第6話 剣と魔法

 今回は短めです。


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「………」


 迷宮を歩く。

 第四階層である森林エリアの魔物、ハイドウルフが後ろから襲いかかる。


 瞳を閉じたまま背後を一閃すると、空中から狼の姿が現れると同時に二つに分かれる。


 振り上げたサーベルを脱力するように下ろす。

 直立した姿勢で、首だけ動かして空を見上げる。


 ただ静かに、森の気配を感じながら佇む。


 深呼吸をして、心臓を落ち着ける。

 ささくれだった精神が凪いでいく。


 今なら、大丈夫。


 そう思って、少しだけ魔力を解放する。


「………ぁ」



 魔力は勝手に魔法として森の中を波及していく。

 この魔法は大抵の魔物には全く効かない。

 森には猩猩型や猿型の魔物がいるけれど、それらにも全く効かない。

 この魔法が効くのは……っ。


「っはぁ」


 浅ましい本能に呑まれそうになって、魔法を停止する。

 汗が噴き出るのと共に周囲の音が耳に入る様になる。少し集中し過ぎていたみたいだ。


 吸精魔法とも言えるこの力は、相手の精神に作用して気を昂らせて触れるだけでその体力を吸い取ってしまう。そして最終的には相手の命すら奪う。


「早く、早く抑えられるようにならないと」



 昨日の事を思い出す。酷いことをしてしまった。

 店を出た後、魔力が暴走して、彼に影響を与えたのが分かった。同時に私も衝動を抑えられなくなった。魔法を使って彼の思考を奪い取って宿に連れ込んだ。


 ——彼の潤んだ瞳

 ——苦しそうな息遣い

 ——小さいけど確かな力を感じる体の感触

 ——欲望に埋め尽くされながら私の名を呼ぶその声が、…!またっ。


「ぅああああアぁぁあァあ"あ"あ"あ"!!」


 頭を抱えて呻き声を上げる。


「『忘れろ』、『忘れろ』全部『忘れろ』!『思い出すな』!」


 僅かだが心に触れる吸精魔法と、喉が治った事で使えるようになった声の魔法を組み合わせる事で弱い暗示を掛けられるようになった。

 それを何度も唱えることで段々と昨日の記憶が薄らいで行く。ただそれ程強いものじゃないから、思い出そうとすると簡単に外れてしまう。



「『淫欲を捨てろ』!『性欲を捨てろ』!『獣欲を捨てろ』『色欲を捨てろ』『邪な欲求を捨てろ』『捨てろ捨てろ捨てろ捨てろ…」


「『捨てろ』!!」


 全く意味がないと分かっていながら、暗示を重ねる。これまでも欲求を無くす類の暗示はかけていた。それでも昨日のように失態をおかした。

 きっとこの言の葉は気休め以外の何者でも無い。

 分かっていても、己を咎めるように…罰するように喉を震わす。



 次は殺してしまうかも知れない。

 甘美な快楽を貪るために、彼を殺そうとしていた。

 我慢だなんて口だけの言葉で自分を騙して。


 こんな私が……嫌いだ。


 それに、自由を奪って欲望の捌け口にするなんて、


 ——部屋の中で、水桶の中の首が私を睨んでいる



「私が最も憎んだことなのに…」




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