7歳 第六章 絶対正義編
第1話 傍観者
俺は気づくと昔の記憶を見ていた。
これまでは夢のような感覚だったが今回は明晰夢のようにはっきりとしている。
もしかすると鵺モドキの影響か?
俺は自身の生まれ変わりに奴が関わっているのだろうと予想していた。
「いただきます」
僕の正面には男女二人、お父さんとお母さんが朝食を食べるいつもの光景。
二人とは血は繋がってない。
僕はお父さんの遠い親戚で捨てられた僕を二人が引き取ってくれたのだ。
二人は実の子供のように愛情を注いでくれて、元気に育つことができた。
ただ思春期のせいか素っ気ない態度を取ってしまう事が多くそれは少し申し訳なかった。
『小惑星——が来月地球に最接近するそうです!いやぁ——さん、楽しみですねぇ』
『そうですねぇ、まあ肉眼では見えませんけどね』
『ええ、残念』
テレビの中で陽気なMCが有識者に質問を投げかけている。
思い出した。確かこの日は学校のテストが終わって、夏休み前だったからソワソワしていた筈だ。
「いってきます」
「お弁当は!」
「今日は要らないっていうの忘れてた。帰ってから食べる」
「もう」
閉まる扉の向こうで拗ねたようなお母さんの声がした。
学校に着くと友達に声をかけて自分の席につく。この頃の僕はあまり社交的では無かったため友達は少なかった。
持って来た本を広げて読み始める。
確かもう直ぐだ。
「ねぇ?今日こそ持って来たよな」
「無理だよぉ。もうお小遣いなくなっちゃったし、これ以上は…」
「はあ!方法はいくらでも有んだろ!親の財布から金借りるとか、自分で稼ぐとかさぁ!!」
「そ、そんな事っ」
何かを強く殴り付ける重い音が響く。
最早見慣れてしまったイジメの光景。
いじめっ子が金を強請るのも、いじめられっ子が声を震わせて反抗するが最終的に従わされるのも、
傍観者達が助けを求めるクラスメイトの目を無視するのも、当たり前となってしまった。
僕もとばっちりが怖くて立ち上がれずにいた。
きっと一人、たった一人でも立ち上がる者が居れば僕たちはその一人に続く事が出来ただろう。その程度にはその人と交流があった生徒は多かったから。
僕は読書に没頭しているフリをしていた。
助けを呼ぶ声が聞こえないから、だから助けなくてもしょうがない。
いじめをしているアイツよりも悪く無いなんて思ったのだ。
正しく居たい癖に戦う事はしない。
それでも自分を非難する声に対しては人一倍敏感。
挙げ句の果てにその事すら認めたくなくて悍ましい自己弁護を垂れて、無力な正義に酔いしれる。
僕はこの時、本当はどうしたかったんだろう。
力が有ればアイツの前に立ち塞がっただろう。
知識が有れば録音して、証拠を取って大人を動かす事が出来ただろう。
カリスマが有れば団結して助ける事は出来ただろう。
この時の僕にはどれも無かった。
持っていたのは、自身を惜しむ気持ちと、歪んだプライドだけだ。
そんなんだから俺は人間ではないのかも知れないな。
いずれにせよこの光景は終わった話だ。
今頃考えてももう遅いのだ。
だって結末はもう決まっている。
この日の放課後、屋上から飛び降りて、僕の目の前で絶命するのだ。
「ひぃ」
飛び散った血液が掛かった僕はその場に尻餅を着いて座り込んでしまう。
ピクピクと死にかけのように足が痙攣した。
まだ生きているのかと顔を覗き込んで後悔した。
空を睨み付ける表情では半分潰れてしまって地面には脳がこぼれ落ちてしまっていた。
「ぉえ」
涙など出る暇もなく、その記憶は強く脳に刻まれてしまった。
多分この時にやっと、自分がアイツと同じ側の人間だと認める事が出来たんだと思う。
だからきっと、俺は苦しまなければならないのだ。それだけはきっと正しいことだと言えるから。
———————————————
「ここが迷宮都市。……高いなあ、あれが迷宮だよね?」
迷宮都市の外壁を見上げて一人の女が呟いた。
彼女は帝国風の服装に身を包んでいた。
太陽の光の下で輝く山吹色のショートヘアと好奇心に満ちた栗色の瞳からは彼女が戦う人間であるとはとても思えない。
しかし、彼女の左手のラウンドシールドと背中の短槍がその印象を打ち消す。
彼女は帝国軍の調査官の一人として迷宮都市へと任務で訪れたのだ。
「帝国からですか、珍しいですね。通行証は?」
「これですか?」
「……はい、それで大丈夫です。どうぞ、進んでください」
迷宮の門兵の対応はかなり丁寧である。時々他国などの貴族が通るので、教育が行き届いているのだろう。
「あの〜、『火ネズミの塒』って名前の宿屋に行きたいんですけど…」
「最近出来たとこですね。少し待ってください」
そう言うと門兵は、奥に引っ込んで紙を持ってくる。
そこにはこの街の略図が描かれていた。
「このあたりですね。入って直ぐ、丁度この道を行くと噴水があるので、そこを右に曲がる。で、少しこの道が曲がっているんですけど、大きな通りとの交差を一つ二つ三つと通り過ぎて四つ目、ここを次は左に曲がって——」
「あぁ、えっとその地図、もらっても良いですか?」
「…銅貨十枚です」
彼女はとても覚えきれそうに無かったので地図ごともらうことにして、目的地に印をつけて貰った。元居たところは碁盤の目のようになっていたので説明も、二回ほど曲がれば目的地に着くから説明が簡単だった。
この都市は、建物を作っては潰してを繰り返した結果。規格が異なる建物が乱立し、酷く複雑化していた。この街の人間も大通り以外は殆ど把握していないだろう。
「これが迷宮都市。恐ろしい街…」
およよ、と戯けながらも目的の宿屋に着く。看板には『火ネズミの塒』の文字。
周りの建物よりも外壁の塗装が新しく、門兵の言った通り新築である事が伺えた。
店の中に入り、店員に札を見せる。
定員は目線を落とす。
「…2階、『ダリア』にてお連れ様がお待ちです」
部屋の名前を告げるとカウンターの奥へと消えていく。その表情は気味が悪いほどに変わらない。
「まったく、無愛想だなぁ」
そう言って女は喧騒に目を向ける。
食堂で昼間から飲んで歌う客、額を突き合わせて迷宮の攻略について話し合う冒険者達、弦楽器を奏でる吟遊詩人。
全てが嘘だと彼女には分かった。
「ほんと、手が込んでるなぁ」
彼女には嘘が分かる。それが、彼女が一等調査官まで取り立てられた理由であり、迷宮都市に派遣された理由だ。
『迷宮都市にて、聖国の侵略の兆しがあった。彼方が暗闘を望むなら此方も応えねばなるまい。調べて参れ』
(なぁにが、『調べて参れ』だ。簡単に言ってくれちゃって。もちろん調べるけども)
憂鬱だった。調べる事が、では無い。
彼女の
(私の力が役に立つ時なんて来ない方がずっと良いよ)
態々嘘を見破る必要があるのは、信じるべき味方に嘘吐きが紛れ込んでいる時をおいて他に無いのだから。
彼女、シキノは『ダリア』の扉を開いた。
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