変動も少し気になる。数が減ってるんだ。ただ普通の減り方じゃなくて、下位の冒険者が減って中位が増えてる。これは何らかの働き掛けがされてると見て間違い無い」

「問題はそれが聖国と関連しているか、と言う事だな。下手すると迷宮都市の策の結果かもしれないからな」



「そう言えばさ…」

「?」


 キノクラが資料から視線を上げる。


「いまは闇ギルドの支援はしてないの?」


 部屋の全てが停止した様に止まる。


 ニコニコとした表情を浮かべたままで、シキノは視界にキノクラの全身を捉える。


「勿論だ、以前は必要だから支援していたが、現在は支部としても個人としても一切していない」

「そっか」


「これで俺は信じてもらえるか?」

「信じるも何も、君を疑う訳ないだろ?」


 腕を開いて両手を見せて戯ける。

 シキノは苦笑を返す。


「…まあ良い。闇ギルドを調査するにあたって、少し俺たちの身分は身動きが取りづらい。そこで外部の協力者を頼るのはどうだ」

「協力者?」


「協力者と言っても迷宮都市の冒険者だ。ギルドによると闇ギルドを幾つか潰した実績があるらしい」

「餅は餅屋だね。分かった、その冒険者にはギルドに行けば会えるかな?」


「待て待て、直接行く者が何処にいる。こちらの方から指名依頼を出しておく。明日にでもギルドに足を運んでくれ」

「いや〜、助かるよ。じゃあ今日は街の方をぶらつこうかなー」



 暇だなー、などと呟きながら彼女は部屋を出た。キノクラは背もたれに深く腰掛けると、コップを口に運ぶ。


「難儀な物だな。力を持つ者というのは…」




 ◆




 シキノはギルドの受付で昨日出したと言われた指名依頼について確認をしていた。

 対象の冒険者はいつも通りで有ればもうすぐギルドを訪れるらしいので、それを待っていた。



(今回の冒険者はだろうね)


 こういう時に指名依頼で冒険者を探すと大抵大当たりか大外れのどちらかに分かれる結果になるのだ。不思議な事に中間は居ない。

 当たりは真っ当に階級を上げて来た冒険者だ。冒険者としての酸いも甘いも経験しているためか、地に足が付いていて準備を怠らない。


 ハズレは箔付けの為に冒険者をやっている金持ちだ。貴族という場合もあるが、貴族は市井で生活する事そのものを嫌っていることが多いので、アクが強い代わりに数は少ない。


 昇級も他の冒険者頼りで突破してたりする。

 一人の力が試される試験の場合はどうするのだと思うが、その時は試験官の懐が重くなって思わずチームでの討伐に変えてしまうのだろう。


 そんな風にして出来上がった冒険者がロクに依頼などこなせるはずもなく、そう言うのを引き当てると本当に面倒な事になる。そういう人間に限って自己顕示欲が強いので中々依頼の取り下げを行っても諦めてくれないのも面倒だ。



 青髪の受付嬢が先程からひたすらしている弟の話を聞き流しながら時間を潰していると、ギルドの入り口を指して目的の人物の来訪を教えてくれる。


 何処だと探しているが、言われていた姿の冒険者は居ない。


「灰髪の冒険者なんて…」

「済まないがどいてくれ。手続きが出来ない」

「あぁ、ごめんね」


 依頼の作成に来たと思われる少年に注意されてシキノはその場を退く。



「シキノ様。こちらが、シキノ様が探していた、『赤腕』のゴトーさんです」

「え」


 その言葉の意味を理解したシキノは、視線を落とす。

 受付嬢の手が示す先は自身が道を譲った少年に向いていた。


 聞いていた特徴を思い出す。

 灰色の髪に黒色の瞳。そして『小男』。


(間違ってはないけど!これは話が変わってくるよ!)



 シキノはこれまでに無いタイプの外れに思わず頭を抱えるのだった。






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