第3話 日を覗く、火を臨む
完全に暴走しました。
親方が剣を作るだけの回です。
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「嬢ちゃん、次はこの剣を振ってくれ、取り敢えず振り下ろし、切り上げ、袈裟懸け、逆袈裟、それと嬢ちゃんが基本的にする動きは全部だ」
「ん、分かった」
フィーネは先程から何度も繰り返した動きを要求通りに見せる。男はそれを見ながら紙を捲る。この世界において紙とはそこそこ値の張る物だが、それらを惜しみなく使って情報を記録する。
紙に描かれた図とその寸法を事細かに記す数値を見れば、建築物の設計図と勘違いしそうなほどだ。
男は職人としては珍しく数字を大事にするタイプだった。
勿論それは感覚を軽視する訳ではない。炉の中の温度とその偏りを正確に把握できるのは自身の肌感覚だけだと自負している。
そして自身の振るう槌は髪一本分の狂いもない。そうなれば、想い描いた剣を作る事は容易い。
五感を磨いた、腕も極めた。
あと必要なのは理論だけだった。
男はその為だけに数字を覚えた。
そのお陰で、昔であれば膨大な量の試作の剣を作って最も合う形を探っていたのが、数個の試作で同じ事ができるようになった。
それによってより深く使用者に合わせた調整ができるようになった。
反りの深さ、幅、重心の位置、柄の長さ、切先の長さなど、調整の対象は多岐にわたる。
男は妥協する気は無かった。
例えばフィーネだと、
反りは切断の際に力の要らない深めを好み、
幅は少しでも抵抗を減らす為薄め、
重心は平均より僅かに遠め、
柄は片手で殆ど使う為か短め、
切先は出来るだけ長く、かつそれでいて刃からの曲線の変化が感じられる程度が良いと分かっている。
ついでのように柄の形状を弄りフィーネの手にフィットさせると、彼女が剣に加えた力が損失なく切先まで伝わるようになる。
フィーネの驚いた顔に男はニヤリと笑みを浮かべると、それも記録に加える。
これで彼女の仕事は終わりだ。後は完成を待つだけとなった。
工房から発生する熱で汗をかいたフィーネは男に礼を言うと部屋から出て行く。
その様子を見ていた工房内の若い青年達は、残念そうな顔をして自身の作業に戻っていた。
一方男は既に自身の作業に没頭していた。
まず第一に火竜炉の起動を始める。魔力結晶と呼ばれる鉱石をスコップで放り込むと、心拍の様なリズムで発熱を始める。
有る程度まで温度が上がったら、白色の鉄塊、ミスリルのインゴットを入れる。
芯にする為には純粋なミスリルではダメだからだ。外側とする素材に少し性質を寄せる為にアダマンタイトを加える必要がある。
どちらの融点も非常に高い為火竜炉でこの作業は行われる。
炉の加熱とミスリルの融解を待つ間に瞳を閉じて、剣の設計図を思い浮かべる。芯と外皮の二層構造。その目的は靱性と剛性を同時に高める事。
ただ、刀の断面を思い浮かべた時、2種の金属をくっ付ける方式だと、中心から峰がミスリル、刃と両側面がアダマンタイトとなっているが、剛性を両側面に対して刃の部分は切断力だけを重視すべきで有ることに気付いた。
そこで帝国の刀工がヒヒイロカネを用いた事を思い出した。
ヒヒイロカネはミスリルやアダマンタイトと同じく加工の難度が高い。それにも関わらず性質としてはミスリルよりも柔軟性では劣り、剛性ではアダマンタイトに劣るという中途半端な物だった。
だから帝国ではヒヒイロカネの流通が多いのが原因だと思っていたが……。
それだけでは無いとしたら。
男は炉を離れて工房の倉庫の奥へ走る。
普段であれば炉を稼働中にその側を離れるなど言語道断と弟子を叱りつけていたが、そんな事はすっぽりと抜け落ちていた。
確か昔に戯れで作った剣が過去に残っていた筈だ。
埃を被った剣の一つを手に取るとその刃は黄金色に輝いていた。
目的の物を見つけた男は工房に戻ると試し切り用の巻藁を持って来て、ゆっくりと斬りつける。
「!?」
違う、明らかに違う。
脳内でまったく同じ形状のミスリルとアダマンタイトの剣を作った時に同じ様に振り下ろせばもっと抵抗がある筈だった。
これは素材から考え直す必要がある。
男の口は裂けそうな程に弧を描いた。
◆
「なかなか手こずらせてくれるじゃ無ぇか」
まず始めたのはヒヒイロカネを加えた合金の性質の把握だ。根本となる情報が無ければ理論の構築すらままならない。
これに一月も掛かってしまった。
お陰で貯めていた魔力結晶が殆ど無くなってしまい来年の分まで使い切ってしまった。
ヒヒイロカネには面倒な性質があった。
それは冷やし方によって結晶構造が大きく変わる事だった。
具体的に言うと、落差が大きいほど針のように細い結晶を作るのだ。
これがノコギリの刃のように作用して切断能力が増すのだと気付いてからはこの結晶を一定のサイズで望んだ方向に作る方法を追究した。
結果超高温でも固体を保つ龍塵鉄を加える事で結晶化の核となり均等な小刀型の結晶を作れる事がわかった。
表面は微細な鱗の様な物で覆われる様に見える為、この合金を龍鱗鋼と名付ける事にした。
結果最初に思い描いた設計図に大幅な変更を加える。
芯をミスリルを中心とした柔軟性の最も高い合金、側面とアダマンタイトを中心とした最も剛性の高い合金、峰もミスリルとアダマンタイトを半々にした合金、最後に刃の部分をヒヒイロカネを中心とし龍鱗鋼で作る。
計四種類の合金によって一つの剣を作ることとなった。他にも性質の違いを埋める為に変更は加えたが男にとっては大したことでは無かった。
男は炉内部の温度管理のために昔から使用している鉄棒を咥え、高温による熱と光から瞳を守る為に濡らした手拭いで両目を隠す。
最後に桶をひっくり返し水を浴びる。
興奮していた彼の思考が、文字通り頭が冷えた事で無に染まる。ここから必要なのは正確な動作だけだ。感情は必要無い。
男は火箸を手に取ると炉の口を開いた。
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ゴトー(理論重視)
「物事にはどんなに不可解なものでも理由がある。分からない?違う、お前が見えていないだけだ」
親方(目的重視)
「理論は道路、感覚は馬車。感覚が無ければ始まらないが、より遠くへ行きたければどちらも極めなければならない」
フィーネ(感覚重視)
「理屈は添えるだけ、彩りよ」
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